ep.26 強行突破 _ 前編
宿屋街広場で、隷属された兵士たちが戦闘を開始した同刻。
『イースター・エッグ』によって、兵士の目を掻い潜ったハインとクラウンは再び取引場となっていた一等級の宿屋に突入した。
「なくなってる……」
閑散としたエントランスで、茫然としたハインの声が静かに呟く。 一階から二階まで吹き抜けたエントランスに戻ると、整頓されてあったはずの『献上品』は消えていた。
周囲を見渡すハインの背後で、クラウンはちらりとエントランスの隅に目を向ける。
(良かった…。あれは、持ち去られてなかったみたいだ)
得体の知れない黒い霧がエントランスを包み、撤退を余儀なくされた時。咄嗟に蹴り飛ばした『アタッシュケース』は、開いたままだが隅にある柱の陰に隠したおかげか、無事だった。
ひとまず安堵はしたものの、依然として『献上品』やブクタスの行方は不明だ。どうにかこの騒ぎを終息しなければならない。
今後の策を考えていた、その時。ガンッ…、とどこからか物音が聞こえた。
それを聞き逃さなかったハインとクラウンは、即座に音がした方へと目を向ける。
聞こえた先には、宿泊部屋が並ぶ一階の長廊下があった。正体からして、扉をこじ開けたような音だ。
ハインとクラウンは、互いに見合うと頷き合う。呼吸を合わせるように、直線に続く一本道の廊下に向かって走り出した。
部屋と部屋の間に設置された照明ライトが明るく照らす廊下を進むと、
「!」
見えてきたのは、道を阻むように積まれたキャビネットやテーブルの山だ。
その隙間からきらっとした星のような光が見えた。直後に、ハインは刀を抜いて右側の部屋のドアノブを斬り、クラウンは左の部屋のドアノブを撃ち抜くとそれぞれ室内に飛び込んだ。
その瞬間、ガガガガッ!とまるで夕立のような一斉射撃が撃ち込まれる。あのキャビネットやテーブルの山は、兵士たちが即席で作ったバリケードのようだった。
室内に入ったハインは入口付近に留まり、その場に座り込む。一瞬でも判断が遅ければ、今頃あの銃雨の餌食になっていただろう。そんな緊張感から、重い吐息をつく。
すると、向かいの部屋でしゃがみ込んだクラウンがハインに声をかけてきた。
「ハインさん、このまま行くよりも外を回りませんか?」
「あの小太り男は、表に出てきてないわ。……手乗りウサギ達は、まだ見つけてないんでしょ?」
ハインは、クラウンの提案を置いて質問を返す。
クラウンは、噛み合わない返答に釈然としないまま返した。
「それは、そうですが。このままだと時間を食うだけです」
「だからこそよ。あの小太り男の足取りが、ここで消えてるなら裏口から出たに決まってる。なら、私たちはそれを追いかけた方が良いわ」
「…無鉄砲な捜索は手乗りウサギに任せておけ、ということですか」
ようやくハインの意図が理解したクラウンは、簡潔にまとめた。それにハインは、静かに頷く。
「ええ。でも、ここで道草食ってる時間がないのも事実ね……」
「どうするんです?」
何かを考えているような表情を浮かべるハインに、クラウンは自然と聞き返した。
それが間違いだった、と彼はすぐに思い知らされる。
「もちろん、強行突破よ」
「は!?え、ちょっ」
好戦的な笑みを浮かべたハインは、室内から飛び出した。
出遅れたクラウンは、驚くだけでもう止めることは出来ない。
ハインの姿を明確に捉えた兵士たちが、バリケードの後ろから銃撃を再開した。流れ星のように真っ直ぐに弾丸が飛来してくる。
弾道を正確に見切ったハインは大刀を振り、弾く。狙いを外す為にわざと左右前後に大きく動いて、回避と防御を繰り返した。
「グぅウ…ッ!」
中々沈まない標的に、兵士は苛立った呻き声を上げた。
だが、先に事切れたのは彼らの持つ銃だ。トリガーを引いた瞬間、カチャ、と拍子の抜けた音がする。
弾切れだ。
「来た…!」
その瞬間を見逃さかったハインは、一気にバリケードへと距離を詰める。
「ああくそッ!」
その姿を見たクラウンはやけになって、ハインを追う。
だが、追いつくよりも先にハインは、大きく飛び上がると片足で壁を蹴り、バリケードを飛び越えた。
乗り込んできたハインの姿に、四人の兵士が慄いた顔で後ずさる。リロードをしようと弾倉に手を伸ばすも、遅い。
「邪魔!」
姿勢を低く保ち、兵士たちに突っ込んでいく。軽やかな身のこなしで、目にも止まらない速度で太刀を振るいながら兵士の間をすり抜けていく。直後、兵士たちが持っていた銃が真っ二つに裂かれた。
ハインが、斬ったのは兵士ではなく彼らの持つ銃だけ。一瞬でも己も斬られたと怯んだ兵士の隙を突く。
「遅いっての!」
ハインは、振り返って間髪入れずに手前にいる兵士の顔面に拳を叩き込み、兵士を殴り倒した。
動ける、と認識し始めた残りの兵士は彼女を取り囲むように襲いかかる。
その後ろ、真正面からバリケードを飛び越えてきたクラウンが、アルトンを構えた。
ハインは飛びかかってきた兵士の拳を躱し、その背中を蹴り飛ばす。
背後を見せた彼女の隙を狙って、別の兵士が羽交い締めするが、ハインは完全に抑えられる前に勢いよく壁に叩きつけた。
「がッ…!」
力が緩み、腕が自由になると兵士の鳩尾へと肘鉄を打ち込んだ。
その後ろで、クラウンが構えるアルトンの銃口は、ぐらぐらとして一向に狙いが定まらない。まるで、クラウンの援護の射線を切るようにハインは動く。残り二人となった兵士は、一斉にハインに迫る。
(この人…ッ!?)
彼が、驚愕を隠せない間にも、ハインは一人の兵士の拳を見切って回避する。すぐに襲いかかってきたもう一人の兵士にも、側頭部めがけて回し蹴りを放った。
「どけっつってんのよ!!」
振り返りざまに最後に残った兵士の後頭部を鷲掴み、そのまま壁に叩きつけると、グシャッ!とどこかの骨がひしゃげた生々しい音がした。
壁にはべったりと血が残り、兵士は土下座するようにずるずると膝まづいていく。
「はっ…、は…!」
隷属兵士らによる猛攻は、終わった。
血みどろになった兵士や、そのまま気絶した兵士らの中で立つハインは、いつになく息を上げている。
「…行くわよ」
ロングコートを翻して、冷淡と言った。
見届ける他なかったクラウンは、冷静に彼女を見る。
(体力の消耗が激しい…。それもそうか。ほぼ能動的に動いてる兵士相手に、尚且つ、僕にも撃たせないように立ち回るなんて)
無謀とも言える戦い方だ。戦闘後、ハインは強気な態度だったが、その顔には疲労が見える。
いくら対人戦に自信がある彼女であっても、クラウンと兵士の両者に気を回しながらの戦闘は、体力的にも精神的にも負担が大きいだろう。
そこから導き出される真意は、『そうしてでもクラウンに人を殺させない』、ということだろうか。
「どこまでバカを極めれば気が済むんですか。あなたは」
思わず、言葉に出てしまう。
その小言は、当人であるハインの耳に微かに届いていた。
「なんか言った?」
立ち止まって、ハインはクラウンの方へと振り返る。
クラウンは、諦めたような溜息を零した。敢えて、彼女の質問に答えず歩を進めた。
「…不満はありますが、今は僕が折れます」
「は…?なんのことよ?」
すれ違いざまに彼にそう言われ、ハインは訝しげな顔でその後に追う。
ウサギの生首を後ろのハインに少し向けて、前進しながら話を続けた。
「そんな戦い方されたら僕らの身が持たない。狙ってやってるんですか?」
「…さぁ、どうかしら」
「とにかく殺さなければ満足ですか?戦闘不能にすれば良いんでしょう?」
「好きにしなさいよ」
「あくまで、はぐらかすつもりですか?どこまで、性悪なんだ…。ハインさんも中々のひねくれ者ですね」
「何の話か、さっぱりねー」
ハインは、終始知らぬ存ぜぬといった白々しさで受け答える。
頭の硬さは類を見ないほど頑固者、そしてその思想はどれもこれも綺麗事だ。
弾丸一発で終わる事を、彼女は己の戦闘能力と人を斬ることすら出来ない武器紛いで泥仕合のように引き伸ばし、夢想じみた信念を貫き通そうとする。
理解しようと考えると、クラウンにとって、それらは頭痛の種で苦痛が伴った。
クラウンは反論を放棄する代わりに大きな溜息を、一つ、零した。






