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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
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ep.18 荷解き

 


 華やかさが一段と際立った、昼の102番地。


 中でも宿屋街は、今日も人通りが多かった。


 見渡せば、ドレスコードのような如何にも高級な装いに身を包んだ人々が往来する。


 一等級の宿屋が立ち並ぶためか、他番地の富裕層が多く滞在しているようだ。


 その一棟。二階建てで、横に広く建てられた一等級宿屋内では、(せわ)しなく仕事に(いそ)しむ者がいる。


 広々としたエントランスで、イェロヴェルリの兵士たちの手によって、大きな木箱を綺麗に並べられていた。屈強な男二人がかりでようやく持ち運べるほどの重量だ。


 一方で、釘打ちされた木箱の蓋を釘抜きで開けて、献上品の開封作業に当たっている者もいる。


 クリスティーナは、大理石調の床に荷札を貼りつけて、軽く叩き、荷物の召喚作業を行っていた。


 ぼんっ、と薄い煙の中から現れたのは、また新たな『献上品』の木箱だ。やや埃を被っているが、木箱の蓋には紙が一枚貼りつけられている。


 どうやら中に入っている献上品の納品書のようだ。貴金属類、鉱物等の個数が書いてある。


 片や同行していたヨハネスとヘルは、エントランスの(すみ)で、人知れず彼らを監視するように見ていた。


 すると、宿屋に新たな訪問者がやって来た。


「遅れて、ごめんなさい!クリスティーナさん」


「ああ、ハインちゃん。それに、クラウンも」


 クリスティーナは、合流したハインとクラウンを見て微笑む。木箱に貼りつけられた納品書を剥がして、それをクリップボードに固定した。


 エントランスに召喚された献上品の木箱が綺麗に並んでいる(さま)は、壮観だ。


 クラウンは、ウサギの生首を左右に振って一通り見ると、クリスティーナに目を向ける。


「順調そうですね」


「ええ、まあね。あとは、クラウンの方の荷札分だけよ」


「すぐに荷解きします」


「お願いね」


 クラウンは、クリスティーナのいる場所から少し離れたところに移動した。


 両手に持ったアタッシュケースを床に置くと、それぞれの鍵を外して開ける。


 片方のアタッシュケースは、ハインのものだが、中身の荷札の名義はクラウンになっている。


 今回、配達を請け負ったのは、クリスティーナとクラウンの両名。ハインは、立場上、同行者という括りになっている。


 荷札の名義がクラウンである為、ハインには荷物の召喚作業は出来ない。


 手持ち無沙汰になってしまったハインは、うろうろと視線を泳がせると、


「私に手伝えることありますか?」


「あら!働き者ねぇ。そうね…、これから、イェロヴェルリの使者様と納品の確認作業なの。それを手伝ってもらえるかしら?」


「お任せあれ!」


 じっとしているのは(しょう)に合わないせいか、ちょっとした手伝いを割り当てられるだけでも、時間を有用に使える。ハインは、元気よく返事をした。


 クリスティーナは、そんな彼女にくすりと微笑み返すと、


「いいお返事ですこと。これ、納品書ね。渡しておくわ」


「ありがとうございます。それじゃあ」


 クリスティーナから、クリップボードに固定された納品書を手渡されたハインは、早速始めた。


 ハインは納品書に見て、番号が割り振られた木箱を探す。


 彼女を見送ったクリスティーナは、残った納品書を抱えて、ハインと同様に納品確認を始めようとした。


 すると、


「キュルヴィ協会の運び屋の方」


「はい、何か?」


 クリスティーナに声をかけたのは、奥の部屋にいる上官の護衛をしていたイェロヴェルリの兵士だ。先程まで部屋にいたはずだが……。


 クリスティーナが聞き返すと、護衛の兵士は続けて、


「ブクタス少佐が、お話したいとのことでして」


「それは…、わたくしたち、三人でしょうか?」


「できれば、あなたのみとのことです」


「まあ…。でも作業がありますので…」


「こちらで、引き継ぎます」


「そう言われましても……」


 やや強引にも感じる誘いに、クリスティーナは苦笑してしまう。


 すると、荷札の召喚作業に当たっていたクラウンが、その場から声をかけた。


「クリスティーナさん。あとは、僕らで作業を続けますよ。朝から、一人で作業させてしまったし、休んでください」


 聞いたクリスティーナは、しゃがんだままのクラウンに目を向けた。


 互いに無言のまま、何かを伝え合うように見つめ合う。


 数秒ほどの沈黙だ。


 やがて、クリスティーナが真顔からにっこりとした笑顔へと変わって、


「それも、そうね。じゃあ、ここはクラウンに任せようかしら?」


「はい。任せてください」


「これ、納品書ね。箱に番号が振ってあるから、確認してちょうだい」


 クリスティーナは言いながら、クラウンに歩み寄る。


 彼のそばに持ってきたクリップボードを置くため、身を(かが)めた。毛先が当たってしまうほど、距離感は近い。


 少しゆったりとした動作だが、周りは特に気にかけている様子はなかった。


「…ありがとうございます」


 クラウンは淡々と感謝すると、再び分厚く嵩張(かさば)った荷札を手に取る。


 何事もなかったように、クリスティーナはくるりと振り返る。


「さて、参りましょうか。お国の方に会えるなんて、光栄だわぁ」


 かしこまったお辞儀をするイェロヴェルリの兵士の手を指す方向へ、うきうきとした様子で歩き始める。


 彼女の後ろに、案内役の兵士が続く。


 ハインは、クリップボードを抱えたまま、心配そうにクリスティーナを見ていた。


 彼女とすれ違うと、早足でクラウンの(もと)に向かう。


 クラウンは変わりない様子で、荷札の封書を切り床に置くという作業を黙々と進めている。


 ハインは彼と並ぶ形でしゃがみ込むと、耳打ち声で聞いた。


「ね、ねぇ…。クリスティーナさん、大丈夫なの?」


「ああ…、大丈夫ですよ。あの人なら」


 クラウンが、なんて事のないように答えた。


 エントランスの奥にある応接間の扉が、兵士によって開けられる。


 微笑を絶やさないクリスティーナの襟元に見えたのは、彼女の(うなじ)から(もぐ)り込もうと尻を振る小さな白いウサギだった――。





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