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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
64/141

行間 不純な信条

 


 時刻は、十時を迎えようとしていた。


 身支度を終えたハインは、侍女食堂の裏口にいた。


 店の手伝いの為、廃棄物が入った木箱を運び出す。事前に店主に教えてもらった場所に置く。


「よいっしょ…と、」


「悪いねー。朝から雑用みたいなことさせちゃって」


 裏口の出入口で、店主の男が見守っていた。


 ハインは、一仕事終えて手を(はた)く。


「いえいえ。朝ご飯も頂いちゃったし、私としては一宿一飯の恩を返せて良かったです」


「いやいや、(まかな)いもので申し訳ない。また夜にでも、お客として来てよ」


「あはは…、貧乏運び屋だから来れるかどうか…。でも、お誘いありがとうごさいます」


 気の良い店主は笑顔で言うが、反してハインは苦笑する。


 誘いには乗りたいものだが、実のところ懐が寂しい。


 店主は気にした様子もなく、にこりと笑って、


「なーに、お金がないならまたうちで侍女さんやってって。ハインちゃんなら、うちの看板娘になれるさ」


「もう、店長さん。それが狙いなんですね?」


「だっはは!こら参った、バレちまったか〜」


 ハインに痛いところを突かれた店主は、誤魔化すように豪快に笑い飛ばした。


 続けて、


「けど、うちなら、いつでもハインちゃんを雇うからね。運び屋辞めた暁には、こっちにおいでよ」


「そうします」


 温かい言葉にハインは、微笑んで返す。


 ふと彼女は何かの気配を感じた。辿(たど)るように、後ろを振り返る。


 そこには虚ろとした目を携え、みすぼらしい姿の少年と少女が手を繋いで立っていた。


「あれは……」


「ああ…、あの子らは、ここの番地のロストチルドレンさ。放っておけばいいよ。ささ、店ん中に入んな」


「あ…、はい」


 ハインがロストチルドレンを見つめていた中、罰当たりなものを見たような渋い顔をして店主は先に店に戻る。


 ハインはそれに続いて、店内の敷居を(また)ごうとしたが立ち止まった。


「………、」


 しばらく、その場で考え込む。それから、何かを思いついたように顔を上げて(きびす)を返した。


 ハインは、路地の奥に佇むロストチルドレンに歩み寄る。


  一方でロストチルドレンの二人組は、強張(こわば)った顔で警戒して息を飲んだ。


 彼らの前で立ち止まるとハインは、ボトムスのポケットから一枚の金貨を取り出す。


 昨夜、侍女食堂で貰った給金の一部だ。


 そのまま金貨を指で弾き、空中に投げると、素早く手でキャッチした。


「これも何かの(えん)、てことで」


「え…?」


 そんな言葉を添えて、ハインは前に屈むと手の平に握り締めた金貨をロストチルドレンに見せる。


 その行動の意図が読めず、ロストチルドレンは声を上げた。


 ハインは、明るく笑ってみせると、


「これで、美味しいものでも食べなさい。私が出来るのは、ここまでだけど…。生きてれば良いことがある」


 小さく痩せた少年の手を取り、金貨を握らせる。


 何かを託すようにして、ハインは少しの間ロストチルドレンの金貨を握った手を自身の手で包み込んだ。


 それから、ロングコートを(ひるがえ)すと、


「じゃあね」


 別れを告げるように手を振って、店へと戻る。


 呆気に取られたロストチルドレンの少年と少女は、しばらく開いた口をそのままに。


 ただ、見開いた(まなこ)で去っていく黒髪の女の後ろ姿を焼きつけた。



 ※



「悪いわね、待たせちゃって」


 店内に入ったハインは、申し訳なさそうに眉を下げて笑った。


 裏口の出入口付近では、白ウサギの生首を被ったクラウンが、壁に(もた)れて腕を組み、待っていた。


 クラウンは、白ウサギの()れた苺のような赤い目で彼女を見る。


「いえ、平気です。それよりも、さっきのは?」


「さっきのって…。ああ…、見てたの?」


 どこか気まずそうな顔を浮かべて、ハインは再び店外の路地に目を向ける。


 視線の先には嬉しそうに微笑みながら、手の平の金貨に目を向けるロストチルドレンの少年と少女がいた。


「この番地のロストチルドレンだって」


 その光景に釣られて、ハインも優しく口角を上げる。


 彼女の様子を見ていたクラウンは、冷淡と(たず)ねた。


「施しですか…。善業を働けば人を救えると?」


「何よ?文句言いたそうねー」


「いや、そうではないですけど……」


 ハインは、じとっと細めた目をクラウンに向ける。


 クラウンは、口ごもりながら彼女から目を()らした。


 ハインは、出入口扉の枠に背中を預けると、考えるように天井を見上げた。


 丁度そこを分かれ目にするようにして、店内の薄汚れた天井と、青々と広がる晴れた空といった二つの景色がある。


「善業を働けば人が救える、か…。そんな高尚なことは思ってないわ。ただ、絶望して欲しくないだけ。あの子たちの目は、いつも悲しいから。少しの間だけでも希望を持って欲しいの」


 なんて事ないように、ハインはぽつりと呟いた。


 その小声を一言も聞き漏らすことのなかった白く長い耳は、ひくりと反応する。


「……ハインさんは、片っ端から彼らを助けるつもりですか?」


「なんのこと?」


 ふ、と視線を水平に戻して目の前にいるクラウンを見た。


 クラウンは壁に凭れながら、白ウサギの生首を彼女に向けて続ける。


「単純な質問です。ハインさんは、この世界にどれだけ苦しんでる人がいると思いますか?」


「そんなの目一杯いるでしょ…。というか、何よ、その言い方。責められるようなことしたつもりはないんだけど」


「195番地での騒動で、はっきりと分かったことがあります。ハインさんが動いたことで、大勢の子供たちが救われたのは事実です。ですが、同時に、あなたの己を(かえり)みず、骨を砕き肉を断っていることにすら気づいてない善意は狂気でもある」


 クラウンは、ただ冷静に(とが)める。


 やけに(かん)(さわ)る例えに、ハインは眉を歪めた。


「何が言いたいわけ。目の前で困ってる人を助けて親切にすることが、そんなにいけないこと?」


「その目の前っていうのは、視界に入ってる人全員のことですか?ハインさんだって、分かっているはずだ。あなたが手助けして離れた途端、数mもしない内に苦しんでいる人がいる。ハインさんは、馬鹿の一つ覚えのように施しをして、また次の人を同じように助けるんですか?」


「それは…、」


 すぐに反論しようとしたが、ハインは思わず言葉が詰まった。


 続く言葉がないと分かったクラウンは、白ウサギ生首を自身の足元へと向ける。


「……見返りも求めない姿勢には感心しますが、僕から一つ忠告させてください。あなたのその清く誠情な善意は、いつかあなた自身を潰してくる」


「……説教してるの?私が、いつか潰れるからああいうことはやめろってこと?」


「どう捉えるかは、ハインさんに任せます」


 指摘してきた割には、無責任に放り投げられた。


 だが、ハインは怒るでもなく、ただ自身の行いを考え直す。


 そうして、ようやく言葉が見つかった。


「私がやってることは、ただの一時(しの)ぎにしかならない。そんなの、私が一番よく分かってるわよ」


「どうして、そうなるんですか?僕が言ってるのは、そういうことじゃなくて…。もっと、自分本位に考えればいいってことですよ」


 溜息交じりにクラウンは、結局放り投げたはずの自身の言葉に本意を伝える。


 ハインは、彼を射抜くような真っ直ぐとした眼差しを向けて、


「私は、十分自分本位にやってるわよ。あんたが言ってることは、中途半端に手を貸すような偽善はやめろってことじゃないの?」


「そこまで自覚してるなら…。どうして、やめないんですか」


「どうしてって……。人が、悲しんでる姿は見たくないだけ。それだけよ」


 聞き返されたことに、ハインは視線を泳がしながらも答えた。


 嘘をついて、視線が泳いだわけではない。ただ、どう言えば伝わるのかをハインは最後まで迷っていた様子だった。


 クラウンは、何も言わず彼女を見つめる。


 しばらくの沈黙の後、再びハインは口を開いた。


「……私も、同じなんじゃないかって思ったのよ」


「同じ?」


 クラウンが聞き返すと、ハインは数分前までロストチルドレンが立っていた場所を見る。


 それから、ゆっくりと語り始めた。


「記憶がないの、私。十二歳の時、目を覚ましたら、もう協会にいた。聞けば、私は道端で倒れているところを『サンタクロースに拾われたんだ』って言われた。だから、私もロストチルドレンだったのかもしれないって」


「………それで?」


「私は、助けてもらったから。だから、あの子たちにも救われて欲しい。善業って勝手に思われるのは(しゃく)だけど、親切にする理由にそれもあったわ。でも、本当に人が悲しむ姿を見たくないってだけ。……悲しそうな姿を見ると胸の奥が痛いし、どうしてだか心に引っかかるのよ。『前にもこんな顔を見たことがある』、て曖昧な感覚だけど。なくなったはずの記憶を思い出せそうな気がして」


 ハインの語る言葉には、節々(ふしぶし)に哀愁が滲んでいた。


 何かを思い出そうとしているのか、視線の向けた場所から意識は遠いようだ。


 クラウンは、喋らなくなったハインに変わって彼女が親切にする理由を明確にする。


「思い出したいから、彼らに希望を与えてると?」


「うん…。ね?私、十分、自分本位でしょ?」


 記憶の端から戻ったハインは、クラウンに困ったような笑顔を見せた。


 納得というより、何となく理解できたという方が感覚的には近い。クラウンは何も言及することはなかった。


 それから、ハインはクラウンを咎めるような視線を送る。


「随分言ってくれたけど。あんたこそ、人のこと言えるの?」


 突然すり変わった話に、クラウンは小首を(かし)げた。


「……なんの話ですか?」


「あんたは、私を救ったじゃない。しかも、出会って半日そこそこの人間を。膨大な魔力を使って、すごい魔法で私を助けてくれた。そのくせ、人は簡単に殺すんだから。私には、私自身のことよりもあんたの方がよく分からないわ」


 軽く笑ってみせるハインに、クラウンはどこか居た堪れなさを感じた。


 誤魔化すように視線を逸らしてから、


「僕は、僕なりにちゃんとした信条を持ってます。…というか、話のすり替えしないでください。これでも、忠告してるんですから。目上の人の話は聞くもんですよ」


「そんなに歳変わんないでしょ。ウサギの頭被ってるせいか、説得力に欠けるのよねー、あんたの話は」


 顎先に手を()てがって、ハインは不思議そうな顔でクラウンを見る。


 彼女の視線を振り払うように、クラウンは預けていた壁から背中を離し、組んでいた腕を()く。


 妙に疑ってかかるハインに、適当な返事をした。


「ウサギの頭関係なく、単に僕の話がつまらないってことなんじゃないんですか?」


「なんだ、分かってるじゃない。そういうことよ」


 珍しく足元を(すく)われた。腹の虫の居所が、急にむかつき始める。


 どうにでもなれ、とクラウンは半ばヤケになって普段の不満をぶつけた。


「……じゃじゃ馬、狼女、ド短気、暴力人間」


「いきなり悪口吹っかけてくるなんて、いい度胸してるわね。喧嘩なら買うし斬るわよ」





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