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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
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ep.12 『お花畑のエルフ』

 

 ハインは、色とりどりの花が咲き誇る店先の植木鉢を鑑賞していた。


(いい町ね……)

 

 風で揺れる花を眺めると、穏やかな気持ちになる。急遽、配達の仕事がなくなったからだろうか。緊張で張っていた肩から、緩やかに力が抜ける。


 ハインが休む場所は、とある雑貨店の軒先だ。魔具を取り扱う店らしく、魔術師であるクラウンは、興味を引かれたらしい。店内では、ウサギの生首が品を手に取っては悩んでいる様子が見えた。


 ハインは、ぎゅうぎゅうに日用品が詰め込まれた紙袋の荷物番になったのだ。店自体こじんまりとした造りで、幸いにも十五m以上離れることはない。

 

(催し物かしら…?)

 

 ふと広場の方に目を向けると、(まば)らだが人だかりが出来ていた。

 

 その先には、簡易的な舞台がある。花が飾りつけられたアーチを設置し、舞台上には若葉のような緑のサテンのドレスに、雪のように白い(かつら)を被った女が踊っている。

 

 舞台の隅に男が立っていて、どうやら語り部の役割を担っているようだ。

 

 たまたま目が止まったついでだ。そう思って、ハインは何の気なしに鑑賞する。

 

 ひらひらと、女が回る度にドレスの裾が浮いて揺れる。太陽に我が身を捧げるように両手を広げ、柔らかく微笑む彼女に、観客は虜になっていた。

 

「あれは、『お花畑のエルフ』という童話の劇」

 

「わっ!」

 

 すっかり引き込まれていたせいか、突然声をかけられて驚く。

 

 隣にある紙袋の荷物を挟んだ先に、いつの間にかヨハネスが座っていて、彼女の隣にはヘルが立っていた。

 

「…び、びっくりしたぁ…。ヨハネス?だっけ。用事は、もう済んだの?」

 

 全く気配を感じなかった。それだけ、劇に見入ってしまっていたのだろうか。気を取り直して聞くと、ヨハネスが頷く。「そう、」と短く相槌を打てば、あっさりと会話が終わった。


 何か続く話があるだろうかと気になって、ヨハネスを見る。血の気を感じない白い肌と、光はあるもののどこか空虚な瞳は、まるで人形のようだ。

 

 結局、容姿の特徴が鮮明になっただけで話題に困った。とりあえずハインは、再び広場で行われている劇を見る。

 

 風を撫でるような、品やかな女の手つきに目を奪われる。しかし、その表情はどこか悲しげだ。

 

 ただの観客であるハインですら、踊り子の姿に切なさを感じた。そこで、ハインは、ヨハネスの言葉を思い出す。

 

「…ねぇ、ヨハネス。さっき、言ってた…その『お花畑のエルフ』って、どんなお話なの?」

 

「ききたい?」

 

「うん。ちょっと気になって……」

 

 ヨハネスから視線を向けられていることには気づいたが、見合うことはなかった。どうしてか、ずっと舞台で踊る女から目を離せない。

 

 そして、長い童話が、機械的な声色で語られる。

 

「『……昔昔、ある森に、それはそれは美しいエルフがいました。エルフは、たった一人でしたが、木や花と話ができるエルフにとって、その森は家族のように温かく、寂しくありませんでした。

 

 そんなある日。穏やかに暮らしていたエルフの下に、ある者が訪れました。闇のような漆黒の体に切り立つ岩壁のような鱗を持ち、世界に夜を生み出して災いを(もたら)す魔の始祖――黒き竜です。

 

 黒き竜は、闇夜の中でも満月のような輝きを放つ美しいエルフに恋をしました。花と木を愛し、慈しみを持って自然と共に生きるエルフの姿を見て、彼女ならば必然と生まれた魔であり忌み嫌われた自身を受け入れてくれるだろう、と考えたからです。

 

 黒き竜は、エルフに愛の告白をしますが、エルフはそれを拒みました。「あなたは、森だけではなくこの世界を混沌に導く悪しきもの。私は、あなたの求愛を受けることはできない」そう告げられた黒き竜は、怒り、そして嫉妬しました』」

 

 ハインが、「嫉妬…?」と小さく疑問を繰り返すと、舞台上の踊り子は、舞台袖から走ってきた助演者が持つ真紅の弾幕で包まれる。

 

 そのまま弾幕が反対の舞台袖にはけていくと、次に現れた踊り子は一変した。身に纏うのは、悲哀の涙を思わせるような青いドレスと黒い鬘に早変わりしていたのだ。

 

「『彼女から無償の愛を受ける自然への嫉妬から、黒き竜はエルフに自らの血を飲ませました。黒き竜の血は、全てを魔に変えてしまう悪しき血。

 エルフは、悶え苦しみ、月光のような髪は夜のように黒く染まり、神聖だった彼女の血は、瞬く間に魔へと変わってしまったのです」

 

 踊り子の舞いが、それまでと一変して激しいものに変わった。

 

 振り払うように何度も回り続け、苦しむように胸を抑えると、やがて膝を折る。

 

「慈愛の心を持ち、清廉だったエルフは、凶暴なダークエルフへと変貌してしまいました。目に映る全てに憎悪を駆り立てられ、ただ闇雲に焼き払ったのです。

 三日三晩続いた恐ろしい日々は、家族の悲鳴によって終わりを告げます。我に返ったエルフの前に広がっていた光景は、業火に焼かれる森と花々の姿でした。

 エルフは、自らが犯した罪に泣き叫び、絶望しました。それを愉快に眺めていた黒き竜は、エルフに向かって言ったのです。「私を、受け入れなかった罰だ」と。

 その言葉を聞いたエルフは、溢れる絶望の中、魔の力で得た業火で森や花を焼いた時と同じく、己の身を焦がすのでした。』……おしまい」

 

 ヨハネスが話し終えると、舞台も終演を迎えた。舞台上の踊り子は、観客から惜しみない喝采を浴びている。拍手はもちろん、時には口笛を吹く者までいた。

 

 ハインは、いつの間にか舞台からヨハネスを見て話に耳を傾けていた。しかし聞かされた予想外の結末に、どんよりと心に靄がかかる。

 

「もっと優しい童話かと思ってたら、結構暗い物語なのね……」

 

 率直に呟いたが、ヨハネスからは特に反応はない。童話を語る役目だけを果たして、肝心の感想には興味がないらしい。

 

 ハインは頬杖をついて、舞台上で何度もお辞儀する踊り子を見ながら、ふと思った。

 

「でも、こんな素敵な場所を題材にしているのに、どうしてそんな悲劇的な童話が生まれたのかしら…?もっと感触の良い話なら、お客さんだって喜びそうなものなのに」

 

「実在していたから」

 

「え?」

 

 拍手の音で、一瞬聞き取れなかった。ヨハネスを見ると、彼女は既に立ち上がって、空虚な瞳でこちらを見下ろしている。

 

 そして、徐ろに口を開いた。

 

「ダークエルフは、この世界にいた。とても昔に」

 

「それって、」

 

「いやぁ、102番地の魔具は面白いですね。今度買いに来よう」

 

 ちりんちりん、とドアベルがやけにうるさく鳴った。店からクラウンが出てきて、ハインは彼に目を向ける。

 

「あ…、お疲れ様…」

 

「…何か、話の途中でしたか?」


「ううん…。何でもないわ」


  こちらの様子を見て、何かを察したのだろう。クラウンが、合流したヨハネスとこちらを交互に見てきた。


 とっさにそう答えてしまったのは、何か考えがあったわけではない。ヨハネスの話の続きは気になるが、機会を見失ってしまった。そうなれば、クラウンもこちらを下手に気にかけなくなった。

 

「そうですか。…まだ待ち合わせまで、時間ありますけど。どうします?」

 

「そうねー。私、お腹空いたー」

 

 しゃがみ込んでいたせいか、腰から背中にかけて筋肉が凝り固まったようだ。ハインは立ち上がって、うんと背伸びをする。

 

 それとなく食事を提案したが、「ええー。朝食はどうしたんですか?」とクラウンが嫌そうに声を上げた。

 

「時間なんてなかったし、何も食べてないわよ。ねぇ、せっかく屋台がいっぱいあるんだし、見て回らない?」

 

「…………、」

 

「なによ、その無言の圧は」

 

 聞かれたことに、噓偽りなく答えればどうだ。じっとこちらを見る赤い目は、何か言いたげに細まっている。やがて、ハインが察する前に言葉となって詰め寄られた。

 

「ちなみに、聞きますけど。ハインさん、持ち合わせは?」

 

「えっと……。ジョージに当面正規の仕事は、凍結されてるから収入ゼロだし、持ち合わせもないです……」

 

「貯蓄は?」

 

「な、ないわよ…。正規の仕事は、その日暮らしで精一杯の給金だし……」

 

「それで?屋台に行こうと元気いっぱいに言ってましたけど、その代金は誰が払うんですか?」

 

 何も考えず言い出したことが、どれだけ悪案(わるあんじ)だったかと思い知らされる。確かに、クラウンだけが割りを食う。しかし、周囲にある屋台への―もとい食への思いも捨てきれない。そんな気持ちで、縋るように彼を見てしまう。


「そんな顔をしてもムダです。前回のこと、もう忘れたんですか?大食い勝負して屋台やら食堂の支払いのツケ、僕が全額持たされたこと」

 

「うっ…!」

 

「ツケ持たされたことを恨んでるって、暗に言ってるんですが」

 

「うぅ……何も言い返せない……。けどっ、こんな時にでも、お腹が鳴る自分が悔しい…っ!」

 

 至極真っ当な言い分で、反論の余地がない。素直に諦めようと思ったが…、しかし欲に忠実な己の腹は唸る。そんな情けない姿を隠そうと、クラウンに背を向けた。


 空腹を訴える腹を鎮めようと、強く念じながら呻く。すると、背後から「ああもう…、分かりましたよ…。屋台に行きましょう」と溜息まじりにクラウンが言った。

 

  待ち望んでいたわけではないが、急展開に「ほ、ほんとに…?いいの…?」とハインは恐る恐る彼の方に振り返る。

 

 白ウサギの生首から、「その代わり、少しだけですよ」とまるで親のような言いつけが飛んできたが、それでも笑顔が溢れて仕方なかった。

 

「やったああ!ありがとう!やっぱり、あんたは優しい奴ね…!」

 

 さっきまでの自責が、嘘のように晴れていく。しかし、「はぁ…、流される自分が憎い……」と肩を落とすクラウンは、なぜか暗い。「なーに言ってんのよ!気前が良いのは、良いことじゃない!」と励まして、ハインはクラウンの落ちた肩を景気よく叩いた。

 

「……ほんと、ちゃっかりしてますよね。僕も相当人に恨まれるタチですけど、ハインさんは食関連で人に恨みを買ってそうだ。その内、闇討ちに遭いそうですね」

 

「なワケないでしょー!日頃の行いで、悪いことなんて何もしてないもの!もちろん、食事でもね」

 

「……闇討ちしてやろうかな、ほんと」

 

 あはは、と明るく笑い声をあげるハインには、びっくりするほどクラウンの小言が聞こえなかった。

 

 しかし、直後に自分のものではない腹の音が聞こえて、見てみれば、クラウンが自身の腹に目を向けていた。

 

「なんだ、あんたもちゃんとお腹空いてるんじゃない。丁度いいわね、屋台に行こう!」

 

「僕の腹の音を免罪符にしないでください。小腹が空いたから行くだけで、卑しん坊の暴食女ことハインさんに乗せられたわけじゃないです」


「誰が暴食女よー!そんなに食べないし、ちゃんと言うことは聞くって」


  彼は認めたくないようだが、クラウンの腹はハインと同意見だ。しかし、ハインはクラウンの口が減らないところには怒って言い返した。が、彼の毅然とした態度は崩れない。

 

「ぜひ、そうしてください。そうだ、いっその事、首輪でも付けますか?そうしないと手当たり次第に買いそうですし。拾い食いはいけませんよー、ハインさん、て感じで」

 

「悪口の次は犬扱いか!イイ根性してんじゃない、ブン殴られたいわけ?」

 

 妙案だと言わんばかりのクラウンに、ハインは青筋を立てた。そんなことはしないだろうが、この男が並みの神経ではないのは分かる。断固拒否を示すには、これくらい攻撃的な返答でいいはずだ。


 やがて、こちらを傍観するヨハネスとヘルに気づいたハインは、一瞬で切り替える。

 

「そうだ。ヨハネスとヘンテコさんも、時間があるなら一緒に屋台巡りしない?」

 

 そう提案すると、ヨハネスとヘルはお互いを見合う。

 

 何かを思案している様子で、しばらくするとヨハネスから快諾の頷きを貰った。彼女たちもついてくることになり、ハインは、思わずにっこりと笑う。

 

「決まりね。それじゃあ、皆で屋台巡りの旅にしゅっぱーつ!」

 

「お金は、僕持ちですけどね」

 

「ヘンテコじゃない。ヘル」

 

 ハインの奔放な意見に物申すクラウンとヨハネスだが、当の本人はすっかり屋台に意識を奪われていた。

 


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