ep.13 お帰りなさいませ
日が沈み、すっかり暗くなった夜の102番地。
華々しい昼間の景観は息を潜め、至る所に設置された街灯が町をライトアップし、幻想的なものへと変わった。
商店は店じまいの準備に入り、代わりに酒場を主とした食事処の店が営業を始める。
数ある食堂や酒場の中でも、特に客が集まる店があった。
畏まってお辞儀をする女を象った看板プレートがぶら下がる店に入ると、
「お、お帰りなさいませー。ご主人様」
「お帰りなさいませ~、ご主人様ぁ!」
「おかえり、ごしゅじんさま」
店のウェイトレスは、黒のロングスカートに白いエプロン、ひらひらとしたレースのカチューシャという装いに身を包んでいる。
真っ先に出迎えたのは、引きつった笑顔を携えたハインだった。続けて、同じ服装のクリスティーナとヨハネスも挨拶する。
他の従業員は、満点の笑顔で客を迎え入れた。
ここは、『侍女食堂』――。102番地きっての名物食堂だ。
従業員はメイド服を着て客を『ご主人様』と呼び、まるで侍女のように成り切って接客するという娯楽体験ができることで人気がある。
「うひゃあ、こらまた良いメイドさん達じゃねえか」
「美人メイドに、グラマーメイド、こっちはロリータメイドってやつか…!」
「相変わらずここの店長の目は良いねぇ!」
恍惚とした様子で、数名の男の客は声を上げる。
男達は、新顔らしき従業員――ハイン達を見て、一様ににんまりとした顔を浮かべた。
(な、なんでこんなことに……っ!)
ハインは、慣れない格好と接客に苦戦して、思わずぴくぴくと頬を引き攣らせた。
※
遡ること、二時間前。
屋台で小腹を満たしたハイン、クラウン、ヨハネス、ヘルの一行は、クリスティーナが指定した広場で彼女と合流を果たした。
「満室…?」
ハイン達と別れたクリスティーナは、宿を確保する為に奔走していた。しかし合流直後、その結果を聞いてハインは小首を傾げた。
クリスティーナは、がっくりと肩を落として落胆する。
「そうなのー…。102番地の宿を片っ端から当たってみたんだけど、どこも満室…。今時期は、特に『名もない花畑』の花が満開で見頃らしくってねぇ…。それで、いつにも増して観光客で溢れてるんだって。だから、この時期は、予約しないと絶対宿は取れないし当日宿泊を受けつけてる宿屋さんも、全っ然なかったわ」
「それじゃあ…、野宿ってことですか?」
野宿でも一向に構わないハインだが、念のため質問した。
それまでのしょぼくれた態度だったクリスティーナは一変して、得意げな顔をすると胸を張る。
「ふふん、それがね。宿屋さんが親切にも、取り次いでくれて、一箇所だけ今晩泊めてくれるところを見つけてくれたのよー!」
「それなら、良かった。買い出しも無駄にならずに済みましたね」
クラウンの安堵した様子でハインに言うと、彼女は同意するように頷いた。
すると、クリスティーナは即座に手を前に突き出して早合点する二人を止める。
「待って。そう簡単な話じゃないのよ?泊まるには、一つ、条件があるの」
「条件?」
「そう!泊めてもらう場所は、本来宿屋じゃないの。でも、店主さんの懇意で『店のゲスト室なら泊まっても良い』って。その代わり、そこの店主さんに、今日一日従業員として働いて欲しいって頼まれたのよ」
「そういうことなら……」
クリスティーナから出された条件に、ハインは控えめに了承する。
だが、まだその話には続きがあるようで。クリスティーナは、付け加えるように言う。
「あ、それから従業員は女性だけでお願いしたいって言っていたわ」
「女の人だけ?」
「そう!なんでも、侍女食堂っていう102番地でも名物のお店なんですって」
笑顔で言うクリスティーナは、どこか楽しげだ。
しかし、彼女の言葉に懸念する箇所があった。クラウンは、ウサギの生首を傾げると不審そうに呟く。
「侍女食堂…?大丈夫なんですか?そのお店。なんだか、怪しいような……」
「でも、泊めてもらえるなら良いと思うけど。接客も苦手ってわけじゃないし」
クラウンは懐疑的だったが、ハインは特に気にしていないようだ。
ハインは、返答を伺うクリスティーナを見て続ける。
「私は、平気です。ヨハネスは?」
「だいじょうぶ」
女性陣からの了承を得たクリスティーナは、ぱあっと顔を明るくすると合わせた両手を顔の傍に置く。
「それじゃあ、決まりね!早速、案内するわ!」
※
(て、ついてきたのは良かったけど…。まさか、こんな服装で接客なんて…)
つい二時間前のやり取りを思い出して、ハインは配膳を行いながら苦い顔を引きずる。
周りを見渡すと他の従業員同様、クリスティーナは意気揚々と接客をこなし客と談笑している。片やヨハネスは、堅実で機械のように客からの注文を受けていた。
渋々仕事をこなしているのは、どうやらハイン一人だけのようだ。怠けているわけではないが、そんな心持ちの自身に引け目を感じて居た堪れない。
切り替えるように一息ついて、いざ接客しようとした時だ。
「すいませーん、そこのメイドさん。お水頂いても、良いですか?」
「はーい、すぐ参りま…て、あんたねぇ」
ハインは、振り返ってすぐに出鼻をくじかれた。呼ばれた方向には、テーブルクロスがかかった円卓に向かい合わせで座るクラウンとヘルがいた。
ハインは呆れて溜息を零すも、今は従業員だ。どんな客にせよ、無碍には出来ない。
ウォーターピッチャーを手に持ったまま、クラウンの席に向かう。
テーブルの上にあるグラスは、空だ。ハインは言われた通り水を注ぐが、クラウンは口に手を当て顔を伏せている。
手指の隙間から時たま漏れてくる堪えた笑い声に、ハインは苛立って柳眉を吊り上げた。
「なに笑ってんのよ。人が必死に働いてるってのに!」
「よ、よく似合ってますよ。くくっ…。でも、愛想は良くないですねー。もっと、笑顔で接客しないと。せっかくの装いも台無しですよ」
「うるさいわね。顔見知りなんだから良いでしょうが」
ハインは、半ばやけくそな態度で言い返した。
クラウンは、意地悪そうな笑みを浮かべると、尚も彼女をからかう。
「そんなこと言って良いんですか?一応ちゃんと料理は頼んでますし、僕はれっきとした客です。そういえば…、ここのお店はお客さんのことなんて呼ぶんでしたっけ?」
(こ、こいつ…っ!)
わざとらしく聞いてくる彼の態度に、ぴきぴき、とハインの青筋が増えた。
それを見て、クラウンは普段のように屈託ない笑顔を浮かべて更に追いやる。
「ほらほら、そんな青筋浮かべてないで。ちゃんと接客してください」
「…お水…、お…、お注ぎしましたよ。ごっ…、ご主人様」
普段のハインから到底聞けそうもない言葉に、クラウンは相当面白く感じた。身を屈めてここぞとばかりに笑いを堪え、ばんばん、とテーブルを叩く。
ぷるぷる、と羞恥と怒りで身を震わせるハインは、赤ら顔で吐き捨てる。
「後で覚えてなさいよ!陰湿ウサギめっ!」
「おお、怖い怖い」
「ったく…!あんたは、眺めてるだけで良いご身分ね」
中々引っ込まない顔の熱を振り払うように、ハインは小言を返した。
クラウンは、引っ込んだ笑いの尾を引くように目尻に滲んだ涙を拭う。
「僕は、ご主人様ですから。でも、安心してください。ちゃんとご褒美も用意しますよ。夕飯は、奢りますから」
「そうでもしてくれないと、とても釣り合わないわよ。足元もスースーして、なんか調子狂うし…!」
ぱたぱた、とハインはスカートを軽く持ち上げて裾を上下させる。
その様子を見ていたクラウンは、「はしたないですよ」と言うが、ハインは「仕方ないでしょ、慣れてないんだから」と聞く耳を持たない。
すると、向こう側のテーブル席から声がかかった。
「おーい、そこのメイドさん。注文良いかーい?」
「はーい!只今伺いまーす!」
先ほどまでの羞恥心は、どこかへと飛んだようで、従業員らしくハインは返答する。
クラウンは、ハインを見上げて、
「その調子でしっかり働いてくださいね、メイドさん」
「はいはい。どうぞごゆっくりー、ご主人様」
今度はあっさりと言ってのけたハインは、その場から後にした。
強情なメイドを見送った後、クラウンはヘルを見る。
主人であるヨハネスもハイン同様、従業員として一時勤仕しているため、クラウンと共に待機していた。
ヘルは丁寧なフォーク使いで、一切れのケーキを切り分けている。
その様子を眺めるクラウンは、徐ろに口を開いた。
「さて。メイドさんも行ったことですし…、少しあなたのことを聞いても良いですか?」
訊ねられたヘルは、結び目から垂れた包帯をハテナの形に変えて首を傾げる。
クラウンは、続けて、
「ヘルさんは、使い魔でしたっけ?」
投げかけられた質問に、ヘルはフォークを動かしていた手を止めると黙って頷く。
クラウンは、にっこりと笑って見せると、
「僕も使役している身なので、ちょっと気になったんです」
クラウンは、注文してからすっかり時間が経って冷えた紅茶を啜る。
ヘルは、ゆっくりとフォークを置くとクラウンに手の平を見せるように両手を出す。
気づいたクラウンは、ヘルの両の手の平を覗き込む。そこには、薄紫の光で綴った文字が浮かび上がっていた。
『なんひき?』
「全部で、五匹の精霊です」
クラウンの返答を聞いて、ヘルは、ばっと両手を顔の横で広げる。どうやら、驚いたジェスチャーを取っているようだ。
全身包帯でぐるぐると巻かれた上に、燕尾服とシルクハットという人によっては不気味に思える外見とは裏腹に、ヘル自体は愛嬌がある。
クラウンは彼の豊かな感情表現に、くすりと微笑んだ。ティーカップを置くと続けて、
「使い魔は、使役精霊とは異なる存在ですよね?……古い文献によると、使い魔は『悪魔』と呼ばれる魔物で、『契約の魔物』とも言われてるとか」
結び目から垂れた包帯で、ヘルは『〇』を作る。
どうやら、クラウンの予想は当たったようだ。
「合っていて良かった。契約を結ぶことで魔力を発揮するところは、使役精霊と酷似しているなと思って前から興味があったんです。でも、まさか現代で本物の魔物に会えるなんて思いませんでした。貴重な体験だ、ありがとうございます」
『どういたしまして』
ヘルは、手の平を向けた片手からもう片手をアーチ状に動かして手品師のように光で綴った文字を空中に浮かべる。
ふわっとその文字が霧散すると、フォークを再び持って鋸のようにギザギザとした口を開けた。そのまま一口サイズに切ったケーキを食べる。
(魔物を使役しているなんて、よっぽど強い魔術師なんだろうな……。『蒼馬』の人間は、見かけによらないって噂は本当だったわけだ)
無垢に振る舞うヘルを、クラウンは両手を組んで観察するように見つめる。
今だ『彼ら』の目的に疑いの目を向けるクラウンは、独り言のように呟いた。
「……一体、何を企んでるんですか。あなた達は」






