表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
56/141

ep.9 花の街 _ 102番地

 

 ヨハネス、ヘルという新たな同行者を含めたハイン一行は、再び寄宿舎に戻ってきた。


 事前にキュルヴィ協会の窓口でそれぞれアタッシュケースを受け取ったが、ハインは、内心その重さに驚き、何度も持ち手を入れ変えたものだ。運び屋をして以来、初めてケース一杯に荷札が積まれたアタッシュケースを持った。


 目の前では、クラウンが、ジョージから手渡された魔具式の『扉渡り』を自身の部屋の扉に貼り付けていた。

 

 羊皮紙(ようひし)に描かれた魔術陣が、黄金の色に輝く。扉渡りは、どうやら順調に発動しているようだ。

 

 クラウンがドアノブを握り、いざ扉を開ける。その先には――。

 

「わあ…!」

 

 クラウンに後続したハインは、踏み出した先の光景に感動した。

 

 爛々(らんらん)と輝く太陽と青空が広がり、ずらりとレンガ畳みの道が続き、円形状の広場がある。そこの真ん中には、大きな噴水があった。

 

 キラキラと日差しを受けるそこは、人々によって投げ込まれた花が筏のように流れて、水面を覆い尽くしている。

 

 町の店先や路肩には、番地の特徴を模した花の紋章の小旗が風に煽れられていた。更に屋根から屋根へと渡ったロープには、花がくくりつけられ、その花弁が時折舞い落ちてくる。

 

「いい匂ーい!」

 

 目一杯空気を吸い込めば、爽やかな花の香りが広がる。


 (はや)る気持ちのままに、ハインは噴水に駆け寄ると、その後ろをクラウンがついてくる。

 

「ハインさん、あまり離れないでください。あの世の花畑も見に行くんですか?」

 

「無粋にも程があるでしょ…。細かいことは気にしないの!」

 

 余計な一言で楽しい気分が台無しだ。クラウンが「細かいことって…。命に関わることなんですが」と肩を落としていたが、少しはこちらの気持ちも考えて欲しいものだ。

 

 

 彼の更に後ろから、ヨハネスとヘルが控えていた。ヘルは、左右に首を振って、町の景観に興味があるらしい。。ハインと同様、楽しんでいるようだ。


 一方でハインは、クラウンからの注意は一旦聞き入れずに、噴水の水場に流れる花房を手に取って眺めていた。

 

 一行がまとまりなく自由行動を取り始めた時、「あら!みんな無事に到着したのねー!」とこちらに手を振って誰かがやって来た。


 茶革のアタッシュケースを持ったキュルヴィ協会の運び屋、クリスティーナ・シャルルだ。

 

 ポニーテールに(まと)められたブロンドの髪が、揺れている。少し透け感のあるワイシャツだけならまだしも、ボタンが何個か外れてるせいで、僅かに胸元の谷間が見えていた。それがよく強調されるように、更に服の上からはショルダーホルスター、太腿にはレッグホルスターを装備している。


 太腿まである黒のストッキングにショートブーツを履いているが、タイトな丈の短いキュロットスカートは下がズボン式になってるとはいえ、同性のハインでも目のやり場に困った。 

 

「クリスティーナさん、」

 

「クラウン。昨夜は、お世話になりました」

 

「本当ですよ。お酒は控えてください。ああいう押しかけは困ります」


   合流早々、クリスティーナが頭を下げたが、謝られたクラウンは、どこか不満げな態度だ。


 クリスティーナは、「ごめんごめん」と申し訳なさそうに笑いながら軽く謝ると、何かに気づいて彼の後ろを見る。

 

 そこにいたのは、ヨハネスとヘルの二人組だ。

 

「それで、そちらの方達は?」

 

「ああ…、こちらは…。急遽同行することになった『蒼馬』の方達、だそうです」

 

「ええ!?蒼馬!?なんでまた……」

 

 どうやらクリスティーナも、クラウン同様、その外部組織を知っているようだ。


 ジョージから話を聞いた時、ピンと来なかったハインだが、彼女の驚きぶりからして、漠然とだが『蒼馬』という組織は凄いということは伝わってくる。

 

「事情は詳しく話してもらえなかったので、なんとも…。協会長は、連れて行けとしか言わなかったので」

 

「なんだぁ。それなら、心配いらないわね」

 

 クラウンから経緯にもならないような話を聞いても、クリスティーナは動じない。それほど、彼女にとってジョージは信頼できる人物らしい。


 そういえば、執務室でクラウンがジョージに弁明をしろと迫ったが、彼女とジョージはどんな関係なのだろうと、ふとハインは疑問に思った。

 

 すぐに安心したクリスティーナとは違い、クラウンはあまり釈然としないようだ。

 

「良いんですか?そんな簡単に信用して。僕は、あまり気乗りしませんけど」

 

「アイツが、大丈夫って言うなら大丈夫なんでしょ。ね、蒼馬のお二方?」

 

「わたしたちは、見ているだけ。それ以外、何もしない。オリヴァー=リズからの言いつけ」

 

 クリスティーナに聞かれたヨハネスは、まるで予め用意したような受け答えだ。


  クリスティーナは、「そういうことなら、気にしないわ。クリスティーナよ、よろしくね」とにっこりと笑い、自己紹介を済ませる。


「わたしは、ヨハネス。隣は、使い魔のヘル。よろしく」

 

「挨拶もできて、見た目も可愛いなんて素敵なお嬢さんですこと!ますます気に入っちゃったー」

 

 クリスティーナの言葉尻には、なぜかハートマークがついているような錯覚を覚える。

 

 そんな彼女の姿を見て、クラウンが飽き飽きして溜息を零していた。気が多い人の隣にいると、心配事が絶えないのだろう。勝手にクラウンの心労を決めつけて、ハインは更に勝手に心の中で彼を応援した。


  「そ、れ、か、ら…。あなた達二人は、どういう関係なのかしら?」


 クリスティーナが、こちらとクラウンを交互に見てきて突然そんなことを言い出す。

 

 (たず)ねられたハインは、「え…?」と思わず戸惑った。


「見ない内に発展した?また仲良くなったの?なんだぁ、そういうことなら私にも何か一言…もがっ!」

 

 どこか冷やかすように話すクリスティーナの口が、目に止まらない速さで塞がれる。

 

 そうしたのは、クラウンだ。唇に塗ったルージュが白い手袋にべったりとついても、気にせず続ける。


「クリスティーナさん。まずは、ちゃんと紹介させてください。彼女は、ハイン・リッヒ。キュルヴィ協会の運び屋です。…ほら、前にも話したでしょう?協会には、永年不動の業績最下位がいるって。ハインさんが、その人なんですよ」

 

 クラウンが、なぜか自分に代わってそう紹介するが、さっきとは打って変わって声色は冷めている。

 

 クリスティーナが、おろおろとした様子でウサギの頭に何か言いたそうな視線を向けた。彼は、「…知ってますよね?」と圧のある言い方で聞いて、クリスティーナの口元から手を離す。

 

 口が自由になっても、クリスティーナは混乱したままだ。しばらく無言でクラウンと見つめ合うと、

 

「あ…、ああー!そ、そうなのねー!あなたが、あの有名なハイン・リッヒさんなんだぁ?まさか、こんな美人さんなんて、お姉さん全然知らなかったなぁ!クリスティーナ・シャルル、28歳でーす!よろしくねぇ!」

 

「は、はい…。ハイン・リッヒ、21歳です。よろしくお願いします」

 

 まるで空元気のような態度になったクリスティーナから、半ば強引に手を掴まれ、ぶんぶんと大袈裟な握手を交わす。


  不審に思ったが、それでも、「よろしくよろしくねぇ!ハインちゃんって呼んでも良いかしら?」と彼女から間髪入れずに聞かれると、たじろいでしまう。ハインは、「ど、どうぞ…」と圧倒されながら答えた。

 

 あまり人見知りはしないが、彼女の態度が取り(つくろ)った快活さだということは分かる。

 

 すると、クリスティーナが困ったように笑って頬に手を添える。

 

「ごめんなさいねぇ!私、こんな美人な子に初めて会ったから、すっかり緊張しちゃって…。誰かと勘違いしちゃったみたいなのー!あとで、詳しく話でも聞いた方が良いのかしら?…ねぇ、クラウン?」

 

「はい、僕からも事情説明したいので」

 

 満面の笑みでクラウンを見るクリスティーナだが、彼の名を呼ぶ声は威圧的に聞こえる。


 二人の間に、言い知れない緊張感が走った。

 

(なにこれ…、修羅場?)

 

 場違いなのでは、と思えば途端に居心地が悪くなった。

 

 それから、クリスティーナは険悪そうな雰囲気を仕切り直すように両手を叩く。

 

「さぁ!挨拶も済んだし、早速お仕事しましょうか!イェロヴェルリの使者の方も探さないとねぇ!」

 

「その必要は、ないと思いますよ」

 

 クラウンが、制止するように言った直後のことだ。

 

「失礼、キュルヴィ協会の方々でしょうか?」

 

 人混みの中から、砂埃で汚れたローブを目深に被った軍服姿の男たちが、ハインたちの目の前に現れた。ざっと見た限りでも、十人はいる。

 

 外界では見かないせいか、堅苦しい出で立ちは町の景観とは浮いて見えた。

 

「あら…、随分と早いのね」

 

「どうも町に入った時から、監視されていたようです」

 

「へぇ、そうなの…」

 

 クラウンとクリスティーナは、和やかな声で耳打ち話する。ハインですら警戒したのだから、この二人なら殊更そうだろう。

 

 クリスティーナが、愛想の良い笑顔を浮かべたまま、軍服姿の男たちの前に出た。

 

「昨晩からこちらに?予定より早く到着なされたんですね。イェロヴェルリの使者様」

 

「ええ…。少々、こちらでも手違いがありまして。実は、今回の件について変更して頂きたいことがあるのです」

 

「変更…?なんでしょう?」

 

「ご迷惑とは承知ですが、配達品の受領を明日に変更して頂きたい」

 

 目深に被っていた男の顔が見えたそばから、そんな申し出を聞いて不可解に思う。顔色を変えたのは、何もハインだけではなく、クリスティーナもそうだ。

 

 しかし、彼女はすぐにぱっと笑顔に切り替えて、

 

「それは随分と急なことですわ…。何か問題でも?」

 

「いえ、こちらの不手際です。…察して頂けると、有難いのですが」

 

「そうですか…。ええ、私たちは一向に構いませんわ」

 

 彼女が、意外にも二つ返事をしたことで、「クリスティーナさん、」とクラウンがすぐさま抗議するように呼びかけた。だが、クリスティーナは、片手を上げてそれを遮る。

 

 彼が押し黙ったところで、クリスティーナは使者に向けて続けた。

 

「…102番地は、観光地ですから。滞在期間が伸びるだけ、私たちもゆっくり観光ができますもの。喜んで受けますわ」

 

「感謝します。それでは、また明日。場所は、こちらでお会いしましょう」

 

 一人の男が、何かをクリスティーナに手渡すと、用が済んだ軍服姿の彼らは、ぞろぞろとまた人混みの中に溶け込むように消えていく。

 

 クラウンとクリスティーナが並ぶ後ろで、ハインはイェロヴェルリの使者を見送った。

 

「クリスティーナさん。あれで、良かったんですか?」

 

「何か考えがあってのことでしょ?…それに、あなたにも時間があった方が良いんじゃない?」

 

 何かを見透かしたようなクリスティーナの物言いに、クラウンが珍しく言い返さなかった。

 

「あら、図星かしら?生意気に不満そうな顔しちゃって」

 

「………、」

 

 ハインから見れば、あまり白ウサギの生首の表情に変化は見られない。


 ふふ、と楽しげに微笑みを浮かべるクリスティーナの姿を見て、ハインは大人の余裕というものを見た気がした。現に、クラウンは一切口を開かない。


(次から、アイツのイジりはああやって受け流せばいいのね……)


 ハインは、クラウンの執拗なイジりに対策を講じていると、クリスティーナが、こちらを振り返った。

 

「さぁ!それじゃあ、明日まで時間はたっぷりあるし。それぞれ役割分担しましょう!」

 

 そんな提案にハインは、「役割分担?」と詳細を聞きたくなる。

 

 クリスティーナが、少し困ったように笑うと、続けて、


「ええ、急に予定が変わっちゃったでしょう?今晩の宿も決めなきゃいけないし、使い切りの日用品なんかも買い揃えなきゃ。私は宿を探すから、ハインちゃんとクラウンには日用品のお買い物を頼めるかしら?」

 

「私は、大丈夫です。…あんたは?」

 

「聞かれても僕らは離れられないでしょう。ハインさんと行動しますよ」

 

 今更ながら制約のことを思い出して、「あ、そうよね…」とハインは仕方がないように呟く。二人の動向を聞いていたクリスティーナが、「そっちは決まりね!」と明るく答える。

 

「それじゃあ、私は宿を探してくるわ。…ヨハネスちゃんとヘルくんは、どうする?」

 

「用事がある。一旦、別行動したい」

 

「そう。だったら、それぞれ用事を終わらせたら、またここで合流しましょうか!待ち合わせ時間は、日が落ちる前。私も、それまでには宿を確保しておくわ」

 

「はい。クリスティーナさんも、気をつけて。行ってらっしゃい」

 

「ありがとう!ハインちゃんとクラウンも、気をつけてねぇ!迷子にならないようにー!」

 

 出会って間もないハインの送り出しにも、クリスティーナは明るく返して、大手を振ってくれた。

 

 ポニーテールを揺らしながら去っていく彼女の背中を見て、ふと思う。

 

「……なんだか、色んな意味でパワフルな人ね」

 

「あの人は、いつもあんな感じですよ」

 

「素敵な人じゃない。大切にしなさいよね」

 

 直感的だが、良い人だと分かった。ハインは微笑ましく思ったが、クラウンからは溜息をつかれてしまう。


 そして、「だから…、あの人はただの腐れ縁ですって」と聞き飽きた弁明が返ってきた。

 

「はいはい、」


「先が思いやられるなぁ……」

 

 聞く耳を持たずにいると、クラウンが弱気になって答える。こうして、詰る側になるのも案外楽しいものだと意地悪に思えば、自然と笑ってしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ