ep.2 優しくない
喧騒とした賑やかな声が高らかに聞こえてくる。ここは、77番地の名物酒場『ヴェルディ』。日頃の仕事を癒す運び屋や職人たちの憩いの場として、77番地発足時から愛されている酒場だ。
カウンターと円卓のテーブル席がいくつかあり、バーカウンターの向こうには店名にもなっているショートヘアの白髪の女店主・ヴェルディが、煙草を吸いながら客と談笑している。
そんな中、店の奥まったテーブル席では、ハインとクラウンが向かい合わせで座っていた。
「『献上品』の配達ぅー…?」
運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、ハインは言葉を漏らす。
ジョージとの口喧嘩の後、沈んでいたハインをここに連れて来たのは、クラウンだ。どうやら彼も197番地の騒動には思うところがあるらしく、口には出さなかったが励ましてくれている気持ちは何となく伝わっていた。
向かいにいるクラウンは、ステーキ肉を切り分けながら、
「はい。今回の仕事は、大国『イェロヴェルリ』の周辺に位置する番号のない外界の番地……、通称『城下番地』と呼ばれる所から直々に依頼されたそうです」
ハインが執務室から出た後、今回の仕事内容をクラウンはジョージから聞かされたらしい。とは言っても、乗り気ではないハインは、口にスプーンを咥えたまま、「ふーん……」と興味なさげに鼻を鳴らす。
だが、仕事には変わりない。割り切って、詳細を聞くことにした。
「で、その『献上品』は誰宛の届け物なのよ?えらく大袈裟だけど……」
「それは、もちろん『イェロヴェルリ』宛です」
「はぁ!? 国宛なの!?」
ハインは、思わず声を張り上げてしまった。聞きつけた周囲の客たちから訝しげな視線を向けられ、驚愕して固まるハインの代わりに、クラウンが客たちに申し訳なさそうに会釈した。
客の視線がおずおずと逸らされていくと、「声が大きいですよ、ハインさん」とすかさずクラウンが呆れた顔で諌める。ようやく、ハインは「ご、ごめん…」と迂闊に声を上げたことを反省した。
「でも、急に国の名前が出るなんて思わなくて…」
「『献上品』って言われるくらいですから、宛先もそりゃ大物ですよ。そもそも今回配達依頼をしてきたのは、あの城下番地ですから」
「城下番地って、大国の城壁の近くにある街のことでしょ?」
運び屋ともなれば、大なり小なり、あらゆる情報を耳にする機会が多い。又聞きだが、ハインでも『城下番地』のことは知っていた。
「さすがのハインさんも、知ってますか」とクラウンから何かしらの悪意を感知して、ハインは「余計よ」とつんとした声で返す。
「それじゃあ、これは知ってますか?城下番地の人々は、外界の住人にも関わらず国に属していると考えているって話です」
妙な会話の切り口に、ハインは「なによ、それ」と少し気になった。クラウンも、どうやらその話には芯がないのか、軽い口調で続けた。
「その通称が広く呼び名が通っているのは、城下番地の住人が、自分たちの住んでいる町を国の城下町だからと触れ回っているからなんですよ」
「え!本当なの?その話」
「あくまで城下町だと思い込んでいるのは、城下番地の住人だけですよ。いくら住人が城下番地だと謳ってようが、実際国側はそこを国土として見てませんから。番地側から国に対して連絡を取る手段も、国からの接触も一切ないですし。第一、外界を国土と言い始めたら…、色々と…でしょう?」
ようやく切り分けたステーキ肉を口に運んだクラウンから、含みのある言葉を投げられ、ハインは、「まぁ、確かにそうね…」と納得してしまった。
不可侵領域のような外界が、ある日突然どこかの国の領土となると、その後は想像に難くない。
とりあえず、話を戻して、ある疑問をぶつけてみた。
「それじゃあ、今回の献上品っていうのは?城下番地は、それを国に渡したいんでしょ?なら、今まで何かしら交流はあったんじゃないの?」
「他の大国の城下番地は、どうかは分かりませんが……。イェロヴェルリの城下番地は、『献上品』と勝手に称して、周辺地域で採掘した金、宝石の原石や鉱物などを大切に保管するのが、番地の習わしなんだそうです。国に何の恩情を感じているのかは知りませんが、いつ国から徴収されてもいいように、万全の準備を整えているという話は聞いたことがありますね」
「なにそれ…。健気なのやら不気味なのやら、よく分からないわね。一切関わりがないっていうのに」
奇妙な気分になったハインは、口をへの字に曲げた。クラウンも、ステーキを食べながら、「僕も、そういう風習はよく分かりません」と若干呆れたように呟く。
彼の皿に載っていた肉は、いつの間にか一切れだけになっていた。手持ち無沙汰のようで、クラウンはフォークで、肉を突いたり、刺したりと繰り返す。
「それで、ハインさんがさっき質問していたことなんですけど。実は今までも国は献上品を受け取っていたんじゃないか、て話」
「それよ、それ。配達依頼が来たってことは、当然国側も受け取る体勢にあるってことよね?交流がないのに、どうやって国は献上品の存在を知ったのかしら」
「国の内情なんて、外界の僕らには無縁ですから何とも言えませんが…。最初から献上品の存在を知っていたのなら、辻褄が合いますね。その上で、受け取ろうとしているのかも」
「確かに、それなら分からなくもないけど」
合点したところで、結局運び屋のやることは変わらない。だが、やけに好奇心のようなものが、そそられる。今回の配達先が、日常では限りなく接触しない『四つの国』の人間相手だからだろうか。
それに、ハインにはまだ拭えない疑問がある。以前から、献上品の存在を知っていたのだとしたら――。
「どうして、今なのかしら…?」
ハインは、静かに疑問を口にして首を傾げる。
目の前のクラウンが、残った最後の肉を口にして、両手に持っていたナイフとフォークを皿に置く。
「例えば、『外』の献上品に頼るほど国が困窮している、とか」
クラウンが、独り言のようにハインの疑問に答えた。
彼の視線は、酒の入ったグラスに向けられている。まるで物思いに耽っているようなクラウンを、ハインはただじっと見つめた。
その視線に気づいたクラウンは、「…なんですか?」
とこちらを見た。
「献上品の中身って金銀財宝なんでしょ?だから、私は、国の連中が私腹を肥やしたいのかもって思ってたけど…。でもあんたは、そういう答えなのね。確かにそっちの方が腑に落ちるわ」
クラウンが考えた答えの方が、ずっと釈然とした。
そういう人間味ある想像ができることに、ハインは彼の意外な一面を垣間見たのだ。そう感じれば、親近感のようなものが湧いて微笑んでしまう。
向かいのクラウンが、居心地悪そうな表情を浮かべて、「何となく、そう思っただけです」と溜息を吐いた。
「普段は嫌味な奴だけど、そういうのって心根が優しくないと出てこないわよ」
見直したという旨を伝えたが、どうやらクラウンには受け取るに値しない言葉らしい。だから、ハインはそう続けたのだが、彼は一向に態度を変えない。
何も言わずにいたかと思えば、視線を逸らして、最後にこう答えてきた。
「僕は、優しくないですよ」






