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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
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ep.3 建前やら、皮肉やら

 

 遡ること、一時間半ほど前の話だ。


「今回の依頼には、何か裏があると考えてる」


 ジョージは、執務室で、イェロヴェルリ宛の献上品配達の内容を粗方話し終えてから、ようやくクラウンに本題を伝える。


 クラウンから、「裏?」と聞き返されて、ジョージは、再び今回の仕事内容を纏めた書類に目を向ける。


 書類と言っても記されているのは、配達品の内容や送り主、宛先人だ。


 ここまで(かさ)()ってしまったのは、配達品の内容が膨大であった為だ。金の延べ棒や鉱物、その他諸々の個数が書類の大部分を占めている。


 大して役に立ちそうにもない書類を見ても、何も得られない。


 働かせるのは、その意図を探る洞察力だ。


「四つの国の一国だ。今まで『献上品』の存在を知らないわけがねぇ。国を運営するに当たって情報ってのは、(きん)以上に価値のある(モン)だ」


 そんな理論を伝えれば、「……そうですね」とクラウンは概ね理解した。


 ジョージは、続けて、


「百歩譲って外界の情勢に(うと)かろうが、正確性に(とぼ)しかろうが、目下、城壁近くにある城下番地を経由して『外界』の情報は得ているはずだ。完全に外交を断絶していても、奴等にとっても俺らにとっても、情報は他国に対する牽制力だ。


 そうとなれば、城下番地の内情を全く知らねぇってのは、無理がある。……献上品の存在を『知っていた』上で、長年手をつけなかった。それを今になって受領するなんざ、キナ臭ぇだろ」


 思惑はどうであれ、何かしら裏があることは確かだ。理屈を並べれば、「……国が困窮しているのかも」と如何にもお人好しらしい推察が飛んできて、その脇の甘さには辟易する。


「ちょっとばかし想像力を働かせてみれば、その考えが妥当だろうが……。誰にでも想像できるってのは、思惑の良い隠れ(みの)になる」


「つまり、イェロヴェルリ側は献上品を受け取る以外の何か()()があるってことですか?」


 特に表情を変えずに質問するクラウンを見て、ジョージは言い知れぬ不満を持った。ともすれば、眉間に皺が寄る。


「それでシラぁ切ってるつもりか?ここの誰よりも、テメェの方がよっぽど(ゆかり)があるだろうが」


「…………、」


 ジョージの指摘に、クラウンは無言を貫き、素知らぬ顔をして視線を()らした。


 どうせ答えやしないと思えば、ふん、とジョージはふてぶてしく鼻を鳴らす。


「まぁいい。ともかく、お前には今回は配達仕事以外に任務を付け加える」


「任務…?」


「そうだ。配達完了までにイェロヴェルリ側の思惑を探ってこい。なければそれで良し、有ればとことん引き出せ。国を相手取って得た情報は、外界にとってはかなりデケェ利益だ。この機会を逃す手はねぇ」


 ジョージは、クラウンを見下すように顎を突き出し、口から紫煙を吐き出した。


「用心して仕事に励めよ、『ベンジャミン』。……今回の業務内容は、そういうことだ」


 嫌味ったらしく運び屋として使う偽名で呼べば、クラウンは溜息を零して渋々頷く。


 ジョージは、手に持っていた書類を(はた)くようにしてテーブルに置くと言い終えた。


 クラウンにも事前に書類を渡していたが、彼は最後のページまで捲ってから閉じると、


「それで、さっきの話はハインさんにも伝えた方が良いですか?」


「話したところで、アイツに出来ることは少ねぇ。適当に誤魔化しとけ」


 ジョージは淡々と答えると、吸い終わった煙草を灰皿の上に捨てた。ポケットから煙草の箱を取り出し、新しい煙草を(くわ)えて火をつける。


 クラウンから、「了解です」と返ってきたが、続けて、


「ちなみにですけど、今回の同行者に目星は?」


 天井に向けて煙を吐き出していると、だいぶ前に話した内容が掘り起こされた。


「なんだよ、そんなに気になるか?」


「…上手く連携が取れるかどうか、気になるので。ハインさんとは別口で、僕も協会内だと『腫れ物』じゃないですか」


 クラウンが自嘲(じちょう)っぽく笑って、肩を(すく)める。その態度からは、身の危険というよりも煩わしいと思っているのだろう。


「同行者っつっても、一人だけだ。お前の顔見知りでも()てがってやるよ」


「………、」


「なんだよ、その顔は」


 クラウンを見ると、まるで苦虫でも噛んだような不快そうな表情を浮かべていた。


 クラウンが不満を抱くだろうと予想した上で、これでも譲歩して同行者は一人までにしたのだ。本来なら、もっと人員を増やしてもいい。にも関わらず、目の前の青年は子供のように露わにしている。


「ガキみてぇな我儘は、許さねぇぞ。聞かん坊は、アイツだけでいい。それでなくとも、俺はテメェの『後生の頼み』とやらを許容してやってんだ。…忘れたとは言わせねぇぞ」


 その一言を放てば、それまで表情豊かだったクラウンは、能面を貼りつけたような真顔になる。


「そんな大層な物言いをしたつもりは…、ないですよ」


 まるで、それが素顔であるかのように彼は自然体に振る舞った。


 立場をはっきりさせるために、わざと気分を害するようなことを口走った。おかげで、物静かだった室内は奴から発せられる圧が漂い始めたのだが。


 ジョージは至って普段と変わらず、やつれ気味の顔で、クラウンを見据(みす)える。


 (しば)しの静寂が続いて、ちりっという煙草の先に灯った火種が草を(いぶ)す音が妙に鮮明に聞こえた。


 すると、


「なにをしてるのだ!」


 後ろにあるデスクチェアから、そんな幼い子供の声と共に、机の上に黒い塊が飛んできた。


 正確には、つやつやとした長毛の子犬だ。目にかからないように頭の上には赤いリボンで一束に毛が纏めている。


「おい…、机の上には乗るなっていつも言ってんだろ。テパス」


 ジョージは、ふりふりと尻尾を振りながら、無邪気に机の上を歩くその子犬―テパスを抱き上げた。


「うむ!なにやら、『ふおん』なニオイがしたのでな!」


 テパスは、ジョージの腕の中で大人しくするが、快活な調子だ。


 こちらを見上げていたが、即座に水平に首を戻して、「くらうん!ひさしぶりだな!」とクラウンに挨拶をする。


「どうも。元気そうですね、テパス」


 やんわりと微笑んでそう返すクラウンからは、先ほどの威圧感は失われていた。


 ジョージは、テパスの顔に掛からないように顔を()らして紫煙を吐くと、「…おら、とっとと行け」と退出を促す。


 クラウンは、何も言わず軽く一礼して背を向けた。彼が、執務室から出ていくのを見届けると、テパスが勢いよくこちらを見上げる。


「じょーじ、あまり下の者をいじめるのはよくないぞ!従者はたいせつにしなくては!父上がよくいっているだろう!」


 そんなお転婆(てんば)な叱責に、ジョージは軽く舌打ちする。


「本能で群れる犬っころと一緒にするな。人間は、生きるためだけに群れてるわけじゃねぇんだよ」


 言葉の真意など、知らなくていい。ただそう伝えればテパスの不思議そうに小首を傾げる。


 そんな無垢な眼差しを無視して、ジョージは杞憂の溜息と一緒に山のように積み重なった仕事と対峙した。



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