序章 その時、彼は
195番地という砂漠の町にいたはずの運び屋、クラウン=ラウスは、その時、過去の記憶を思い返していた。
(なんで、今、そんなことを思い出したんだろう)
不可解に思いながらも、心の中は懐かしい思い出で、焚き火に当たった時のようにじんわりとした暖かさを感じた。
意識は、懐古の記憶から現在に立ち返る。
彼の眼前には、禁術『入れ違う猫』の魔術陣内に大の字で倒れているハイン・リッヒがいた。
彼女の横腹を挟むようにして立つクラウンは、彼女の腹を爪先で踏まないように跪く。
風に煽られて消えいく灯火のように、ハインの瞳の光が息を潜め始めた。
死に顔に近い青白いハインを見て、クラウンは優しく微笑む。
彼はゆっくりとハインの胸元――正確には心の臓がある方に手を伸ばす。
ハインの体から数cm上のところに、水面に石を投げられて広がるような波紋が現れた。それは、魔術陣と同じく翡翠色に輝いている。
クラウンの片手は、ハインが着衣している服や皮膚、肉すらも透過し、すっと彼女の体内に入り込む。
何かを探るように手を動かすと、やがて、手に伝わる熱の塊を見つけた。
その熱の塊は、手の平に収まってしまう程の大きさで程よい弾力がある。
クラウンは、それを握り潰さないようにハインの体外へと引きずり出す。
たぽん、と水中から取り上げるような水音と共に波紋からハインの体内に入っていた片手が出てきた。
閉じた片手をゆっくりと開くと、そこには色とりどりの火花を間隔的に散らす神聖な輝きを放った熱の塊――魂がある。
(これが、ハインさんの……)
意志を持ったかのようにハインの魂は、クラウンの手の平の中で形を変える。
クラウンは、それを大切そうにまた手の平で包み込むと、彼女を見た。
「大丈夫、必ず助けるから」
彼は、いつかの日に見せた朗らかな笑顔でそう言って、ハインの魂を自身の胸元に埋めるようにしまい込んだ――。






