終章 ep.1 その夜
宿屋の寝室の小窓から星空が見える。
さっきまで遠くで花火が上がるような音が聞こえていたが、今ではすっかり聞こえなくなった。
ダンは、ただ漠然とした表情で、小窓から広がる外の風景を眺める。
「心配かい?」
嗄れた老婆の声がかかって、後ろを振り返る。
そこには、人並サイズの老猫・オズがいた。
オズは、健やかな寝息を立てるカイルのベッドの傍の椅子に座っている。
ダンは心中に渦巻く感情をうまく整理できず、視線を落とした。
そんな様子を見て、オズはふんわりと微笑む。
「あの二人なら、大丈夫さね。そんじゃそこらの人間にはやられないさ」
「…うん、」
心に残る不安は、完全に拭えたわけではない。
それでも、ダンはオズの言葉を受け入れる他なかった。
すると、「う…ぅ、ん…」と寝ていたカイルが、ベッドの上でもぞもぞと動き始めた。
しばらくして、
「あ、れ…。ここは……」
「カイル!?」
カイルが、目覚めた。ダンはすぐさま小窓から離れて、ベッドに寄る。
「ダン…?」
まだ微睡んでいるカイルは、弱々しくダンの名前を呼ぶ。
それから、視線をゆっくりと左右に振って、「ぅわッ!!」とオズを見た瞬間、カイルが飛び起きた。
わなわなと体を震わせて、ベッドの淵まで引き下がり、オズを指差す。
「ば、バケモノ!」
そう叫んだところで、すかさずダンはカイルの後頭部を引っ叩く。
「馬鹿ヤロー!お前の命の恩人だぞ!」
「はは、恩人とはまた大袈裟だねぇ」
言われ慣れているのか、オズは動じず笑う。
カイルが、「え、え?」と何度もダンとオズを交互に見て困惑していた。
無事に目覚めたカイルを見て、何か胸に込み上げるものを感じた。それは、いつしかダンの視界を滲ませる。
今だに状況を飲み込めずにいるカイルを他所に、流れそうになる涙を必死にこらえて俯く。
「よかった…、ほんとに良かった…っ」
本音が、どこからともなく口をついて溢れた。
ようやく自らの置かれていた状況を思い出したのか、カイルが眉尻を下げた。
はした金で番地の荒くれに雇われ、アタッシュケースを盗んだこと。
それが目的のものと違って、男達に嬲られたこと。
身を引き裂かれそうな激痛が走っていた片膝は、今では傷跡一つなく、完治している。
自身が意識を失っている間のことは、きっと今のダンの態度と見覚えのないこの部屋で、補完できたのだろう。
カイルが申し訳なさそうな顔を浮かべて、オズを見る。
「さっきは、ごめんな…さい…。助けてくれて、ありがとうござ…います」
慣れない敬語で、精一杯、改めて謝罪と感謝を述べた。
頭を下げるカイルと、その傍で泣き声を堪えるダンの姿を見たオズは、また優しく微笑む。
「どういたしまして」






