行間 今際
寒い――、冷たい――。
最初は、手と足の先が、まるで大雨で泥濘んだ地面を歩き続けたように冷えていたのだ。
それが着実にゆっくりと、上へ上へと、体温を奪い、侵食していった。
今では、氷水を張ったバスタブに全身を浸かったように、感覚が麻痺していた。
(すごい、血の量……)
脳に回る筈だった大量の生温かい血潮を、背中全体で感じ取る。
流れ出る血は、春の小川のようなせせらぎに聞こえた。
視界の端の方から、黒い靄が広がっていく。
頭に血が回らないのに、思考は普段とはかけ離れて冷静だ。残酷なまでに客観的で短絡、しかし覆りそうにない現実を告げる。
(わたし…、しぬの…?)
その瞬間。
ドンッ!と魔輪で撥ねられたように、体に大きな衝撃が走った。
それと同時に、バチッ、と眩い火花が散る。
(なに…?)
視界は、まるで磨りガラス越しに見る景色のようだ。はっきりとしないその眼前に、誰かの微笑みが見えた。
印象は柔らげで、だが、その口から紡がれる言葉が、小憎たらしくて――。
バチ、バチ、と鑢に擦りつけて中々火がつかないマッチのように、立て続けに火花が散る。
『――お姫様みたいだ』
バチバチッ、とけたたましい火花の音の後ろで、黄金色の綿毛のような髪と、色鮮やかな香り高い花々が見えた。
穏やかに肌を撫でる風が、また新たな情景へと彼女を連れていく。
真っ白なキャンバスに塗料を振り撒いたような、澄んだ青空。
空高く、見下ろすように飛ぶ鳥の声は、遠い。
火花の音は、更に大きくなって、
『――る、君を――、つ――る』
強く握り締めた手は、大きく、どこか懐かしい。
そして、水の中へ潜水する時のように口から漏れ出す泡のように、湧き上がるのは……。
『―…テ、』
(だ、れ…?)
それまでと違い、誰かが己に何かを語りかける。
雲を掴むように曖昧で、耳打ち際で喋るように、
『オキテ、』
小さな囁き声は、もっと、深い深いところで彼女に手を伸ばしていた。
春日の朝に降り注ぐような柔らかな光の中に包まれて、ハインは意識を手放す――。






