表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第一部 相容れない運び屋
37/141

ep.35  『   』

 


 ヒュッ!とまるで(むち)を振るったような、(くう)()き切る音が、背後から聞こえた。


 振り返るよりも早く、ずっと強い力で腕を引っ張られた。倒れると思えば、入れ違うように(うるし)のような(つや)やかな黒髪が目の端を横切る。


 硬く冷たい地面に尻餅をついた瞬間、クラウンの目に映ったのは、盾のように大きく両腕を広げた、ハインの後ろ姿だ。


 流れる時が、その瞬間、ゆっくりと重く過ぎていく。


 名を呼び、叫ぶ間もなく、手の平が彼女に伸びた。



 全てが、遅かった。



 彼女の背中から、花が開くように鮮やかな血が広がる。


 『風の刃』がハインの心臓を穿(うが)った、と分かるまでに数コンマ。


 噴き出た彼女の返り血が、白ウサギの頬を叩く。


 ごぽ、と彼女の薄い桃色の唇からベリーを煮詰めたような赤い血が吐き出された。


 灰色がかった青い瞳から、光が消えて、がくりと両膝が折れていく。


「はっ、は」


 満身創痍のヴィドーから、乾いた笑い声が聞こえた。随分と満足した様子だ。


 安堵するには、まだ早いだろ。


 ヴィドーの瞼が、糸で引っ張られたように見開かれていく。


 その眼前に黄金の弾丸が迫り、遅れて時鐘のような銃声が轟いた。常闇のように暗い銃口から、狼煙(のろし)のように硝煙(しょうえん)が立ち(のぼ)る。


 ハインの膝が地面につく手前のその脇から、見慣れない顔を見たはずだ。


 それは、死に行く女の顔ではない。手向けに、素顔を見せてやってもいい。


 澄んだ殺意で開いた瞳孔と能面のようなその顔は、一矢報いたヴィドーの目論見をぶち壊す。


 亡霊を見た子供のように恐怖する彼は、悲鳴を漏らす間もなく、視界を真っ黒に塗り潰された。



 ※ ※ ※



 クラウンがいる倉庫建屋より、南に二〜三km離れた上空――。


 アタッシュケース強奪犯の一味を(かた)したフーランとアートベルトは、合流していた。


「フーラン、もっと早く飛べないのか?」


「っるせぇな。オレも魔力使い切ったんだ、この速度がギリギリなんだよ」


 自身の背中に乗っているアートベルトに急かされ、思わず舌打ちを打つ。


 アートベルトの(もと)に駆けつければ、中々に苦境に立たされていた。助太刀したはいいものの、共に行動をしていたハインは、途中でどこかへと走り去ってしまった。


 彼女と別行動になってから、かなり時間が経過している。


 後を追いたかったが、アートベルトを放置するわけにもいかない。


(無事なら、良いけどよ)


 心の中に、嫌な胸騒ぎが巣食い始めていた。きっとこの感覚は、アートベルトも感じているはずだ。普段冷静な彼が、珍しく焦燥している。


 ひたすら、北上している時だ。


「「!!」」


 ぶわっと、突然毛並みが逆立った。思わず、フーランは上空で急停止する。


 まるで、嵐を告げ、地を覆い隠す巨大な積乱雲の塊――。


 それが、眼前からやってきた。澄み切った『黒い気配』だ。


 その気配に、フーランとアートベルトは意図せず息を飲んだ。


 そして、明白なまでに()()がある。


「クラ坊」


 憔悴したアートベルトが、思わぬ形で遭遇したその名を呟いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ