ep.31 常套句にして言い訳
アタッシュケース強奪団の防衛網を潜り抜けたクラウンは、小走りで閑散とした厩舎群を見回っていた。
視線を左右に振って、暗闇が広がる厩舎内に赤い瞳を向けていると、何かに気づいて足を止める。
「あそこか、」
その先には、明かりが灯った大型の厩舎があった。
※
厩舎内では、荷札の解除作業に夢中になった男がいた。
瓶底メガネのようなゴーグルから通してみる小さな世界は、未知と好奇の縮図だ。
魔術の心得がない男にとって、小さな魔術陣ですら目を輝かせるには充分だった。
しかし、
「それ以上、手を加えないでもらえますか」
ガチャリと鈍い鉛の音が聞こえて、手が止まる。
それが、銃の撃鉄を引く音だと悟るのに一秒もいらなかった。
男は、魔具・『鍼』を持ったまま震える両手を上げた。
「ま、待ってくれ…。俺ぁ、た、頼まれてやってるだけだ…」
急激な喉の渇きを感じた。緊張から融通の利かない声帯を何とか制御して口走る。
頼りない弁明は、白いウサギの耳がしっかりと聞き取っていた。それでも、数cm離していた銃口を男の後頭部に優しくくっつける。
ひっ、と男は小さな悲鳴を上げた。全神経が大した面積もない鉄の冷たさを感じ取って、全身が縮み上がる。
ぎ、ぎ、と人差し指がやけにゆっくりと引き金を引いていく。
鉄の軋んだ音が、刻一刻と近づく死を告げる。
突然少し折れていたウサギの耳が、ぴんっ!と立ち上がった。
クラウンは、とっさに右側にあった駱駝の収容用の檻に飛び込む。
縮み上がっていた男の頭上を『何か』が通過したかと思えば、ドガァンッ!と厩舎の壁が打ち壊された。
追い打ちを食らった男は、恐怖で頭を抱えて蹲る。
その余波で、厩舎内を照らしていた蝋燭の火が一気に消えた。
間一髪、収容檻に身を隠したクラウンは、こつんと仕切りの木壁に白ウサギの後頭部を当てる。
「遅かったか……」
疲れたように、軽い息を吐いた。
ざ、ざ、と地を擦るような足音が妙な不安感を煽る。
厩舎に現れたのは、
「また弁明の余地なく殺そうとしていたのか?ベンジャミン・ラビットソン」
眉間に深い皺を寄せて険しい面持ちで、ヴィドーが非難する。
その声を聞いて喜ぶ者は他ならない仲間の男だ。反対に、クラウンは苛立たしく舌打ちする。
「ヴィドーさん…!」
四つん這いになった男が、涙を流しながら振り返った。
早々に、男はヴィドーの元へと駆け寄る。しかし、それは許されないことだ。
ゴォンッ!と時鐘のような銃声が厩舎内に轟く。
「ぐうあぁッ!?」
撃ち出された大口径の弾丸は、男の脹脛を貫通した。
男は衝撃ですっ転び、ヴィドーの足元で地に伏せる。
突然の出来事に、ヴィドーは驚愕して目を剥くと膝まづいて男の肩に手を添える。
強烈な激痛が全身を駆け巡り、男が銃弾を受けた右足を抱えた。
「貴様ァッ!」
怒りを爆発させるような叫びを、耳にした。
クラウンは、厩舎奥の収容檻からアルトンの銃口だけを出して男を撃ったのだ。
その名残りを表すように、銃口からは薄い硝煙が上がっている。
「……よくもまあ、大層なことが言えたもんですね。殺そうとしたのか、なんて。アタッシュケースを盗まなければ、こんなことにはならなかったし、非はそっちにあるでしょうが」
「……生きるためだ。アタッシュケースを盗めば報酬があるからな」
「だろうなと思いましたよ。私怨なら、闇討ちを選ぶ人が多い。それにゴロツキ程度がどう足掻いたところで、その腕の魔具は手に入らないでしょうしね」
クラウンは、アルトンの装填を行う。、図星なのか、ヴィドーからの返答はなかった。
男の痛ましい呻き声が聞こえてくるが、環境音のようなものだ。それよりも、問い質すことがある。
「…あなたを雇った依頼人の目的は?」
「さぁな…、金さえ手に入れば依頼人の思惑など些末なものだ」
ヴィドーの返答を聞いて、クラウンは「はっ」と滑稽に感じて笑い飛ばす。
「『何も知らない』の間違いでしょう?そうだなぁ…、教えなかった依頼人に代わって僕が推理してみましょうか?
……協会に配達を依頼すると、物量に応じた料金がかかる。ケチくさいあなたの依頼人は、それを払うのが面倒になった。だから、アタッシュケースを奪うように命じたんです。
ここで矛盾している点は、配達を依頼してる時点で代金は支払い済みだということ。なら、どうして、あなたにアタッシュケースを奪わせるなんていう手間のかかることを要求したのか……」
ひくひく、とウサギの耳が動く。どうやらヴィドーは負傷した男に肩を貸し、立ち上がらせているようだ。
注意深く物音に耳を澄ませながら、座っていた腰を上げて、しゃがんだ体制になる。
「この襲撃には、目的が二つあります。
一つ目の目的は、荷札の解除法。配達を依頼する度に掛かる料金を支払わず、他の配達品…武器を召喚した方が手っ取り早いから。
そして、二つ目の目的は、配達する運び屋からアタッシュケースを奪い切れるかどうか。標的に僕を選んだのは、恐らく協会内で最上位の実力があると踏んだからだ」
ざり、という後ずさる足音を耳にしたクラウンは、ようやく収容檻から身を出した。
ヴィドーが男を運び出そうとしていたが、それを姿を見せたことで阻んだ。
「僕からアタッシュケースを奪い切ることができたら、あとは狩りと一緒です。ですが、それを確認するために組織の人員を割くことはできない。理由は簡単、リスクが高いからです。……だから、金をちらつかせ、寄ってきた『魚達』を駒にした」
雲の切れ間から、隠れていた月が顔を出した。
月光は、チーズのように穴だらけになった屋根を通り過ぎて真っ暗だった厩舎内を点々と照らす。
「生きるため、はこの世界において何にでも通用する常套句で言い訳だ。僕もそう言い訳して、今まで『生きてきた』」
遮蔽物で狭まった月光は、白ウサギの頭を持った歪な出で立ちの異形一点に投光する。
ヴィドーの額から、一筋の汗が流れるのを目にした。
「命を甚振る言い訳にも、それが通用するとは思えないな」
そう反論されたが、ぴんと来なかった。クラウンは、しばらくしてヴィドーが肩を貸す男を見る。
男の右足からは、どろどろと赤黒い血が流れていた。
甚振る、という意味をようやく理解して、クラウンは「ああ…」と納得したように呟く。
「それはただの、腹いせ、です」
「……外道だな」
「外道で結構。思えば、あなたとは話してばかりだ。正直疲れます。…いい加減、決着つけましょうか」
相変わらず憎悪を感じる眼差しに、心底うんざりする。思わず、溜息が零れた。
堂々たる宣戦布告を受けたヴィドーは、男の手首を掴む手に力を入れ直す。
クラウンは、彼の眉間に照門を合わせて、アルトンの銃口を向けた。






