ep.25 風来坊
195番地の外れ、厩舎群跡地――。
人っ子一人いない静寂が辺りを包む中、突如、地を揺らす爆発音が轟く。
爆発によって巻き上げられた砂煙が、狼煙のように各所で上がった。同時に、遠方からいくつもの銃声が聞こえてくる。
ざり、と靴底で砂粒を踏み潰し、ヴィドーは砂煙の中から現れた。
爆風で靡くマントから覗くガントレットの魔石は、存在を主張するように強い光を放っている。
その前方で必死に手足をばたつかせ、散り散りに手乗りウサギが逃げ惑っていた。
「一体、何匹入り込んだ…?」
厩舎の残骸や、闇夜に紛れるようにして身を潜める姿に、ヴィドーは苦悩した。
ガントレットを握り込むと、魔石から超音波のような甲高い金切り声が上がる。
目を凝らしてようやく目視できる糸状の蜃気楼――『風の刃』が、瞬時に現れた。
ゆらゆらと揺れるそれは、突然、ピン、と張り詰める。
ガリガリザザザッ!と地面を抉りながら、周辺の厩舎を斬り上げた。
裁断されたかのような、見事な切り口だ。
積み木が崩れるように厩舎は、あっという間に木片と化した。
その残骸の中には、バケツをひっくり返したように散った粉雪がある。
だが、懲りもせず、ひょいと顔を覗かせる手乗りウサギは散った匹数よりもまだ多い。
夜行動物のように怪しく光らせる無数のつぶらな目が、こちらを見つめてくる。
この『目』を潰さない限り、『奴ら』に現状を知られてしまうだけだ。その事実が、無意識に焦燥感へと繋がって、舌打ちをしてしまう。
一歩踏み出すと、一斉に手乗りウサギたちが小さく丸い尻尾を振りながら駆けていく。
あれらが目指している先は、厩舎群跡地の外――つまり195番地の方角だ。
このまま追って行けば、必然、手乗りウサギの『親玉』と出くわすことになる。
(構うものか……。このまま逃亡できる可能性の方が低い)
手乗りウサギたちの目論見に踊らされるのも、また一興だろう。
そう思うと、頬が不気味に吊り上がる。
「運び屋を抹殺し、その後悠々と逃げ果せる方が楽だ」
「あら、随分と余裕じゃない」
ふと、頭上からヴィドーの発言を窘めるような女の声が飛んできた。
それだけではない。何かが飛来してくる気配を感じ、ガントレットを握り込んだまま薙ぎ払う。
ドォンッ!と風の刃と『何か』が衝突し、相殺された衝撃波が綺麗に左右に分散する。
飛んでくる砂利から顔を庇い、ようやく空に目を向けた。
「野郎…、とんでもねぇ魔具を装備してやがんな」
「ちょっと!太っちょ猫!魔法使うなら一言かけなさいよ!落ちるじゃない!」
「あぁ?気ぃ抜いてるからだろうが。しっかり毛ぇ掴んでろ、ビビり女」
空中に浮いていたのは、ふわふわとした巨大な真っ白い『毛玉』――。きりっと吊り上がった逆かまぼこの猫目に、血色の良い鼻、むちっとした錨型の上唇からは少し牙が飛び出ていた。
この距離からでは正確には計れないが『毛玉』の正体は、体長二mはある巨体の長毛の『猫』だ。
空気抵抗を軽減するためか、まるで寝そべるような体制で滞空している。
そのサイズ感もおかしなものだが、何より人語で話すことで『この世のものではない』とより認識させる。
白い長毛の巨体猫の背中には、運び屋の女―ハインが乗っていた。頭を低く下げて、まるでヤモリのように張りついている。
(魔物…?いや、神話時代ならともかく、この現代においては……)
得体の知れない生き物を前にし、臨戦態勢を崩すことなく考え込む。
先程の攻撃は、魔術によるものだ。
以前、ハインから魔術の心得はないと申告されたが、信憑性は高いと踏んでいた。
そうなると考えられるのは、『猫』による攻撃だ。
(厄介だ。周辺には、俺を除いて人はいないだろう……)
他の者は、手乗りウサギの始末に当たらせている為、人員は広範囲に散開している。まともに相手をしていては、人数差により不利が生じるはずだ。
何よりも魔術を使える『人外』がいるなら、情報不足で後手に回る可能性が高い。
「おい、何ボケっとしてやがる。逃げる気かぁ?」
思考を先読みするように『猫』が、訊ねてきた。
わざわざ答える義理はない。返答の代わりにガントレットの魔石が、ひと際、光を強めた。
ガントレットの効力により、集約された風が彼の足元に渦を描く。
『猫』は、ふん、と鼻を鳴らすと空中で立ち上がった。体勢が変わったことで、ハインが「ぅわっ!」とぶら下がるようにその背中にしがみつく。
「ち、ちょっと!今度はなんなのよっ!」
「うるせぇな…。おい、ビビり女、事情が変わった。おめー、先に行ってこい」
「は?!ここからどうやって降りろってのよ!」
猫の白い長毛を掴んで、落ちないように必死に背中を這い上がっている。どうやら、またひと悶着しているようだ。
「なんとかなんだろ、ブン投げればな」
「え!?やっ、ちょ!なにすんのっ!?」
肩まで這い上がったハインは、すぐに猫に胸倉を掴まれ、手前に引きずり出される。
干された布団のようなあられもない抱え方をされ、じたばたと暴れ回っていた。
「健闘祈るぜ、」
ニヒルな笑みを見せた巨体猫は、空中で投球のフォームでハインを構える。
「まだ心の準備がああ!」とあられもない女の叫び声が聞こえてきた。
そして、宣言通り、ブンッッ!! と勢いよく彼女を投げた。
「いやあああああああああっ!?」
地上数mという未知の高度から無慈悲にも投げ放たれたハインが、絶叫する。
その体は、面白いくらいぐるぐると回って落下してくる。
距離は、まだあった。だが、ヴィドーは待たない。
空中で体勢を崩したハインは、格好の的だ。
フシューッ!とガントレットの繋ぎ目部分から空気が吹き出し、『風の刃』が追撃する。
「や…、やってやるわよッ!こん畜生がぁああああッ!」
空中でようやく体勢を整えたハインが、背中から大刀を抜刀する。
ズバァンッ!と刀身と『風の刃』が衝突した。それにより落下速度は失速し、ハインの体は空中に留まる。
しかし。
斬ッ!と全身を前のめりにさせたハインの一太刀で、風の刃を斬り伏せられる。
目に見えない『風の刃』は霧散し、女が落下し始める。
次なる攻撃への助走。振りかぶった大刀の行先は、ここだ。
「観念しろってのよ!黒マント野郎!!」
ヴィドーは、女の顔を睨みつけた。






