ep.18 『やられた』
通りを駆ける小さな足音は、その数に比例して、ドドドドっ、という地響きのようなものになっていた。
足音の正体は、手乗りウサギ達のものだ。
クラウン、ハイン、気を失ったダンは、彼らの背中に乗ったまま移動する。
その後ろには、奪還したアタッシュケースと重傷のカイルを運ぶ手乗りウサギ一行が続いている。
一糸乱れぬ手乗りウサギの背に乗るハインらは、一見、地面の上を滑走している様に見えた。
「引き分け、てところですかね」
胡座をかいてウサギの耳を靡かせるクラウンから、苦い判定が飛んできた。
その小言を聞き逃さなかったハインは、すぐさま体を起こす。
「私の方が勝ってたわよ!」
「どこが勝ってたんです?さっきの戦闘で右足の腱、ブチ切れてるじゃないですか。あのまま戦っていたら負けは確実でしたよ」
ちらりとこちらを向いたウサギ頭が事実を突きつけ、ハインは苦い顔をして呻いた。それでも納得できない気持ちを抱えて、また寝転がる。
ひとまず勝敗は置いて、話を切り替えた。
「…で、これからどうするのよ」
「一旦、宿に帰ります。全員まとめて」
「そう…」
「尾けられてる気配もないようですし、ここら辺で良いでしょう」
クラウンが、胡座をかいた片脚を軽く叩くと手乗りウサギたちが一斉に立ち止まる。
澄んだ青空を見ていたハインは、手乗りウサギたちから降りたクラウンを見た。
宿に帰還すると言っていたが、ここは住宅が建ち並んでいる場所だ。
宿屋ではないと思って眺めていると、クラウンが一件の平屋の前に立った。その扉に手をかざすと、たちまち、あの黄金に輝く魔術陣が現れる。
(ずるっ!『扉渡り』まで自前の魔法だなんて)
『扉渡り』――、移動魔術の一つだ。
自らが訪れた場所であれば、例えどれだけ離れた場所だろうと扉さえあれば、それを媒介に任意の場所に移動できるというものらしい。
魔術の心得はないが、知識として魔術師であれば誰でも扱えることは知っていた。
しかし、ハインのように魔力を持たない者は、事前に『扉渡り』の魔術陣が記された紙を扉に貼りつけなければ発動しない。それも協会からの支給品で、一度に配給される数は少ない。無論、業績最下位の運び屋には配られるわけがないのだが。
自らを運んでくれている愛らしい手乗りウサギや、紙どころか、手を翳すだけで任意の場所に繋がる『扉渡り』。
ますます魔術を自在に使える人間に、妬けてくる。
ハインは深くため息をついて、片腕で顔を覆った。
その頃、クラウンが、がちゃりと扉を開く。
このまま搬送されるだけなんて、何だか情けないと思った。
隠した腕の下から、ちらりと視線を上げると。
開いた扉のドアノブを握り締めたまま、クラウンが立ち尽くしていた。
ハインは、うつ伏せになると、彼の様子を見て不審に思う。
「どうしたのよ?」
そう聞いたが、クラウンはすぐに答えなかった。
丸く赤い眼の眼前に広がっていたのは、無惨に荒らされた彼が宿泊していた部屋――。
『扉渡り』で繋がった扉の先に広がっていたその光景を見て、彼は無機質に呟く。
「……やられた」
その部屋のどこにも、
彼の『アタッシュケース』はなかった。






