ep.17 非凡な凡人
譲歩も妥協点もない話し合いは、売れない劇作家が描く戯曲のように退屈だ。なら、いっそ引き金を引いて、幕引きにしてしまうのが良いだろう。
少なくともクラウンは、そう思っていた。
が、
「ちょっとっ!」
アルトンの銃口を真っ直ぐに伸ばした腕は、その上から押さえつけてきたハインによって強制的に下ろされてしまう。
「…何してるんですか、ハインさん」
「それはこっちの台詞よ!銃なんて軽々しく人に向けるんじゃないわよ!」
「はぁ…?いや…、向こうさんは『その気』満々で来てますよ?」
クラウンは、さっきハインに問い詰められたことすら、今だによく理解できていない。ここまで『妨害』されると、さすがに不満だ。
だが、それでも尚、彼女は食い下がってくる。
「相手は、まだ何もして来てないわよ!…そんなの、脅迫じゃない」
「え、でも…。襲ってきてからじゃ遅いと思うんですが」
下ろされた腕をまた上げて、二人の男に銃口を向けた。
だが、再び手首を掴まれると、ハインはクラウンの前に出てきた。
「あんた、銃の腕も良いんでしょ!なのに、どうして眉間ブチ抜く必要があるのよ」
「確実だから、としか。というか、邪魔です。そこ、空けて下さい」
「退かない!無抵抗な人間まで撃ち殺すつもり?」
険しい表情のハインに激昂されて、クラウンは「えー…?」と困惑する。
彼女の言うように、確かに二人組の男は、『今』何かを仕掛けようとはしていない。
牽制という言葉があるが、クラウンは例え武器を取り出すつもりではなくても引き金を引くつもりだった。現状、この状況が、とても『穏やかな』ものではないのは、誰の目から見てもそうだろう。
敵の動作一つが、命取りになるかもしれない。行動を起こす前でも、『殺してしまえば』、そういう杞憂はなくなる。
実に、効率的だ。
そう考えていたが、眼前に立ち、睨みつける女はそれを良しとしないようだ。
さっさと銃を構えたいクラウンは、この押し問答をどう切り抜けようかと頭を抱えたくなった。
※ ※ ※
ヴィドーは、突然揉め合う二人組の運び屋を眺めた。
気づかれないように、そっと左腕にあるものを装着する。
それは、黒みがかった深緑のガントレット――。手の甲の部分には、中で微かに緑色に発光する黒い結晶―魔石が埋め込まれている。
「感謝せねばならんな。どちらにせよ、失敗した奴らの始末は、俺がつけなければならなかった…」
フシュー…、とガントレットから蒸気が噴き出した。
そんな独り言を耳にしたゴダは、ちらりと視線を下ろす。
「宜しいので?『それ』を発動すれば、ここ一帯、無事では済まないと思いますが……」
「それは、まあ…運び屋の手腕にかかっているだろうな」
ゴダの心配を一蹴すると、ガントレットを嵌めた腕を曲げて持ち上げた。
空を掴むように掌を握り締める。
瞬間、キィイン…ッ、と微弱な超音波を発すると、白ウサギの耳がそれを捉えていた。
「…ッ!ハインさん、ほんとにそこ退いてください!」
「話は終わってないわ!ちゃんと人の話、聞きなさいよ!」
ウサギ頭の運び屋は、無理矢理にでも女を押し退けようとした。
だが、遅い。
ビシュンッ!と鞭を振るうような強烈な音がした瞬間、両脇の建物の壁、地面を何かが斬りつける。
目には見えない刃は、ズザザザッ!と壁や地面を抉り、運び屋たちに迫った。
だが、
「!!」
ズバァンッ!と路地に強烈な衝突音が響き、ぶわりと強風が吹いた。
見えない刃で斬りつけた壁や地面の亀裂は、女の手前で消えている。
刃の震える音が、聞こえた。
凛、という言葉が似合う美しいその音を発しているのは、女が目にも止まらない速さで抜刀し、振り下ろした仕込み刀の大刀だ。
その場にいた誰もが、目を剥いた。驚愕を突き抜け、言葉を失う。
「…人が話し合ってる時に、茶々入れてんじゃないわよ」
縦に凪いだ大刀を両腕で振り下ろした体制のまま、女の鋭い眼光が向けられる。
ヴィドーは、特に敵意を持っていなかった女に対しても、はっきりとそれを抱いた。
(『風の刃』を、斬った…?)
疑問は口に出さず、自らの中で分析する。
無力化されたわけではないと、分かった。
なぜなら、女の大刀に、見えない刃――『風の刃』が衝突したような感触は、確かにガントレットを通して伝わったからだ。
斬撃を斬るなど、到底人間業ではないが……。
「そんな、小技、持ってるなら先に言ってくださいよ」
ウサギ頭が、脱力したように口を開いた。
女は、顔を顰めて刀を軽く払う。
「あんたが、私の話を聞こうとしないからでしょ。それよりも、私はまだあんたに対して怒ってんのよ!人様に銃を向けるな撃つな!禁止!」
「き、禁止!?いやそれは、」
「っるさいわね!というか、そっちも人が話してる時に攻撃すんじゃないわよ!まとめて叩っ斬られたいわけ!?」
「さっきまで銃云々言ってたくせに、自分が一番暴力発言してるじゃないですか…」
ウサギ頭が小さく言い返すが、これでもかと目くじらを立てる女の怒り姿は、最早喜劇を見ているようだ。
ヴィドーは、特に表情を変えることなく、女を見た。
「……運び屋の女、お前も魔術師の類か」
「お生憎さま、魔法なんて大マジで使えないわよ。つか、その前に謝んなさいよ無礼な奴ね!」
「はっ…、運び屋業に従事しておきながら魔術が使えない『凡人』がいたとはな」
「あ゛ぁ?!」
貶された女は、更に額の青筋を濃くさせる。
ヴィドーは、ガントレットを嵌めた腕を黒衣のマントに隠して、ゴダに目配りした。
「あの女は未知数だ。見定めるためにも、なるべく情報が要る。…お前が『小手調べ』して来い」
「…御意、」
命令に首を縦に振ると、ゴダは両足を踏ん張った。
バキッ!と石畳が深く割れ、ゴダの脚の筋肉が膨張し、ズボンの生地が張り詰める。
瞬間、その巨体は、大きく飛び上がった。
「やる気なの…!」
ゴダを見上げ、女は苦い顔をする。
いち早くウサギ頭が、後ろへと飛び退いた。
だが、女は退避せず、即座に大刀を地面に突き刺すと、背中に帯刀した鞘を取り出し、防御体制を取る。
「ハインさんッ!」
ウサギ頭が叫ぶよりも先に、瞬く間にゴダは飛びかかる。女の防御体制など気にせず、鞘に蹴りを食らわせる。
ギジギヂッ!と嫌に軋む鞘越しにのしかかった巨体。女が押し返すように、片足を後ろへと伸ばし踏ん張る。
「ぐぅっ…!?」
まるで崩れ落ちてくる瓦礫のような異常な質量だろう。女の驚きが伝わった。
跳ね返せず、更に加わる『重圧』に、バギィッ!と女の足元の地面が割れた。
踏ん張るその片脚には、想像以上の圧力がかかっているはずだ。
直後に、バツンッ!と引きちぎれたロープのように『何か』が破裂するような音が響く。
女が目を見開き、糸が切れたマリオネットのようにがくりと片足が跪く。
その隙を突き、ゴダが更にのしかかり、このまま踏み潰そうとした。
だが、
「があぁあああああッ!!!」
渾身の咆哮。
追撃を許さず、女は片腕と体で鞘を支えると、空いた手で地面に突き刺した大刀を素早く引き抜き、ゴダの顔面に向けて刃を振るう。
ゴダは、とっさに顔を仰け反らせて回避し、距離を取って着地する。
どこか怪訝な面持ちで鼻先を指を摩ると、もう一度、女を見た。
女は息を荒げ、汗を流している。再度地面に刺した大刀を支えにして両膝をつき、へたり込んでいた。
だが、その瞳には今だに消えることない『闘志』が光っている。
それに応えるように、ゴダは再度攻撃をしかけようと両足に踏ん張りをかけた。
しかし、
「ッ!」
ゴォンッ!と時鐘のような銃声が聞こえたと思いきや、眼前に迫った弾丸に、ゴダは反射的に体全体を傾け避ける。弾丸は、頬を掠めたようで、血の筋が現れた。
弾丸が飛んできた方向を見れば、女の背後にいたウサギ頭がしゃがんだまま、銃を撃ったようだ。いつの間にか、その脇にダンを抱えている。
体制を崩したゴダの隙を見逃さず、素早く銃をホルスターに収めると女の襟首を勢いよく掴んだ。
「あ…っ!」
女が驚いたように声を発し、ウサギ頭は軽く浮いた女の体を後ろから抱きかかえると低く飛び退く。
追いかけようと、ゴダが駆け出す。
しかし、彼らが地面に背をつける前に全速力で走る無数の『小さなウサギ』たちが、受け止めた。
小さなウサギたちの背中に運ばれるまま、運び屋達は路地の出入り口を目指す。
逃がすものか、とゴダは目を細めるが。
「ゴダ!」
ヴィドーは、それを制止した。
命令に応じたゴダは、急停止して、こちらを振り向いた。
「…深追いは禁物だ」
「しかし、」
「今回は殺害が目的ではない。アタッシュケースと運び屋対策となる情報が手に入れば、それでいい」
言い終わる前に運び屋達は、すでに大通りの陽射しに包まれ、姿を消していた。
ゴダは、少し不満げに視線を落とすと、
「…お言葉ですが、ヴィドー。目的のアタッシュケースは、まだ」
「何を言っている。アタッシュケースは、すでに俺達の手元だ」
「は…?それは、どういう」
ゴダが静かに聞き返すと、ヴィドーはポケットに手を突っ込み、連絡手段である小さな万年筆を取り出した。
「市場をうろついていた時に来た『連絡』は、一体何を指していると思う?」
「アタッシュケースの居所が判明した、とのことでしたが。…まさか、」
ゴダは、珍しく戸惑った。言葉の真意が、理解できたようだ。
ヴィドーは目論見通りとその笑みを深め、脱兎した運び屋たちが消えた路地の出入り口を見つめた。






