ep.12 『助けて』
195番地の家屋が多く密集する区画。
三階建ての集団家屋が建ち並んでいることもあって、複雑に入り組んだ路地が各所に点在していた。
建物の高さもあってか、太陽の光は届きづらく、昼間であっても薄暗く陰鬱な雰囲気だ。
その路地裏に、数人の男達がいた。ある者から運び屋のアタッシュケースを強奪するように依頼された者達だ。
その手段として、更に末端の人員にロストチルドレンを選び、金で雇った。
皆の表情は厳しく、物々しい空気の中で何かを待っている。
そこに、パタパタという子供の小さな駆け足が、 谺した。
「おいっ!」
声をかけられ、ちらりと男達が目を向ける。
やってきたのは、褐色肌の少年と彼より少し身長が高い茶髪の少年。ダンとカイルだ。
急ぎ足でやってきたのだろう。薄っぺらな肩を上下に動かして、息が乱れている。
男達は、労いの言葉をかけるでもなく、ただ目的の物――ダンの腕にしっかりと抱えられているアタッシュケースを見た。
リーダー格らしき筋骨隆々な一人の男が、少年らに近寄る。
「持ってきたか」
「あ、ああ…。これだろ?」
ダンが、アタッシュケースを手渡す。
リーダー格らしき男は、抱えるように受け取ると、後ろに向けて、連絡係を担っている男を見る。
連絡係が頷くと、万筆型の魔具を取り出して依頼主へと連絡を送った。
リーダー格の男は、ダン達を無視してそのまま路地の奥へと歩いていく。
何事もなく帰ろうとしているのに気づいたカイルが、はっとした様子で、
「ちょっと待て!金!」
矢継ぎ早に呼び止めて、見返りであるものを叫ぶ。
男は歩みを止めて、振り返った。
気に留めた『部外者』にでも知られたら計画は水の泡だ。この依頼には、男達にも多額の報酬金がかかっている。
配慮に欠けた少年らを、押し黙らせるように睨み下ろす。
ダンとカイルは、顔を強張らせて生唾を飲んだ。しかし、少年らもまた報酬を望んでいる。
意を決したように、ダンは威張った。
「な、なんだよ!ちゃんと持ってきたんだから、それに見合うもんを寄越せ!」
「ほらよ、」
男は、言い返すでもなく、ボトムスのポケットから雑に掴んだ銀貨を四枚を地面に放った。
ちゃりん、と甲高い音を立てて、銀貨は石畳の上に転がる。
ダンとカイルは、急いで地面に膝をつくと、銀貨を拾い集めた。
さながら、拾い食いをする犬のようだ。滑稽な光景に、男は鼻で笑う。
「とっとと失せな、ガキ共」
「…言われなくてもそうする」
悔しげに下唇を噛むカイルとは違い、ダンは気強い態度で返す。
惨めだと笑われようと、気にしないらしい。
生きる為ならば、泥水でもゴミでも漁り、口にする。誇りなど元よりない。苦しく恥ずべきことだと自覚していても、それがロストチルドレンの生き方。何とまあ、哀れなことだろう。
その強かさには、見下せるからこそ、ある意味では敬える。
「…行くぞ」
カイルがダンの腕を軽く引っ張って、来た道に戻る。
男は、頼りない童の背中を見て、ふと気づいた。
片腕に抱えているアタッシュケースに目を向ける。
「……、」
男は、その場でしゃがみ込み、アタッシュケースを地面に置いた。
様子を見ていた他の男も、「どうした?」と言いながら集まる。
男は、そのアタッシュケースの留め具を指で弾いて少し開けた。その隙間から見えたものに、思わず溜息が出る。
そして、
「おい待てガキ共ッ!!」
路地裏に響き渡った怒号に、ダンとカイルは肩を震わせた。立ち止まって、怯えた様子で振り返る。
男は、アタッシュケースを蹴っ飛ばし歩み寄った。
「とちりやがったな」
「は…はぁ?なんのことだよ」
カイルがそう言って、守るようにダンと男の間に立つ。
男は、親指を立てて後ろで無残に転がしたアタッシュケースを指した。
大口を開いたアタッシュケースの中には荷札が、一束だけ。
ダンとカイルは、それを見ても何がこんな状況を生んでいるのか、理解できないらしい。
怪訝な面持ちで、問うように男を見上げてきた。
「ありゃあスカだ。なんてことしやがった、別の運び屋のアタッシュケースなんて盗みやがって」
依頼人から聞いたアタッシュケースの中身は、大量の荷札が入ったものだ。
しかし、ダン達が盗んできたアタッシュケースには、荷札が一束。仕事終わりの、しかも別の運び屋のアタッシュケースを強奪したのだろう。
タイミングが悪いことに、どうやらこの番地内には運び屋が二人いる――。
アタッシュケースを強奪すること自体、リスクを伴う行為だ。持ち主である運び屋は、今頃血眼になってあのアタッシュケースを探しているに違いない。
「足がつかねぇようにテメェらに金をチラつかせてやらせては良いものの、まさかここまでアタマが足りてねぇとは、なッ!」
「ぐぅッ!?」
「カイルッ!」
男は、生意気にも盾になろうとしたカイルの腹を勢いよく蹴り飛ばした。
吹き飛んだカイルと共に背後にいたダンも一緒に倒れ込む。
大きく咳き込み、地面に蹲るカイルの背中を、ダンは心配した様子で摩る。
そして、キッ、と男を睨み上げた。
「なにすんだよッ!」
「あぁ?キレてぇのは俺らの方だ」
男が蟀谷に青筋を浮かべれば、後ろの方で控えていた男達が、これ見よがしに木棒を手の平で叩く。
それを見たダンが、歯を食い縛った。
「俺も学んだぜ、こんな手を使ったことには反省した。安心しな、テメェらがしたことは無駄にはなんねぇよ」
脅迫じみた言葉を紡げば、ダンの瞳には涙が滲んだ。
それを見ても、罪悪の礫すら湧きはしない。むしろ、より決意は固まっていく。
「ただ、証拠は消さねぇとな。まあ、あのしょぼいアタッシュケースになら、その『銀貨四枚分の安い命』がお誂え向きだろうよ」
「ダン!逃げろッ!」
男が言い終わると同時に、カイルが力を振り絞って声を上げた。
恐怖で塗り潰されそうになったダンの目に、はっ、と光が宿った。
劈くように叫んだカイルの声に、男は眉間を寄せて舌打ちをする。
後押しされたのだろう、ダンは両足の爪先で地面を蹴って走り出す。
いきなりのことに体と心が追いつかないのか、すぐ前につんのめって転びそうになっていたが、更に加速した。
その後ろ姿を見て、男は次の手を考える。
「まあいい…。コイツだけでも逃げ出さねぇように膝でも砕いとけ」
「あいよ、」
「やめろ…やめろってば…、ッがァァああッ!?」
※ ※ ※
おぞましく悲痛な声が、遠くで聞こえた。
ぐちゃりと何かが砕ける音と叫び声で、太陽に照らされた大通りへと走るダンの涙腺を決壊させた。
「誰か…だれかっ!! 」
こんな声では、きっと届かない。
虫の羽音の方がまだ鬱陶しいと感じるくらいだ。喧騒に呑まれて、消えているに違いない。
カイルの、呻き声が聞こえる。
まだ、生きている。
助けたい、生きたい。
それは、間違っているのだろうか。
「お願いだから…!誰か…っ!! 誰かッ!!」
今までのツケが回ってきたのだろうか。
けれど、それまでの悪事は酷く惨たらしい最後を迎えてしまうものだろうか。
生きたかっただけだ。
人の物を奪ってでも、『生きたい』にしがみつきたかった。それが、いけなかったのだろうか。
産まれてきたくなかった、と思っても思っても足りなくないくらい思い続けていた。
安い命、あの男の言う通りだ。
例え、死体が道端に転がっていても人々は憐れみの眼差しを向けるだけ。
誰かが丁重にその骨を埋めることまではしない。
肉が腐敗し蛆が這って悪臭を放つ頃には、処理に困って顰めっ面になる。
その程度でしかないのだ、この『命』は。
それでも、生きなければならなかった。生きなければ、と思わせてくれたのは。
血の繋がりはないが、『本物』と偽りない固い絆で結ばれた『家族』に出会ったからだ。
だから、
「誰かッ!!助けてくれよぉッ!!ちくしょおおおオォッ!!」
差し伸べる手すら一向に見えてこない苛立ちと不安で怒り、ダンは天に向かって吠える。
その時。
ふわりと、ダンの眼前に焦茶の影が降り立った。






