第12話
時間的にももう夕方に差し掛かっていたので少し早いが二人は帰ることにした。
「おい、本当に言わないよな!?」
「言わないってば」
本当にルミルに報告されてはまずいと思ったのかブレイブは必死だ。それを内心で笑ってやりながらジェリダは言葉では冷たく返す。ソルジャーゴブリンから剥いだ素材はかなり取れた。ソルジャーゴブリンの住処を離れ、森の中を戻っていると、あることに疑問を持ったブレイブがジェリダに問いかける。
「なあ嬢ちゃんよ、この前新種のボア亜種を見つけてかなりの大金を貰ってただろ。なんでまだクエストなんて受けてるんだ? しばらくは何もしなくてもいいだけの額があるだろ」
昨日ボア亜種が新種ということで金貨三十枚は貰っている。同じCランク冒険者でも金貨三十枚は一生分の報酬でも足りないぐらいだ。普通は遊んで暮らす者が多い中、ジェリダはクエストを地道にこなしている。それに、ルベルがその額があれば家を買えると言った時、かなり嬉しそうだった。
「遊んで暮らして何の意味があるのよ。私はいずれ家を買うつもりだけど今はレベルアップに専念したいから、家を見に行く時間が惜しいの。だから、しばらくはギルドに部屋を借りるぐらいで丁度いいの」
「へー、ガキの割に考えてるんだな」
「私は慎重なの。それに、私はジェリダっていう名前があって、ガキでも嬢ちゃんでもない」
「お前いつも俺に冷たくね?」
「気のせいじゃない?」
それ以上ブレイブに取り合うことなくギルドへと戻ると何やらギルド内の空気がピリピリとしていた。何かがあったのだとすぐに察せられた。ブレイブは中に入るとその辺で固まっていた冒険者たちに何があったのか訊いた。
「旦那……。それが、また死体が出たんですよ。しかも町中とトールの森で合計五人の冒険者がやられたんです。どの冒険者も毒で苦しんだみたいに泡を吹いて倒れてたらしいでさぁ。それと、体のあちこちを食われたような跡があって……」
「五人だと…? そいつらの死体は今どこなんだ」
「たった今運ばれて来たんでまだそこの奥の部屋に置かれてまさぁ。まだ若いのに……」
知り合いだったのか訊いた男の目には涙が浮かんでいる。ブレイブはその男の肩を叩くと教えられた奥の部屋へと向かった。二人もブレイブの後ろについて行ってみる。
奥の部屋は薄暗かった。その中に五人の死体が床に並べられている。側には誰かが置いた花がそれぞれ添えられていた。その中にジェリダとルベルが知る顔があった。昨日の昼時、ただすれ違うだけだった三人組の冒険者たちだ。
「あの人たち、昨日の……」
ルベルがショックを受けたように呟いた。ルベルが剣技を始めて目にしたあの黒髪の冒険者が部屋の中でもう眼覚めぬ死体となって横たわっている。
「まだ若い奴ばかりだ。まだまだ将来があっただろうに」
三人はそっと部屋を出た。あの黒髪の冒険者は一度も話したことはなかったが、同じ冒険者であることに変わりはない。それに、ルベルはいつかその黒髪の男の元で剣技を教えて貰おうと考えていたのだ。ショックは大きい。
ブレイブはそれから何も言わず二階の食堂へと上がって行く。ジェリダはそれを何ともなしに見送ってからリリィの所に行く。
「ジェリダさん……。中にお知り合いでもいましたか」
「一度トールの森で会釈をしただけの人たちですが。あの人たちはこれからどうなるんですか」
「もうすぐ警備兵の方々が来て調査をするそうです。明日の朝方には何か報告が来るはずです」
「そうですか。こんな落ち込んだ時に申し訳ないですが素材と薬草の買取り、お願いします」
「あ、いえいえ。こちらこそ失礼しました。では少々お待ちくださいね」
リリィが額を計算している間、ジェリダは後ろのルベルを振り返る。少し俯いて涙が零れている。
(誰かが死んで悲しむ。私の心には何も感じない……。私は異常なんだろうか)
ジェリダは自分の感情が他とは違うのだということを何となく感じていた。だが、もうずっとまともな感情を持っていたら生きられない世界にいたのだ。そう簡単に普通の感情を取り戻せる訳がない。
「お待たせいたしました。……ジェリダさん?」
「…あ、すみません。ちょっとぼーっとしてて」
「いえいえ。ではソルジャーゴブリンの耳、爪、牙を合わせて銀貨三枚、銅貨一枚、石貨六枚。それと薬草の買取り金額合計が銀貨一枚、石貨九枚になります」
「ありがとうございます」
報酬を受け取り、もう一度ルベルを振り返る。
「どうかしましたか?」
もうその目に涙はなく、ルベルは首を傾げている。
「いや、何でもない。食堂に行こうか」
「はい」
少し、無理をしているようだなと感じる声のトーンだった。悲しいなら、泣けるうちに泣けばいいのに。そうジェリダは思ったが、自分が言った所でどうなるのだと思った言葉を口にすることはなかった。
食堂に上がっても空気は一階と変わらない雰囲気で、沈んでいた。奥では泣きながら酒をあおる者もいる。あの五人は慕われていたらしい。いつもの席へ行くとルミルはすぐに二人の元へやって来た。
「よかった、あんたたちには何もなかったんだね」
「はい。今日は嫌な日ですね」
「そうだね……。こんなに多くの冒険者が死ぬのはそうそうないことでね。しかもクエストで魔物にやられたって訳でもないから、みんな悔しいんだよ。それに、あの五人は結構みんなに好かれていたからね。尚更よ」
ルミルの表情もどこか元気がなかった。何処かで泣いたのだろう、化粧を直してはいるが、少し涙の痕が見て取れた。
誰もが悲しみに包まれた食堂で食事を済ませ、二人は部屋に戻ると特に会話らしい会話をせずに夜は更けていった。
翌日、リリィが言ったように警備兵から報告が朝、届けられた。それはギルド内の掲示板に張り出されることとなった。誰もが何があったのか知りたがった。ジェリダとルベルも掲示板に行く。人だかりを掻き分けて前に出る。そこにあった報告内容は死体を調べた結果が報告されていた。
『検死の結果、五人の遺体からはいずれも毒物が確認された。その毒はセンティビートの毒であることが判明した。ただし、毒を入れられた噛み痕から見てかなり大型のセンティビートであると推測される。
付近には大型のセンティービートがいるとの報告や飼育の登録がないため、外部から持ち込まれ、五人は噛まれたと思われる。五人は他殺と判定し、調査を行う』
「センティービートってなんだろ……」
「センティービートって言うのは大型ムカデのことだよ」
ジェリダがなんとなく呟いた声に返事をしたのは見たことの無い程整った顔立ちの男だった。透き通るようなシルバーの髪、切れ長の目に眼鏡をかけている。腰には剣を下げている。長身ではあるが、身に付けたアーマー越しでもしっかりと筋肉がついているのが分かる。顔立ちは少し幼く見える。だが、何処かの王子だと言われても不思議ではない美形だった。
ジェリダが突然話しかけられて怪訝な表情をしていると、その男の背後にブレイブが来るのが見えた。ジェリダがあからさまに嫌な表情を浮かべると、男はその視線を追って背後を振り返る。
「やあ、ブレイブじゃないか。久しぶり」
「よう、ジェニオ。王都からやっと帰って来たのか」
ジェニオ、その名前は聞き覚えがあった。ブレイブと初めて会った日、王都に行って今はいないAランク冒険者がいると言っていた際にその名前を出していた。
(あの人がジェニオ。もう一人のAランク冒険者……。全然強そうには見えないんだけど)
「そうなんだよ。剣術指南やら魔法指南やら頼まれて、本当は一週間だけの滞在予定が二週間になったんだ」
「ははっ! お前みたいに剣術も魔法もズバ抜けた奴はそういないからな。教えて貰える時に教えて貰わないともったいないんだよ。それに、どうせお前、断り切れずにズルズル滞在させられたんだろ」
「うっ……。確かにそうなんだけど、そうズバリと言わなくてもいいじゃないか」
「図星かよ! ははは!」
二人はかなり仲がいいのか親しげに話をしている。その隙にブレイブに見つかってちょっかいを出されないようにとそっと二階へ上がろうとしたジェリダだったが。
「おい、そこの嬢ちゃん。どこに行くんだ」
「チッ」
目ざとく見つけられたジェリダは大きく舌打ちをする。するとジェニオと呼ばれていた男がぱっと表情を明るくする。
「もしかして君が新種の魔物を見つけた冒険者の女の子かい? 王都のギルドにも君の話が広まっていたよ」
「え……」
まだ冒険者になって日の浅い少女と少年が新種のボア亜種を見つけ、しかも倒したというのは今までにない快挙だったのだ。ボア亜種の情報と共に倒した者の噂はあちこちに響いていたのだ。
「すごいね。君たちまだ十代だろ? それなのに森の主を倒せるなんて」
「はあ、ありがとうございます」
ジェリダはまた人懐っこいのが来たなと思った。だが、ルベルはブレイブの時とは違い何やらジェニオに興味があるようだった。
「あ、あの。ジェニオ様。先ほど、剣も魔法も使えると聞こえたのですが本当なのですか」
「ちょっと相性がいいだけだよ。そこまで上手いという程ではないさ」
「何を謙遜してんだ。お前は本当なら――」
「ブレイブ」
ブレイブが何かを言い掛けた途端、今まで優男という感じの雰囲気を纏っていたジェニオの空気が一変する。ピリリと刺すような緊張感を孕んだ空気だ。ブレイブも口が滑ったのか、珍しく気まずそうな表情になる。
「悪い」
「いや、いいんだよ。それで、エルフの君、えーと」
すぐにジェニオの空気がさっきまでの優しいものに変わる。
「ルベルです。どうか、俺に剣術を教えてくれませんか」
「剣術って言っても君はスキルを持ってるんじゃないの?」
「それが……」
「おい、ここじゃなんだし、食堂で座って話そうぜ」
ブレイブがそう提案する。この場では他の冒険者も多く、聞き耳を立てている者もいる。四人は場所を食堂に移すことにした。
下に人が集まっているからか、食堂は少し空いていた。一番端の五人掛けのテーブルに座る。そこでルベルは自分の剣術スキルが中途半端であり、剣技を使えないということを説明した。その間ジェリダは特に何も言わなかった。ルベルが強くなりたいと考えているのは知っていた。ルベルを買ったのはジェリダだが、様々な自由を奪うつもりはなかった。
ルベルの話を聞き終えてジェニオはうーんと唸った。
「なるほど。剣技が使えないのは戦闘で不利になりやすいね。それにこれからもう少し上の魔物を相手にすると考えると尚更ね。でも僕はあまり教えるのが上手くないんだよね……」
「でも、王都に剣術の指南で行っていたと」
「そう、それなんだけど。僕は口でどうこう言って教えるのが上手くないからさ、ただ実践で相手してあげてるだけなんだよね」
「こいつは天才だから何でも見ただけで簡単にこなすような奴なんだ。だから口で説明するのは苦手なんだよ」
ブレイブが横から補足を入れる。だが、ルベルは諦めないでジェニオに頼み込む。
「それでも構いません。俺には魔眼もありますし、実戦で覚える方がいいはずです」
「へー、魔眼を持ってるんだ! あーだからエルフなのに目が赤いのか。エルフ族の文献に赤目は異端児とされているんだろ?」
「ねえ、そんなに不躾に私のルベルのことを言うんだったら、ここであなたのこと焼いてあげようか」
ジェニオの歯に衣着せぬ物言いに、黙って聞いていたジェリダが怒りを露わにする。その後ろには炎の蛇が一匹顕現する。
「おお! 第三位魔法を無詠唱で発動できるのかい君は。――いって!」
ゴンッという音がしてブレイブがジェニオの頭を思いっきり叩く。
「この馬鹿が! その何でも正直に言うのを直せって何度も言ってるだろうが! お前も早くその蛇をしまえ! ルミルに出禁にされるぞ」
ジェリダはしぶしぶ炎の蛇を消す。ジェニオの方は先ほど食らった拳骨がかなり痛かったのか頭を押さえている。
「ったた。ちょっとは手加減してくれてもいいだろ!」
「手加減したらテメェが反省しないだろうが。ちゃんと謝れ」
「すまない……悪気はないんだ。ただ、こう、気になることがあったらすぐに口に出ちゃうんだ」
「俺は構いません。ジェリダ様、俺は別に気にしてないのでそんなに怒らないでください」
「……次はない」
「ジェリダ様!」
「あはは、いいよいいよ。面白いね君たち。そうだね、ルベル君が僕が教えるの下手でいいって言うなら教えてあげるよ。ただし、僕の教え方はだいぶ厳しいよ? それでもいい?」
「はい、お願いします!」
次は2日後の3月31日21時に更新です。