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ある田舎の村で 2

「何処に行くんだい」 

 息を切らし、半べそをかきながらも、良雄は蜻蛉を追った時のように走り続けた。その好奇と、孤独が、彼を走らせていた。

 ようやくタロウの背に手が届く位の所まで近づいた時、急にタロウは振り返った。

「池だよ、タガメがいるんだ、君はタガメなんか見たことなんかないんだろ」 

 また図星である。良雄は、団地生まれの団地育ち、生まれてこの方、野生のタガメなど見たことはなかった。いつもの鈍い足取りが、少し自分でも機敏になったような気がした。

 門を出て、左に曲がり、そのまま道なりに切通しを抜け、畑の畦を越えて、林を突っ切った。そして道が行きどまると池があった。大きく青い池があった。二人はそのまま崖をすべりおりた。

 タロウは、良雄の手を引いて、葦のしげみの中に入っていく。枯れた葦が積もった地面はスカスカで、濡れたスポンジの上を歩いているかのように、良雄の運動靴の底を濡らした。

 しばらく歩くと、ようやくその池の水面が見えた。葦は、澄んだ水面から柱となってつきだし、少年達の頭の遥か上まで伸びて、天空を支えていた。

 良雄は葦の根元の枯れた水草の一つ一つにタガメの姿を探した。

「そんなとこじゃないよ、ここだよ。ここ」 

 タロウは、水中の一点を指差した。そこには、一枚の大きな枯れ葉がまわりの落ち葉達にまぎれて、ひっそりと獲物を待っていた。そのカマ、その目、良雄はじっとみつめていた。

 そのとき、小鮒が一匹、枯れ葉の前を通った。

「食うぞ」 

 タロウがいった瞬間、ぱっと枯れ葉がカマをのばしたかと思うと、小鮒は腹の皮を突き破られてた。それはカマから逃れようと、体を激しくくねらせた。しかしそれも枯れ葉がくちばしを突き刺すと、次第に力が抜けて行った。

「吸血鬼だね」 

 良雄はそう呟いた。

 その後二人は、池のまわりをあちこち走り回った。流れ込む小川のせせらぎや、鋭く落ち込んだ深みの緑を、タロウは一つ一つ良雄に教えていった。そこには、タイコウチ、クチボソ、それにダボハゼといった見慣れた生き物に混じって、タガメやゲンゴロウ、ミズカマキリやニゴイ、そういった彼には縁の無い虫や魚達が泳ぎまわっていた。

 この池の力に彼は酔っていた。

 しかし、その酔いも空腹という物理的な現象によって打ち砕かれつつあった。それを何処で悟ったのだろう、タロウが、

「俺んち、行こ。腹、減ったんだろう」

 そう言うと、良雄の手を掴んで、池の後ろの土手を登り始めた。いつの間にか太陽の光がオレンジ色に変わって、走る良雄の頬を照らしていた。蟋蟀の音もまた良雄の耳を捉える。涼しい。

「蟋蟀だね」 

「エンマだ」 

 良雄と少年は呟きあった。タロウは足元の黒い虫を拾い上げた。

「ほら」 

 そう言うと、彼は捕まえた虫を良雄に見せた。虫はタロウの手から逃れようともがいた。

「知ってるよ、それ、共食いする虫だろ」 

 良雄は蟋蟀をじっと見つめた。

「捨てちゃえよ、そんな虫」 

「うん」 

 そう言うと、タロウは手の中の虫を思いっきり林の中に投げ込んだ。



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