1〜出会いはトイレの中で〜
まんまるい輪郭。
小さい目。
低い目立たない鼻。
肩までしかない真っ黒なくせっ毛が、より表情を暗く見せている。
(か、可愛くない…っ)
朝のホームルーム前にトイレに行くのが私、神崎咲子の日課だが、手を洗う時にどうしても鏡を見てしまうこのひとときが嫌いだった。
鏡は大ッ嫌いだ。
真実を何でも映してしまうから。
でも何よりも嫌いなのは、可愛くない自分の容姿だった。
(もっと美人に生まれたかったな……)
極上の美人とまでは言わないけれど、せめて人並みの容姿がほしかった。
多分メイクとかすればいいのだろうけど、今はまだ高校生だし必要ない。
……というか、やり方がよくわかんないし。
(まぁいいや、私は美人になれない顔なんだもん。仕方ないよ)
癖になりつつある溜め息をついた。
……と、その時トイレに誰かが入ってきた。
朝のこんな早くからトイレに人が来るのは珍しかったので、私は思わず戸の方を見た。
同じクラスの山田美央さんだ。
クラス――いや、学年一の美人と言われている、私にとっては遠い存在の子だった。
「あ、神崎さん。おはよう〜!」
「お、おはよ…」
ニコッと笑った山田さんはとても可愛い。
クラスではあまり喋らない私にも挨拶をしてくれる山田さんは、とても気さくな女の子なのだ。その性格の良さは私も好感を抱く。
けれどやはりもっと目を引くのはその容姿である。
長いサラリとしたストレートロングの髪。
真っ黒じゃなくかといって真っ茶過ぎないのがいい感じだ。
そして柔らかそうな白い肌。
ぱっちりの二重の瞳。
ふっくらとした唇。
とにかくひとつひとつのパーツが可愛過ぎる。
どうして同年齢の女の子でこうも違うのか……神様は意地悪だ。世の中にはこんな人もいるんだなぁ……自分とは違う世界の人って感じ。
そんな風に考えていると、山田さんは私の隣の洗面台の前に立った。
ピンクとリボンがモチーフの可愛いポーチからくしを出すと、綺麗な髪にスッと通した。
どうやらトイレには色直しに来たみたい。
私は思わず山田さんの様子を見てしまった。
山田さんはくしで髪の毛を整えると、次に油取り紙を顔にあて肌を整え始めた。
そしてスポンジでパフパフと叩く様が手慣れていて、私は感心してしまう。
(使ってる小物も可愛いなぁ……一体どこで買ってるんだろ)
そんなことをぼんやり考えていたら、山田さんの手の動きが止まった。
「どうしたの?神崎さん」
「え、あ、その……っ」
しまった、ついついボーッと見てしまっていた!これじゃあ変な子じゃないっ。
私は慌てて話題を探した。
「そ、そのポーチ可愛いなって思って……ど、どこで買ったのかな〜…と」
挙動不審な自分が恥ずかしい……。
しかし、意外にも山田さんはパッと表情を明るくすると、嬉しそうに笑いかけてくれた。
「これね、お気にの雑貨屋さんで買ったんだぁ〜見付けた時運命感じちゃって!そう言ってもらえると嬉しいなぁ、ありがとう!」
そう言った山田さんはとても可愛かった。
そんな風に嬉しそうに話されるとこっちまでつい嬉しくなってしまう。
私はもっと話してみたくなって、勇気を出してさらに話しかけてみた。
「その雑貨屋さんって、どこにあるの?」
「私の家の近くにあるの、北区よ。『Paradise』っていうお店なの」
「え、山田さん北区なの?私もそうだよ!」
「え!そーなの!?」
意外な真実が発覚して、私は思わず声を大きくしてしまった。
中学は違えど、同じ区内に私たちは居たらしい。
地元仲間の意識が芽生え、その後私と山田さんはトイレでずっと色々なことを話した。
地元の話、授業の話、食べ物の話――でも私が一番興味をもって聞いたのは、山田さんのオシャレの話だった。
どこで服を買うのか、美容院はどこに行っているのか、メイクはどうしてるのか……一通り話し終えると、山田さんはこんな風に言った。
「なんだか神崎さんのイメージ変わっちゃった、オシャレには全然興味ないのかと思ってたから」
そう思うのは仕方ないのかもしれない。
私は照れながら言った。
「興味はないって言えば嘘になるけど……どうオシャレしたらいいのかわかんなくって」
なんだか気恥ずかしくて、照れ隠しに笑うと山田さんが柔らかく微笑んでくれた。
女の子相手だけどドキッとなる。……いや、変な意味じゃなくて!
――なんてことを考えていると、山田さんが唐突に言った。
「ねぇ神崎さん、私が神崎さんの魔法使いになるわ」
「え?」
ま……魔法使い?
突拍子のない単語に私が首をかしげると、山田さんはさらに言葉を続けた。とても、楽しそうに。
「そう!これから私が神崎さんにオシャレを教えるわ!綺麗の魔法をかけてあげるの」
き、綺麗の魔法……。
砂を吐きそうなメルヘンな単語も、山田さんが言えば可愛く聞こえるから不思議である。
「だって神崎さん絶対可愛くなりそうだもん!私神崎さんをイメチェンさせてみたいなぁ!ね、ダメ?」
「い、いや、ダメでは……」
それどころか、是非ともというのが本心だ。
つまり、オシャレの手解きをしてくれるんでしょう?そんなの、願ったり叶ったりだ!
「なら決まりね!今度の日曜空いてる?一緒に遊びましょうよ」
「え、あ、うん」
「よし、思いっきり可愛くしてあげる」
あれよあれよの展開に戸惑いつつも、嬉しい気持ちに満たされた。
昨日までは違う世界にいた山田さんが私に笑いかけてくれている。
そして、オシャレを手解きしてくれるという。
なんだか、これからの生活に今までにないものが待っていそうで――私の心は高鳴った。
キーンコーンカーンコーン……。
朝のホームルームの予鈴が鳴る。楽しい時間はひとまず終わりだ。
「あ、大変もう始まっちゃうね!行こう、神崎さん」
「うん」
トイレを出ると私たちは1‐Cの教室に向かって歩いた。
私たちの担任の峰倉先生(通称ミネさん)はいつも遅れて来るから歩いても余裕なのだ。
廊下を歩くと、時々男の子が振り返るのがわかる――山田さんがいるからだ。
ちらりと山田さんを見る。
……やっぱり綺麗。
そんな山田さんと話をできたのが嬉しくて、もっと話をしたくて、私はもうひとつ話題をふってみた。
「そういえば山田さん、なんでトイレにわざわざ来てメイク直ししたの?」
普通なら他の子は教室で済ましてしまっている。
それか、トイレのついでにするかだ。
わざわざそれだけのために一人でトイレに来るのが珍しいような気がしたのだ。
すると、山田さんはきょとんとした顔で答えた。
「え、変かなぁ?だってメイク直ししてるの教室で堂々とするの何だか恥ずかしくて……」
な、なんて可愛い答え。
この世には教室どころか電車の中でも堂々としている人がいるというのに……!
山田さんへのポイントはますます上がってしまった。
こんな子と仲良くなれて、ほんと良かった……。
高校一年生の六月、山田美央との出会いはこうして始まった。
――しかし。
その出会いがこれからの私の人生に大きく左右されるとは、この時は思いもしてなかったのである――。




