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2〜スイート・シェイク〜

「え〜つまりこのXに当てはまる公式というのは〜」

担任ミネさん(三十六才、男、独身)は数学の先生だ。

自慢のダミ声を教室中に響かせ、今日最後の授業を進行している。

(眠いなァ……)

あふ……と欠伸を噛み殺していると、左隣から手紙が回ってきた。

ふと左横を見ると、一番窓際に座る山田さんが手の平をふっていた。ちなみに私は一番廊下側の席である。

可愛いハート柄の手紙にはこう書いてあった。

〔明後日いよいよ約束の日曜日だね♪もし今日良かったら一緒に帰ろ!日曜の予定について話したいな〜〕

どうやら山田さんは本当に私にキレイの魔法をかけてくれる気でいるらしい。

無邪気な手紙に、私の口元は思わず綻んでしまう。

ミネさんにばれないように、こっそり指でOKのポーズをし山田さんに伝える。

山田さんは笑ってまた手をふってくれた。

すると……。

「だからこの答えは……ん、山田どうした、質問か?」

「あ!いえ、違います!」

ミネさんにうっかり見付かってしまった山田さんに、また私の口元は綻んでしまったのだった。







「マックシェイクのバニラください」

「あ、私ストロベリー!」

そして放課後。

約束通り私と山田さんは一緒に帰り、駅前のマクドナルドに寄り道をした。

高校に入学して初めての制服を着ての寄り道だった。

「ん〜どこにしよう」

「山田さん、席あそこ空いてるよ」

少し混み合う店内の隅に座ると、私と山田さんはそれぞれのシェイクを手にとった。

ちなみにバニラが私でストロベリーが山田さんだ。

「ん〜やっぱストロベリーがおいしい」

シェイクひとつで幸せな顔になる山田さんはやっぱり可愛い。

私も今度ストロベリー試してみようかな。

「私はいつもバニラだなぁ。そういえば前、バニラ頼んだら店員さん聞き間違えてバナナ味出して来てね、飲んでから気付いてびっくりしちゃった」

「あはは、そーなんだぁ」

私の話題に山田さんが笑ってくれることがなんとなく嬉しい。

ひとまずお喋りを済ますと、山田さんが姿勢を正して話しかけてきた。

「さて、じゃあ日曜のことなんだけどね」

「う、うん」

少しだけ緊張してしまう私。キレイの魔法って、どんなのだろう……?

「まず美容院に行ってみない?神崎さん、もうちょい毛先すいたら可愛いくなると思うんだぁ」

「び、美容院?」

「うん!あ、あと前髪も真ん中で分けるんじゃなくて、左か右分けにするとかしてもイメージ変わると思うなァ」

「は、はぁ……」

美容院……そういえばしばらく行ってないなぁ。前行ったのいつだっけ?

「あれ、乗り気じゃない?」

「あ、ううん。そういうわけじゃないけど……」

――ただ、ひとつ問題が。

それを口にするのは恥ずかしかったけど、言わなきゃならないことだったからうつ向きながら呟いた。

「お金、ないのが……その……」

月五千円の厳しい経済状況。

バイトもしていない私にとっては美容院代は命綱を切られてしまうようなものだった。

「親からはもらえないの?」

「うち厳しくて、美容院もあんまり高いともらえないから……」

今まで美容院には、お母さんが行く時について行って一緒に切ってもらっていた。だから一人で行ったことは一度もない。

あ〜あ、私のオシャレ下手はお母さん譲りかなぁ。

白髪を染める時にしか美容院に出向かない母を思い浮かべ溜め息をついた。

初っぱなからダメじゃん……。

――しかし、魔法使いこと山田さんはそこで諦める性格ではなかった。

「なら私のおにいちゃんに切ってもらわない!?」

「えぇ!?」

驚愕した私になおも山田さんは楽しそうに提案してくる。

「私のおにいちゃん今専門学校行ってるんだけど、美容師さん目指してるの。まだ免許はないけど、もし神崎さんがいいならタダで切ってもらえるよ!」

おにいちゃんが美容師……(の卵)。

やはり家庭環境はオシャレにも影響してくるんだと、妙に感心してしまった。

いやだって、美容師イコールオシャレな人って感じじゃない?

「で、でもいいの?お兄さんに迷惑じゃない?」

「そんなことないよ〜むしろ喜ぶと思うよ?カットモデルがなかなかいないって困ってたし」

なんともうまい話だけど、山田さんのお兄さんを見てみたいとも思う。

しかもタダ……。

遠慮と好奇心を秤にかければ、どちらに傾くかなんて量る前からわかってしまった。

「じ、じゃあお願いしようかな」

人間、好奇心には勝てないのだ。

「よし!ならおにいちゃんに言っとくね。日曜は外で待ち合わせてから私の家行こう!」

「うん、ありがとう。よろしくね」

日曜には山田さんの家へ行きお兄さんに髪を切ってもらう。

そう考えると、なんだか日曜日が楽しみで仕方なくなってきた。

ワクワクする気持ちは抑えきれず、バニラシェイクもいつもより甘く感じた。

キレイの魔法にかかったら、もっとワクワクできるのかな…――?


その時だった。


「……はないよなぁ」

「あぁ、いかにも引き立て役だよなぁ」

男の子たちの小声。

ふいに、耳に飛びこんできてしまった。

できれば、聞きたくないその声を……。

「美人とブスがそろうとやばいよなぁ」

「え〜と、なんて言うんだっけ?月とスッポン?猫に小判?」

「ばーか!猫は違うっちゅーの」

ゲラゲラと笑った男の子たち。


美人と……ブス。

……何よ。

それがどうしたって言うの。

事実なんだから仕方ないじゃない。

……でも、でも!

やっぱり言われるのは傷つく。悲しい。

美人とまでは言わないけど、少しでも可愛くなりたくて努力しようと思ってたのに!

怒りと悲しみがミキサーにかけたみたいにぐちゃぐちゃになった。

悔しいよぉ……。


しかし、次の瞬間。


「うるさいのよ、ブサイクども!」


突然立ち上がった山田さんの、キャラに似つかわしくない台詞に私の思考回路は止まった。

――……へ!?

冷たい目で男の子たちを睨みつけた山田さんだったが、私に振り返った時はいつもの笑みだった。

「行こう、神崎さん!シェイク美味しかったねぇ!」

「え、あ、うん」

山田さんの勢いに押され私も席を立ちトレイを持った。

男の子たちはぽかんとそんな私たちを見つめる。

(ブ、ブサイクどもって……言った!?)

少しだけ混乱しかけている私の手を、山田さんがぐいぐいと引っ張って行く。

いつの間にかマクドナルドの店を出て、店員さんの無料スマイルに見送られていた。

外に出ると、山田さんはようやく手を離した。

その顔はうつ向いているけど、私よりも背が高いから表情は見てとれた。

怒りに満ちた表情だ。

(え、何で怒ってるの?)

私何か悪いことしたかな!?……と考えていたら、山田さんはそんな私に気付いて笑ってくれた。

いつもの、可愛い笑顔。

「突然出ちゃってごめんね、でもあいつたちにどうしてもムカついちゃって……」

「あぁ、いいよ別に。だって私ほんとにブスだし」

あはは、と笑うと山田さんはキッと私を見た。意志の強い、キレイな瞳。

「そんなこと言っちゃダメ!いい?女の子は自分で可愛いって思ってなきゃ可愛くなれないんだから!魔法は自分でもかけられるんだよ!」

「自分……で?」

「そう!……神崎さんもあの男の子たちもわかってなさすぎだよ。女の子は誰だって可愛くなれるのに……」

その山田さんの呟きに、私はドキリとなる。

誰でも……可愛く?

こんな、私でも?

「……ありがとう、山田さん」

――本当に山田さんは魔法使いなのかもされない。

だってたった一言で、私をこんなにも救ってくれたんだから。

思わずはにかんでしまった私を見て山田さんはどう思ったのだろう。

ポン、と手を打ってこんなことを言い出した。

「よし、気を取り直して今度はミスドでも行く?」

そこのシェイクもなかなか美味しいんだよ〜と笑う山田さんに、思わず私は大爆笑してしまった。

どうやら山田さんはシェイクマニアらしい。

うん、それもいいかもしれない。

ファーストフード店全部のシェイクを飲んじゃおう。そして、どれもが甘く感じたら。

きっと、私はその時可愛くなれるから。


決戦は明後日、日曜日。

私の運命が大きく変わる日は近かった……――。




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