第五十三話 思春期を抹殺した少年の剣(つるぎ) コードネームは:M KENSHI☆
――!!
突如、目の前に女神が降臨したんだ。そう、ボクの憧れの人、エルフさん!
エルフさんを目にした瞬間、ボクの中に渦巻いていた醜い怒りの感情は吹き飛んだ。
そうか、これが愛の奇跡ってやつなんだ。そして、ここで出会えたのが運命!
そうだ、エルフさんにこんな間近で会えるチャンスなんて、またいつになるかわからない。これはこの場で告白するしかない!
でも、まてよ。ボクは女の人に告白したことなんてないから、なんて言えばいいかなんてわかんないや。うーん…。
あ! そうだ! そういえば、姉ちゃんにこんなことを言われたことがあったっけ。
「女の子を口説く時は、『殺し文句』ってのが大事やんね。それが言えればイチコロってやつやんね」
『殺し文句』、そう姉ちゃんは言ってた。よくはわかんないんだけど、たぶん、相手を殺してその人のすべてを自分のものにしたい程に愛してますってことを伝えればいいんだろうな。うん、魔族にぴったりな愛の告白だね。
あと、姉ちゃんはこんなことも言ってたなあ。
「殿方に『壁ドン』されると、乙女の心はキュンとくるのですわ。ああ、私もいつかは素敵な殿方に、『壁ドン』されてみたいものですわ」
姉ちゃんが言うには、壁際で壁をドーンって強く叩くことを『壁ドン』って言うんだってさ。たぶん、吊り橋効果っていうのなんじゃないかな? 怖い時のドキドキが、恋のドキドキと勘違いするって聞いたことがあるよ? だから、相手が恐怖を感じるくらいに強く壁を叩けばいいんだね。
よし! 作戦は決まったよ。エルフさんに近づいていって、壁に追い詰めて『壁ドン』からの『殺し文句』でいってみよう! ああ、なんかドキドキしてきたな。でも、ボクはやるよ。頑張れボク!
ボクはエルフさんを正面にしっかりと見据えると、意を決して彼女の方に一歩一歩近づいていく。ああ、気がはやって早足になっちゃうね。でも、それが良かったのかも、エルフさんはちょっと驚いたみたいで、よろめいてちょうど壁にもたれるような体制になってるよ。運はボクに味方してくれてるみたいだね。
さあ、エルフさんを壁際に追い詰めたぞ! ボクの胸の高鳴りはピークを迎え、もう心臓が口から飛び出そうだよ。でも、ここまできたら後には退けない。ボクはエルフさんを追い詰めた勢いをそのままに、持っていた魔剣の柄をエルフさん越しの壁にドーンと思いっきり叩きつけた。
よし! うまく『壁ドン』できたみたいだ。エルフさんは相変わらず驚いた眼でボクを見つめている。ああ、間近でみるとますます綺麗だ。本当に女神様みたいだよ。…おっと、見とれてる場合じゃなかったね。
『壁ドン』からのーお、『殺し文句』。ボクはエルフさんにだけ聞こえる声で、彼女をじっと見つめて愛の言葉を囁く。
「エルフ、お前を殺す」
よし、うまく出来た。ばっちりだ。さあ、エルフさん、その噂に違わないだろう美声でボクの愛にこたえてください。
驚いた顔をしていたエルフさんの表情が、みるみる変わっていく。ああ、なんて美しい笑顔なんだろう。あまりに美しすぎて、なんだか背中がゾクゾクしちゃうよ。(※注1)
(※注1:魔剣士の目には、エルフがどんな表情をしても美しく見える特殊なフィルター、『恋は盲目』がかかっています)
エルフさんは天使の笑顔をボクに向けると、ボクの愛の告白に対して、こう答えてくれた。
「ウチを殺す? …その喧嘩、買ってやるぜ!」
やっぱり鈴のように綺麗な声だった。ああ、ボクは今、とても幸せを感じてるよ。喧嘩を買うってことは、魔族流の愛の告白に対して、魔族流に返してくれたんだな。なんてウイットなお返しだろう。(※注2)
(※注2:魔剣士の思考回路には、エルフの言動を全て清く誠実と捉える特殊なモジュール、『恋の病』が組み込まれています)
ボクがエルフさんの美しさに見とれていると、彼女は急にその姿勢を低くした。あれ? どうしたんだろう?
「くらいやがれっ! ダークファイア・トルネードォォオ!!」
突然、エルフさんは攻撃魔法を至近距離からボクに向けて放ってきたんだ。その強烈な魔法はボクの股間を直撃し、たまらずボクはすごい勢いで吹っ飛ばされる。これも魔族流なの!? それにしても、
「うわあー! なんて過激な愛情表現! ああああああああー!!」
僕は玉座の間の反対側の壁まで吹っ飛ばされると、壁に激突した衝撃で意識を失った。
ボクが意識を取り戻すと治療室のベッドに寝かされていた。治療室には他に誰もいなかったので、すぐに廊下に出たんだけど、何故かそこで剣を振り回すサキュバスさんと鉢合わせ。咄嗟に白刃取りで凶刃を防いだのだけど、その隙に股間を蹴り上げられ、そのあまりの痛さにまた気絶。
ボクは一日の間に魔王軍3大美女のうちの二人に股間を撃ち抜かれた、ある意味羨ましい男として、魔物たちの間で有名になり、エルフさんに一撃貰って気絶した時に、何故かだらしない笑みを浮かべていたことから、あいつは魔剣士ならぬマゾ剣士だ、などと陰で噂されることになった。
ボクの思春期は死んだ。
□ 次回予告 □
いらっしゃいませ。私はとある町で武器防具屋を営んでいる商人です。毎日いろんなお客さんがやってきますが、その日は特に変わったお客さんばかりで、困ってしまいました。そんな時に役立つのが、私の秘密の能力なのですが…。
このパーティーの中に魔王がいます。次章、『とある商人の繁盛記』
お客さん、何か買っていきませんか? もちろんサービスいたしますよ、ほっほっほ。




