第五十二話 思春期を抹殺した少年の剣(つるぎ) ばーさーかー☆
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…魔剣士クン、魔剣士クン」
ボクを呼ぶ、女の人の美しい声が聞こえる。
気が付くと、ボクは一面、色とりどりの花が咲き乱れる草原に立っていた。
そして、声がした方を振り向くと、ボクの憧れのあの人が立っていて、ボクに微笑みかけてくれている。
「魔剣士クン、こっちにいらっしゃい」
甘い香りが鼻をついた。この香りは花の香りかな? それとも、憧れのあの人の香り?
とにかく、あの人がボクを呼んでくれている。すぐに駆け寄って、そして、抱きしめてあげないと。
そう、噂に聞く美しい声で、ボクを呼んで…。
――!?
なんだろう、この違和感?
そうか、ボクはあの人の声をまだ聞いたことがない。だって、遠くから見てるだけで、まだ話をしたことがないんだ。じゃあ、この声は誰の声? あの人の声なの?
…いいや、違うよ! わかったよ、これは幻覚。きっと魔剣がボクの記憶の中から、ボクに一番効果の高そうな誘惑材料を集めたんだ。だけど、魔剣さん、それは失敗だったみたいだよ。ボクの記憶の中から作り出した幻影だから、記憶にないものには違和感があるんだ。過剰演出だったみたいだね。
ボクがあの人の声を知っている。そんな筈はないんだー!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おお、誘惑をはじき返しましたか。あの状態から正気に戻るとは大したものでございますな。一体どうやったのでございますかな?」
あ、元に戻れた! 魔剣の呪いに勝てたみたいだ。やったね。
「フッ、オレの精神力が魔剣の邪気を上回ったというだけの話だ、どうということもない」
ボクは余裕だとでも言うような答えをワイトさんに返したんだけど、いやはや、結構やばかったかもね。気づけば全身汗まみれだよ。
「魔剣士よ、よくぞ魔剣の誘惑に打ち勝った。これでその刺突剣もお前のものだ。特殊な魔力を持った剣のようだから、お前の戦術の幅も広がることだろう」
うん、魔王様の言う通り、いろいろ使い道はありそうな剣だよ。でもなー、ボクが求めてる方向とはちょっと違うんだよねー。うん、もっとおねだりしてみよーっと。
「そうだな、面白い剣だ…。だが魔王! オレが求めるのはもっと純粋なる力だ! これでは到底満足できない!」
「そうか、わかった。ワイトよ、もっと強大な力を宿した魔剣はないものかな?」
「魔王様、それが、あるにはあるのでございますが…」
「どうした? 何か問題があるのか?」
「はい、左様にございます。一応用意はしてみたものの、あまりに危険な魔剣でございますので、お出しして良いものかと悩んでいたのでございます」
「そんなに危険なのか? ふむ、まあ出してみろ。魔剣士に持たせるかどうかは、その後に考えればよかろう」
「御意にございます。さすればお出ししましょう。これが、その魔剣にございます」
ワイトさんが最後に差し出したのは、刃が燃えるような真っ赤な色に染まった両手剣だった。
「この魔剣の名は、皆殺しの両手剣というのでございます。なんでも、憤怒を司る魔神に取りつかれ狂戦士と化し、敵味方の区別もなく暴れまわった挙句、自らも魔神に取り込まれて絶命したという哀れな戦士の魂が宿る魔剣でございます」
「狂戦士か、…なるほど、確かに危険な匂いがするな」
ばーさーかー? なんだろうそれ? ワイトさんの話だとなんだか凄いパワーが宿ってそうな魔剣な気がするんだけど。うん、なんかわかんないけど、乗っかっちゃおう! 実際に魔剣からビンビンに邪気を感じるしね。えっと、ばーさーかー、バーサーカーっと。
「バーサーカーの剣だと? そいつは強そうじゃないか。その剣もオレが使いこなしてやるさ!」
「魔剣士よ、本当にやる気か? 狂人と化すということは、もしかすると、死よりも辛い苦しみを味わうことになるかもしれんのだぞ?」
「そうでございますぞ。この魔剣はやはり引っ込めた方が良さそうでございますな。あっ…」
そうはさせないよ。
ワイトさんが両手剣を引っ込めるよりも早く、ボクはそれを奪い取った。
「フフッ、この魔剣が使いこなせれば、きっと俺は魔王軍で最強クラスと肩を並べられる筈。そうなれれば、きっと…」
あの人に愛を告げるチャンスも作れる筈…。
ボクは皆殺しの両手剣の柄を強く握りしめ、目を閉じる。すると、たちまち剣から怖気がするような真っ赤な邪気が溢れだした。
(…怒れ、…壊せ)
それはボクの心に直接語り掛けてきた。頭がガンガン痛む。
(…怒れ、…壊せ、全てを破壊し尽くせ)
ボクの心に潜んでいた闇が、心をかき回されて浮かんでくるような感覚。
沸々と、忘れていた恨みと怒りがこみ上げてくる。
(…怒れ、…壊せ)
「…………ウ、ウ、…リィィィ、リィィィィィィ」
目の前が真っ赤に染まり、ボクの口からは、呻き声が漏れ出ているが、もう体がボクの言うことを聞かない。
ボクの中にあるのは怒りのみ。もうそれ以外には何もない。
ああ、このままボクは怒りの感情に飲み込まれ、魔剣に心を支配されてしまうのだろう。
そう感じ、ボクはもう魔剣に抵抗することを諦めた。その時だ。




