第四十一話 恋する乙女の瞳の中に魔王がいます 占い師は離さない
「おい、待て、話を聞けといっているだろう!」
俺は占い師に掴まれた腕を力づくで振りほどいた。
「あ、何をなさるのです。真の勇者様?」
「あのな、俺はその真の勇者なんてのじゃないぞ」
「またまた、ご謙遜ですわ。私にはあなた様のことがよくわかりますわ。その慈愛に満ちた瞳、気品のある顔だち、あの店で一目見た時から、わたしの心を掴んで離さないルックス。そして、きっとお金持ちですわ。うふふふふ。あぁ、私の、私だけの真の勇者さまぁ」
あ、この女、なんかおかしい。まずい、変なのに捕まったな。
「と、とにかくだ。俺は真の勇者なんかじゃないからな。他をあたってくれよ。じゃあな」
俺は冷や汗をかきながら、そう占い師に言い捨てると、彼女の前からくるりと踵を返して逃げるように歩き出した。
「うふふふふ。逃がしませんわ。真の勇者様」
「うわっ、おい、女、こら離せ!」
逃げ出そうとしてすぐに捕まってしまった。占い師は俺の腕を両手でがっちり掴んで離そうとしない。
「嫌ですわ。離しませんわ。私の真の勇者様!」
「なあ、頼む。勘弁してくれ。あー・・・、えっと、俺にも色々と事情があってだな。残念だが、お前といっしょに行くことはできんのだ」
俺が真面目な顔で占い師の目を真正面から見つめて彼女に諭すように語りかけると、やっと分かってくれたのか腕に絡みついていた力が緩んだ。しかし、俺がほっとしたのは一瞬だった。なぜなら、彼女が瞳に今にも泣きださんばかりの涙を湛えていたからだ。
「・・・そんな、そんな、やっと出会えましたのに、ぐすっ」
「あ、おい泣くな。あー・・・、参ったな」
「ぐすっ、そうですわね。真の勇者様にも事情がありますわよね。私たちが一方的に押しかけるわけにもいきませんわ。仕方ありませんわ。こうなったら、私はもうこの身を売るしかありませんわ」
ん? 身を売るだと?
「ちょっと待て、身を売るとはどういうことだ?」
「真の勇者様、もう私のことは気にしないでくださいませ。あぁ、私はやっと出会えた真の勇者様に見放され、そのせいでこの身を売ることになり、毎晩卑しい男たちの慰み者にされるのですわ。あぁ、なんて絶望的な人生」
「いやいやいや、そこまで言われたら気になってしょうがないだろ! とにかく、何でお前がその身を売らなければならないんだ? 話してみろ」
仕方ないから話くらいは聞いてやろう。じゃないと寝覚めが悪い。
「ぐすっ、聞いてくださいませ、真の勇者様。実は私の姉の踊り子は酒好きのギャンブル狂ですの。彼女は私が占いで稼いだお金を全部カジノに突っ込んでは負けてを繰り返してまして、それでついには大きな借金を抱えて首が回らなくなってしまいましたの。それでも、姉はギャンブルがやめられずに今日もカジノに入り浸っているのですわ」
うわ、話に聞くにどうしょうもない駄目姉だな。妹に稼がせて、その金を全部ギャンブルに突っ込むとはけしからん。
「む、女、お前も苦労しているのだな。そうか、そういう話なら俺が力になってやろう。その姉のいるところに俺を案内しろ。俺が性根を叩き直してやる。それとお前たちが抱える借金とやらも俺が支払ってやろう」
「まあ、なんてお優しい、真の勇者様。私の眼に狂いはありませんでしたわ」
「その代わり、それが済んだら俺を解放してくれよ」
「わかりましたわ。では、姉のところへ参りましょう。あ、その前にこれを」
占い師は懐から一枚のちらしを取り出して、俺に渡した。
「なんだ? 幸福のタロット研究学会??」
「はい、幸福のタロット研究学会ですわ。私はこの学会の正会員ですの。真の勇者様にも是非とも私どもの学会に入会して頂きたいのですが、今日は紹介だけにしておきますわ。では、参りましょう」




