第三十三話 俺、魔王なんだけど、気が付いたら勇者と体が入れ替わっていた件2 小娘走る
「あっ、おい小娘! あー、いや、賢者! どこへ行くのだ!?」
俺は慌てて、走り去っていこうとする小娘に声をかけた。俺の呼びかけに気づいた小娘は、けつまづきそうになりながらも何とか堪えて立ち止まり、こっちに振り返った。
「うにゅ? 勇者ちゃん? にゅ、私は忙しいなのです。早くしないと大変なことになるなのですっ」
ふむ、あの魔法陣のことだろうな。やはりこの俺の今の状況は小娘の仕業だったか。
「小娘、お前、また魔法を失敗しただろう?」
「うにゅにゅ? どうして勇者ちゃんがそれを知ってるなのです?」
「あ、あー・・・、いや、お前がそれだけ慌ててるのは、そういうことだろうと思ってな」
「うにゅ・・・?」
余程急いでいたのだろう。小娘は息をきらせながら、怪訝そうな顔を俺に向けていたが、すぐにはっと我に返ったとでもいうように表情を変化させ、また慌てだした。
「にゅ! 勇者ちゃん! 僧侶ちゃんと魔術師ちゃんがどこにいるか知らないなのですか?」
「ん? 二人とも出掛けて行ったぞ。あいつらに用があるのか?」
僧侶は戦士と連れ立って市場に向かったようだし、魔術師は武闘家を探して出ていった。小娘はこんなに慌てて、あの二人の女に何の用があるのだろうか。
「困ったことになったなのです。私一人の力では、どうにもならないなのですが、三人で魔力を合わせれば、なんとかなるなのです。だから、二人を探してるなのです。そうなのですか、外に出掛けたなのですね。急いで探すなのですー!」
「お、おいー!」
小娘は俺の呼び止めを無視して、てててててっと、勢いよく戸外へ飛び出して行った。
小娘は三人ならなんとかなるとか言っていたな。もしかして、あの不思議な魔方陣を、三人の魔力でなら撤去出来るということか? それはマズいではないか! そんなことをされては、俺が元の体に戻れなくなってしまう。これはなりふり構ってられんな。
「おい、主人。お前の要求を受け入れよう。だから、合鍵をよこしてくれ」
俺は宿屋の主人からのランチの誘いを受けることにした。すまんな、女勇者。
「おほっ、約束だよお、お嬢ちゃん。ほい、これがあの部屋の合鍵だよ。それじゃあ、明日の昼に誘うからねえ。待っててね。あ、・・・妻と娘にはナイショに頼むよおー」
妻子持ちかよ! 俺はこの中年男にいろいろ苦言を叩きつけたいところだったが、そこはぐっと堪えて合鍵を受け取った。そして、急いで二階のあの部屋へ向かって足早に歩き出す。
それにしても、宿屋の主人は全くだらしない男だな。妻子がいるのに若い娘をナンパするとは。しかし、これだけの立派な宿屋を経営しているんだ、商才はあるんじゃないかと思うのだが。あー・・・、英雄色を好むと言うからな。商売も盛んな分、あちらの方も盛んということなのだろうか?
「俺ももうちょっと、女にがっつくぐらいの方がいいのかな・・・。あー、いやいや」
俺は、つい口を出て呟いてしまった言葉をすぐに否定した。俺は魔族とその傘下にある魔物共を統率する立場にある。そんな俺に浮いた話でもあろうものなら、今はせっかくまとまっている魔王軍の団結にひびが入る可能性がある。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか目的の部屋の前にたどり着いていた。俺はドアの鍵穴に鍵を挿して回す、するとガチャリと音がして鍵が開いた。
「よし、これで元の体に戻れるな」
俺はそのドアを押し開いた。
眼前には、部屋の中央の床に怪しく光る魔法陣があった。俺はそれを目にして、やっと胸を撫でおろした。ようやく、この悪夢のような現状から抜け出すことが出来そうだ。居ても立っても居られず、俺は魔法陣に向かって走り寄り、その中に入った。
・・・・・・・・・。
「・・・え!? 何故魔法が発動しないっ?」
前回の時は、俺が魔法陣に入った瞬間に魔法が発動し、元の俺の体に戻れた。しかし、今回はどうだ。魔法陣の中にしばらく留まっても、一向に変化がない。
「そ、そんな!? これで戻れないとすると、俺はどうしたらいいのだ!?」
俺は予想外の事態に、頭を抱えてその場でうずくまった。どうすればいいんだ? どうすればいいんだ? どうすればいいんだ? 俺の頭は混乱して、ただただ、「どうすればいいんだ?」 を繰り返すばかりだ。まるで、その問いへの解答を模索することを俺の脳が拒否しているかのようだった。つまり、考えたところで、解決策など浮かばないと、俺の脳が諦めたのだろう。
その時だ。俺は不意におぞましい魔力の波を全身に感じて、体を震わせながら思わず立ち上がった。




