第三十二話 俺、魔王なんだけど、気が付いたら勇者と体が入れ替わっていた件2 立派な宿屋の立派な主人
俺は椅子から腰を上げ、宿屋の二階へと続く階段を上り始めた。
「確か、二階の廊下の突き当りの部屋だったな」
二階に上がると、俺は廊下を速足で抜けて行く。廊下の左右には3つずつドアがあった。
「ふむ、以前も思ったことだが、なかなか立派な宿屋のようだな」
途中、大きな姿見が壁に掛かっており、その横を通り過ぎたが、つい気になって後戻りした。俺は姿見に映る自分の顔と体をまじまじと眺めた。
「む、なかなかに麗しい娘ではないか」
姿見に映る俺の、いや、正しくは勇者の体は、やはり女のそれであり、顔はやや幼さが残るものの美しく整っていた。
「おっと、見とれている場合ではないな」
俺は廊下の奥のほうへ向き直り、歩き出す。そして、突き当りの部屋のドアの前まで辿り着いた。
「ここだな、間違いない。この部屋の中にあの魔法陣があるはずだ」
前回の記憶と合致するそのドアのノブを俺は掴んだ。そして、それをゆっくりと回した。
「あれ? 開かない!? 鍵が閉まっているのか?」
ノブを何度かガチャガチャと回してみたが、やっぱり開かない、鍵が閉まっているようだ。
「おいっ、小娘! このドアを開けろ! おーい!」
俺は部屋の中に呼びかけ、ドアを何度かドンドンと叩いた。だが、中から反応は無い。
「むむ、小娘は中にいないのか? 仕方がない、こうなったらドアを破壊して・・・、あ、いや・・・」
俺は手に魔力を込めてドアに向けたが、考え直してその手を下す。ここは人間の町の宿屋だ。たとえ人間の所有するものだといっても、勝手に他人のものを破壊するというのは俺の流儀に反する。
「ふっ、冷静さを欠いて、俺らしくない行動をするところだったな。なに、宿屋の主人に合鍵を借りてくれば済むことじゃないか、たいした手間でもあるまい」
俺は一階のロビーに戻ることにした。あそこのカウンターに宿屋の主人が常駐してた筈だ。
一階まで降りてきた俺は、カウンターの奥を見る。すると、その中で暇そうに欠伸をしている小太りな中年男がいた。あれがこの宿屋の主人だろう。俺はカウンターに近づくと、その中年男に声をかけた。
「主人、すまんが二階の突き当りの部屋の合鍵を貸してくれないだろうか? 俺の連れの部屋なのだが、鍵が閉まっていてな、入れんのだ」
「え? ・・・うーん、それは出来ないねえ、お嬢ちゃん」
「は!? 何故だ? 連れの部屋だぞ。お前もここに常駐しているのなら、理解しているであろう?」
「ああ、確かにお嬢ちゃんの連れが借りている部屋だとは理解してるんだがねえ・・・」
「なら、何故駄目だと言うんだ」
「あの部屋は、お嬢ちゃんの連れのちっこい娘が借りているよねえ? あのちっこい娘は、魔術の研究の為に自分だけの部屋が欲しいと言ってあの部屋を別個に借りたんだよ? だからさあ、あのちっこい娘が鍵を閉めたってことは、例え連れであっても、勝手に入ってほしくないと思って鍵を閉めたんじゃないかなあ?」
む、宿屋の主人の言うことには、筋は通っている。そうだな、小娘が別個に借りた部屋ということなら、合鍵を貸してもらえなくても仕方がないか。うーん、不本意ではあるが、あのドアを壊すか、仕方あるまい。
「あー、でもねえ、お嬢ちゃん次第では、特別に合鍵を貸してあげてもいいかなーあ・・・」
中年男がニタついた笑みを浮かべて、俺を見ながら言った。
「ん? こんな状況でも合鍵を貸して貰えるのなら、それは助かるな。俺はどうしたらいいんだ?」
「うひ、明日、おじさんと一緒にランチしてくれない? お嬢ちゃんとなら、楽しく過ごせると思うんだよねえ。とびっきり美味しい店を予約するからさあ。いいだろう?」
げ!? この男、ナンパなのか?
「い、いや、・・・それは、ちょっとなあ・・・」
俺はそう戸惑いながら答え、考える。この中年男、年甲斐もなく女勇者をナンパするのか? ・・・いや、さっき姿見で見た容姿は、男を惹きつけざるを得ないものだった。年甲斐もなくハッスルしてしまっても仕方がないか。さて、ここは、中年男の誘いに乗るべきだろうか? どうせ、今日中に俺の元の体に戻ってしまえば、オヤジとの明日のランチの約束は、俺自身からは離れることになる。
「どうだい、お嬢ちゃん。悪い話じゃないんじゃないかなあ。うひひ」
「うーむ、しかしなあ・・・」
女勇者は前回の男勇者に比べて、割と苦情が少ない。だから、女勇者の評判を落とすような行動をすることは、俺としては気が引けるんだよなあ・・・。
「大変なのですー! 早くどうにかしないといけないなのですー!」
俺が宿屋のカウンターで突っ伏して悩んでいると、その後ろで危機感にかられた子供の声がした。俺はその声に引かれて後ろを振り向くと、一人の小娘が小走りで宿屋の外に向かっているのを確認した。あれは賢者じゃなかったか?




