第二十二話 転生したら異世界最強になれるって本当ですか? 転生魔獣ミノタエルフ
「魔物を転生させる装置だと?」
「そうです。二体の魔物の能力を掛け合わせ、一体の魔物に転生させる装置です」
俺は魔王。今、俺の座る玉座の目の前には、見たこともない不思議な形をした巨大装置がある。その装置の上部には、三つの樽型の容器があり、それには扉が付いていた。
「ワイトが長い間研究し、開発を続けていた魔法装置がやっと完成したとのことで、それをここに運び込んで来た次第です」
装置についてそう説明するのは、俺の側近のサキュバスだ。
「ワイトが作った装置か。で、その作った当人はどうしたのだ?」
「それが、装置完成の連絡を受けてから、ワイトの研究室に行ったのですが、そこにワイトの姿はなく代わりに完成されたこの装置だけがあったのです」
「ワイトの行方がわからないのか?」
「はい、ですが、御心配には及びません。この装置の使用方法については、事前にワイトから聞いていますから、すぐに使えますよ」
「いや、しかしな、サキュバスよ。作った当人が行方不明なのに、それを使っても大丈夫なのか? 使うのはワイトが戻ってからにした方がいいだろう?」
「いや、それがですね、魔王様。この装置の完成を聞きつけた者たちの中に、異世界転生して強くなりたいから早く使わせてくれと押しかけて来る者が後を絶ちませんので、仕方ないので魔王様立ち合いの元にここで装置の使用実験をしようということになりまして」
「ん? 異世界転生? この装置で異世界に飛ばされるのか?」
「いえ、この装置で異世界に飛ばすことなど出来ないのですが、どうも転生と言えば異世界転生というのが近頃の流行りらしくってですね。それで、ワイトの魔法装置完成の噂に尾ひれが付いてしまい、誤解をしている者も多数いるものかと」
「そうなのか? む、だが二体の魔物を一体の魔物に転生させるなどとは、倫理的に問題があると思うのだが・・・」
「あ、大丈夫ですよ、魔王様。ワイトが言うには、装置の動作を逆転させれば、もとの二体に戻せるそうです。転生した後の体が気に入らなければ、元に戻ってもらえればいいわけです」
「元に戻せるのか? なんとも都合のいい装置だな。まあ、それなら使ってもよかろう」
「では、最初の実験を始めましょう。すでに、左の容器の中にはエルフを放り込んで・・・、コホンッ、エルフに入ってもらってます」
「ん? エルフか? あいつは転生などしなくても十分に強いだろう? エルダードラゴンにも引けを取らないと聞くぞ?」
「魔王様、エルフは日ごろあんなですが、魔王様への忠義心厚い女です。魔王軍の強化に繋がる実験とあれば自分こそが、いの一番に実験台になりますとの強い要望がありまして」
「そうなのか? ま、まあ、元に戻れるんだしな。わかった、その心意気、見届けよう」
「はい、エルフの忠義心には、私も感心しました。・・・えー、そして、右側の容器にはミノタウロスが入っています」
「エルフとミノタウロスを掛け合わせ、転生させるのか?」
「はい、エルフの卓越した魔法技能とミノタウロスの強靭な肉体を組み合わせれば、きっと遠距離では魔法攻撃、そして、近接戦闘での剛腕を活かした破壊力と、素晴らしい万能戦士が転生されることと思います」
「なるほど、それは確かに強そうだな」
俺が、ふむ、とサキュバスの力説に納得していると、左の容器からかすかに声が聞こえてきた。
「ああっ!? なんだここっ? 真っ暗じゃねーかっ? おいっ、ここから出しやがれー!」
容器の内側から、ドンッドンッと、叩く音が聞こえる。
「なあ、サキュバスよ。なんかエルフが中で喚いているぞ?」
「ちっ、魔法が解けましたか・・・。あ、いえ、魔王様、気のせいです。エルフは偉大な実験の先陣がきれるとあって、興奮のあまり歓喜の叫びをあげているのでしょう」
「そう・・・か? それならいいのだがな」
俺は一抹の不安を感じたが、まあ、元に戻れるのならいいかと思い、このまま事の行く末を見守ることにした。
「では、スイッチオーン!」
サキュバスが両手で転生装置の赤いレバーを押し上げた。直後、転生装置はゴゴゴッと大きな音を立て、まばゆい光を放つ、そして、プシューッという音とともに停止した。
「・・・転生したのか?」
「その筈ですよ。魔王様」
俺たちが転生装置の様子をうかがっていると、突如、ぱかっと中央の容器の扉が開いた。
「あーもう、なんなんだよこれー? サキュバスのやつ、ウチに何しやがったんだよー?」
中央の容器の中から、もくもくと白い煙が出てくる。そこから、いつものエルフの声が聞こえた。やがて、煙の中から彼女が姿を現す。白い肌、華奢な体躯、それはエルフがこの装置に入る前と変わらなかった。
「なあ、サキュバス。これは失敗だったんじゃないのか?」
「そうですねえ。失敗かもしれませんね」
俺は落胆した。ちょっとは期待していただけに、尚更だ。
「おっ? 魔王じゃねえか。ってーことは、ここは玉座の間か? あ、テメー、サキュバス! ウチに精神操作魔法なんてかけやがって、どーいうつもりだよっ?」
「あ、ああ、・・・ご、ごめんなさいね。魔王様がどうしてもエルフに協力してもらいたい実験があると言っていたので、それに付き合ってもらったのです」
「は!? お、おいサキュバス?」
「ん? そうか魔王がウチに? まあ、そんなら仕方ねーな。ふぁーあ、なんか狭くて暗いとこで暴れたら疲れたぜ。ウチは部屋に戻ってもう寝ることにすんよー。じゃなー。・・・ん? サキュバス、テメー何笑ってやがんだ?」
「ぶっ、・・・いえ、思い出し笑いです。この前、スケルトンから聞いたギャグがふいに頭をよぎってしまって」
「ふーん・・・、そのギャグ、今度ウチにも聞かせろよなーっ」
そう言いながら、エルフはいつもの調子でサキュバスに絡んだ後、去っていった。そう、いつもと変わらぬ様子だった。頭が牛に変わっている以外は。均整の取れた細身の女の体の上に、牛の頭が乗っているのは滑稽な姿だったが、本人は自分がそんな姿になっているとは全く気付いていない様子だった。まあ、知らぬが仏かもしれない。
「サキュバス、あれ、あとでちゃんと元に戻してやれよ?」
俺は傍らで腹を抱えてヒーヒー言いながら笑いをこらえているサキュバスに言った。
「ぶふふっ、ふう、ふうう・・・。あ、はい、わかってますよ、魔王様。では、次の実験と参りましょう」




