↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『第一印象、マイナス100点。 ―最悪な出会いが、最高の出会いになるまでの物語。』  作者: 季波


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/53

第53話「おかえり」

土曜日の夜。



BAR Lampの店内には、いつもとは違う賑やかな声が響いていた。

テーブルには勇人が作った料理や軽食が並び、その間を桜子が飾った花々が彩っている。



「そろそろ七時だね」

桜子が時計を見る。



「真司、ちゃんと来るかな」



「来るでしょ。本人には七時って伝えてあるし」

勇人がそう言った、その時だった。



店の扉が開いた。

「こんばんは」

聞き慣れた声に、桜子が振り返る。



「しーちゃん!」



真司が店内へ入ってきた瞬間――

「おかえりなさい!」

店内に大きな声が響いた。



真司は驚いたように目を見開く。

「……何これ」



「しーちゃんの帰国祝い!」

桜子が嬉しそうに笑う。

「おかえりなさい、しーちゃん」



「おかえり、真司」

勇人も笑いながら声をかけた。



真司は店内を見渡した。



神谷先生と黒田先生、それから大学フェスで一緒だった仲間たち。

カウンターの向こうでは、夜空が笑っている。



「こんなに集まったの?」



「みんな、しーちゃんが帰ってくるの待ってたんだよ」



「……そっか」

真司は少し照れくさそうに笑った。

「ただいま」



それを合図に、帰国祝いが始まった。



「勝木くん、アメリカはどうでした?」

神谷がグラスを片手に尋ねる。



「楽しかったですよ。大変なことも多かったですけど」



「海外で生活すると、心理的にも大きな変化が――」



「神谷先生。今日は帰国祝いですよ」

黒田が呆れたように言った。



「分かってますよ。少し聞いただけじゃないですか」



「そのまま講義を始めそうだったので止めただけです」



「黒田先生だって、さっき佐藤くんの料理について成分がどうとか言ってたじゃないですか」



「料理には化学が関係しているので」



「ほら、始まった」

勇人が苦笑する。



真司は二人を見て、吹き出した。

「相変わらずですね」



「しーちゃん、これ食べてみて」

桜子がテーブルの上を指さした。

「勇人が作ったんだよ」



「これ、勇人が?」

「すごいな。花束みたいだ」 

真司はケーキを眺めながら笑った。 「ピンクと紫だけじゃなくて、白い花が入ってるから、派手なのにちゃんとまとまってる」

真司はエディブルフラワーが飾られた洋菓子を一つ手に取った。

一口食べると、驚いたように勇人を見る

「……美味しい」

「バタークリームの甘さと、ナッツの香ばしさ、チェリーの酸味が絶妙だな」




「本当?」



「うん。見た目も綺麗だし、よくできてるわ」



「それは良かった」

勇人は嬉しそうに言った。



「へぇ」

真司は店内を見渡した。

「じゃあ、この花は?」



「私」

桜子が小さく手を挙げる。



「桜子が?」



「うん。まだ勉強中だけど、今日は私が飾らせてもらったの」

「ミモザとフリージア、それから桜だよ」

桜子が嬉しそうに答え続けた。

「ミモザには『友情』っていう花言葉があるの。それから桜には、これから私たちも花開いていけるようにって意味を込めたの」



「花開く?」



「うん。私たち三人とも、これからだから」



真司は近くに飾られた花へ目を向けた。

「……いいじゃん」



「本当?」



「うん。やっぱり、桜子が選ぶ花って好きだわ」



「ありがとう!」

桜子の顔がぱっと明るくなる。



真司はもう一度、店内の花と、テーブルに並んだ勇人の洋菓子を見渡した。

「二人とも、頑張ってたのね」



「まだまだ勉強中だよ」



「俺も。もっと上手くなりたいし」



「そっか」

真司は嬉しそうに笑った。

「私がいない間に、進んでたんだね」



真司の言葉に、桜子は楽しそうに笑った。



しばらくして。



真司が思い出したように口を開いた。

「そうだ。私からも報告があるんだけど」



「報告?」

桜子が首を傾げる。



「まだ少し先の話なんだけど、この町にORIHANAの姉妹ブランドのお店を出すことになった」



「えっ?」



「名前はKASANE。日本では、この町に最初の店舗を出す予定」



「すごい!」

桜子が身を乗り出す。

「しーちゃん、おめでとう!」



「ありがとう」



「じゃあ、これからずっと日本にいるの?」



真司は首を横に振った。

「ううん。準備もあるし、まだ勉強したいこともあるから、しばらくは日本とアメリカを行ったり来たりすることになるわ」



「忙しくなるね」

「でも、ずっと向こうじゃないなら良かった」



「KASANEのオープン、楽しみだな」

勇人も嬉しそうに笑った。



そんな三人を見ていた黒田が、ふと口を開いた。

「そういえば、三人とも心理学や化学とは別の道に、やりたいことを見つけたんですね」



「黒田先生、それ今言います?」

神谷が苦笑する。



「最後まで聞いてください」

黒田は三人を順番に見た。

「ですが、自分が本当にやりたいと思えることを見つけられた。それは、とても良いことだと思います」



「黒田先生……」

桜子は嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます」



「珍しくいいこと言いますね」



「珍しくは余計です」



神谷は二人のやり取りに笑ってから、三人を見た。

「でも、本当にそうですね。三人とも、自分で見つけた道なんですから。私も応援していますよ」



「ありがとうございます!」



勇人が笑う。

「帰国祝いだったのに、また祝い事増えたな」



「本当だね」

夜空も笑う。

「じゃあ今日は、真司くんの帰国とKASANE、両方のお祝いだね」



「えっ、ちょっと待って。私、そんなつもりで話したんじゃ――」



「しーちゃん、おめでとう!」



「おめでとう、勝木くん!」



「おめでとう!」



次々に声をかけられ、真司は困ったように笑った。

「……ありがとう」



楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。



やがて神谷や黒田、大学フェスの仲間たちも帰り、店内には桜子と勇人、真司、夜空だけが残った。



「今日は本当にありがとう」

真司が店内を見渡す。

「まさか、こんなことしてくれると思わなかった」



「喜んでもらえてよかった」

桜子が笑う。

「しばらくは日本にいるんでしょ?」



「うん。次にアメリカへ行くまではね」



「じゃあ、また三人でどこか行こうよ」



「いいわね。どこ行く?」



「今度は真司が決めてよ」

勇人がそう言うと、真司は呆れたように笑った。



「なんで私なのよ。勇人が決めなさいよ」



「俺? 真司が帰ってきたんだから、真司の行きたいところでいいだろ」



「そういうことなら、考えておくわ」



「しーちゃん、楽しみにしてるね!」



「はいはい」



夜空はそんな三人を見て、楽しそうに笑った。

「やっぱり、三人揃うと賑やかだね」



「そうですか?」



桜子は笑いながら、空いたグラスを片付けようと手を伸ばした。

その拍子に、隣にあったグラスへ手が当たる。



「あっ!」



倒れかけたグラスを、勇人が咄嗟に掴んだ。

「危なっ」



「ご、ごめんなさい……」



「もう。桜子って、こういうところ変わらないよな」



「何よ、それ」

桜子が頬を膨らませる。



勇人は笑った。

「別に。そこも桜子だなって思っただけ」



「……もう」



「桜子、片付けは俺がやるから」



「大丈夫」

「気をつけるから!」



「じゃあ、任せた」

勇人は笑いながら、グラスをテーブルへ戻した。



「で、真司。さっきのKASANEなんだけど――」



「ん?」



勇人は何事もなかったように真司の隣へ戻っていく。



二人はすぐに、楽しそうに話し始めた。

桜子はそんな勇人を見つめた。



こうして三人で笑っていることが、今では当たり前になっている。



初めて会った日のことを、ふと思い出す。



駅前で突然声をかけてきた、名前も知らない人。

あのときは、こんなふうに一緒に笑う日が来るなんて、思ってもいなかった。


桜子はそっと微笑んだ。



「片付け終わったし、俺の家で飲み直すか?」

勇人が二人に声をかける。

「フードとデザート、作り過ぎちゃったからさ」



「いいねぇ、じゃあ行きましょう」

真司は嬉しそうに言った。



「桜子もほら、行くぞ」



「うん、今行く」

桜子は笑顔で答えた。



――第一印象は、マイナス百点だった。

けれど、あの日あなたに出会えて、本当によかった。



――おしまい――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。