夏の終わりの予感
新作だよ、続き書く気力ゼロだよ
雨が、静かに窓を叩いていた。
僕はベランダの手すりに寄りかかり、煙草をくわえたまま空を見上げていた。火はついていない。ただ、指の間で転がしているだけだ。こういうとき、煙草はただの言い訳になる。外に出ている理由を、自分に与えてくれる。
「また、そんなところでぼーっとして」
後ろから声がした。振り返らなくてもわかる。彩花だ。彼女はいつも、僕の沈黙を優しく突いてくる。
「雨、好きなんだよ」
「嘘ばっかり。あなた、雨の日は必ず憂鬱な顔するくせに」
彼女は笑った。柔らかい、でもどこか尖った笑い声。僕はようやく振り返った。彩花は濡れた髪をタオルで拭きながら、部屋の入り口に立っている。白いTシャツにジーンズ。飾り気のない格好なのに、彼女はいつも、まるで光をまとっているみたいに見える。
「傘、忘れたの?」
「うん。走ってきたから大丈夫」
彼女はそう言って、僕の隣に並んだ。手すりに腕を乗せて、同じように空を見る。肩が、ほんの少し触れ合う。夏の終わり特有の、湿った風が二人の間を通り抜けていった。
僕は彩花の横顔を盗み見た。長い睫毛が、雨粒みたいに光っている。彼女が僕の視線に気づいたら、どう思うだろう。きっと、またからかうだろうな。「何、見てるの?」って。
「ねえ、湊」
彩花が、急に真剣な声を出した。
「もし、私がいなくなったら、どうする?」
心臓が、ぎゅっと縮んだ。僕は煙草を指で潰した。火もないのに。
「急に何だよ」
「ただの想像。夏休みももう終わりだし、なんか……考えちゃうんだよね。時間って、勝手に過ぎていくじゃん」
彼女の声は、雨音に溶け込むように小さかった。僕は答えに困って、ただ「バカなこと言うな」とだけ返した。彩花はくすくす笑ったけど、目は笑っていなかった。
僕は、いつも一歩引いたところから世界を見ている。彩花は、そんな僕を無理やり引きずり出すような子だった。クラスでは目立たない、普通の高校二年生。彼女は、僕の「普通」を、特別に変えてしまう力を持っていた。
その夜、僕たちは狭い部屋で並んで映画を見た。古い恋愛映画。男が女に、手紙を渡すシーンで彩彩花がため息をついた。
「手紙って、いいよね。メールより、ずっと誠実」
「今どき手紙なんて、誰も書かないよ」
「湊は書くでしょ? 意外とロマンチストなんだから」
僕は否定しなかった。否定したら、彼女の笑顔が消えそうだったから。
彩花が僕の肩に頭を預けてきた。髪からシャンプーの匂いがした。僕は動けなくなった。心臓の音が、映画のBGMより大きく聞こえる。
この距離が、どれくらい危ういものか、僕は知っていた。彩花には、僕の知らない過去がある。彼女が時々見せる、遠い目。言葉を濁す瞬間。僕はそれを、敢えて聞かない。聞けば、きっと壊れてしまう気がしたから。
雨は、夜通し降り続けた。




