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第2話 コーニャお嬢様、実は落語がお好き

 俺、上戸九うえとひさしの密かな推しだったコーニャお嬢様と、コーニャお嬢様の推しの落語家を見に行く事になった。


 俺がたまたま持っていた落語会のチケットをコーニャお嬢様が拾った事でできたこの縁。


 そもそも俺がなんでそのチケットを持っていたかというと話は今朝へさかのぼる。


○○○


「おっはよーん!」

「ったー。もも!いきなり後ろから頭を叩くんじゃないよ」

「いきなりじゃないよ。おっはよーん!って言ってから叩いたよ」

「ほぼタイムラグ無かったんですけど!」


 登校中に俺をどついてきたのは幼馴染である桃子。学校は違うのだが家が近所なのでよく登校中に一緒になる。


 桃子は俺と同い年の17歳だがなんとこの歳で落語家をしている。親が落語家なのだ。


 春家梅歌はるやばいか

 50歳と落語家の中では中堅と呼ばれるポジションだが古典落語の名手として知られ、テレビのCMでもたまに見かける落語界の有名人だ。

 俺は家の事情もあり子供の頃から落語家の知り合いが多い。その家の事情は……まぁおいおい説明するが。


 梅歌師匠も俺からしたら子どもの頃から知ってる近所のおじさんだ。

 高座の上では昔ながらの古典落語をしているが普段は面倒見のいい気さくなオッさん。

 ダジャレばっかり言うし、ゲームも好きでよく一緒にプレイした。俺からしたら友達感覚。


 そしてその娘の桃子は中学3年で親である梅歌師匠に弟子入りした。

 師匠は仮に入門するにしてももっと遅くと思っていたが、桃子の1日でも早く落語家になりたいという強い意思に折れたらしい。


 桃子は"春家もも"と名付けられ落語家の修行を始めた。

 昼は学校へ通い、夜は寄席で楽屋修行をする学生落語家。

 何より有名落語家の1人娘で可愛い(と言っておこう)という事もありももの人気は鰻登り。


 前座ぜんざという落語家の修行期間でありながら下手な真打よりも人気という寄席よせのアイドルっぷりだ。

 俺からしたら梅歌師匠と同じで子供の頃から知ってるガサツでおしゃべりな幼馴染。コーニャお嬢様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。いや、コーニャお嬢様に爪の垢なんかない!


「今日も放課後は寄席なのか?」

「そうだよーん。九くんは知ってるでしょ。前座は365日お休みがないって」

「そりゃ知ってるけどさ」

「へへへ、それも九くん……というかおじさん、おばさん達次第だけどねぇ」

「そしたらまぁ暫く休みはないなぁ」

「うー、疲れたぁ。たまには休みたーい!」

「お前が選んだ道だろ。頑張りなさい」

「はーい」


 なぜうちの両親がももの休みに関わるか……もおいおい説明しよう。

 落語家の修行期間である前座は1年間365日休みがない。毎日落語家のホームグラウンドである寄席よせで楽屋仕事をしたり、師匠のお供で地方へ遠征したりと忙しい。そんな前座修行が3年ほど続く。

 更に学校へ通いながら修行している桃子の事は内心尊敬している。休みたいなんて愚痴も幼馴染の俺にしか言えないのだろう。


「まぁもうちょっとの辛抱だけどね。来年の春には前座修行から解放されるし」

「そっか。いよいよ昇進か。お疲れさん」

「昇進したら毎日寄席に行かなくて済むと思うと嬉しくもあり、寂しくもありだねー。それでも解放感はあるんだろうなぁ。九くんはお祝いしてよね!」

「へーへー」


 そんな何気ない話をしながら歩いているとももがふと思い出したように手をポンと叩いた。


「そうそう、はいコレ」

「ん?」


 ももがカバンから取り出したのはチケット2枚だった。まぁ桃子が差し出すチケットといえ……


「落語会か?」

「そーそー、私のおと……師匠の独演会。もちろん前座は私。2枚あるからお友達誘ってきてよ。新しいファン増やしたいからできたら普段落語会に来た事ない人で」

「って言われてもそもそも俺の友達は殆ど落語聞いた事ないやつだよ」

「なら尚更いいね! 九くんも最近ご無沙汰だしさ」

「いや、普段から聞いてるし……」

「客席から見るのは久々でしょ。とにかく来てよね。って今日日直だから急がなきゃ。先行くねー」

「あ、おい。まだ行くって言ってな……」


 そうして俺の言葉を最後まで聞かずにももはピューっと走り去ってしまった。



○○○


 という事があり俺は落語会のチケット2枚を持っていたのだ。友達を誘うかどうか迷っている内に放課後になり、何故かコーニャお嬢様がそのチケットを拾い今に至る。


 目の前には落語会に誘われて目を輝かせているコーニャお嬢様。普段は清楚なコーニャお嬢様のこんな顔は初めて見る。


「でも意外だな。コーニャお嬢様が落語好きだなんて」

「何言ってるんですか!」

「はい?」


 コーニャお嬢様が大きな声を出して俺にグイっと詰め寄ってくる。綺麗な顔が……ち、近い……


「落語は素晴らしいです。私はお祖父様のお部屋で沢山聞かせていただいたのですが、目を瞑るだけでそこに広がる江戸の世界。お一人で語っているだけなのに何人にも見えるその話術。映画でも絵画でも味わった事のない魅力的な世界。Très bien(トレビアン) !」


 コーニャお嬢様は興奮気味に語り最後にはフランス語で叫んだ。素晴らしいって意味だったか。


「特に梅歌師匠は私の推しです! その名の通り花の様な色気と歌う様な口調で語られるとウットリしてしまいます……」


 コーニャお嬢様は両手を前に組みまさにウットリという表情をしている。それこそ梅歌師匠の落語を思い出しているのか。


「そ、そんなに好きなんだ。じゃあ結構落語会にも通って……」

「あ……それが……」


 それまで落語の話にグイグイと来ていたコーニャお嬢様が急にモジモジしだした。なんだろう?


「これまではお祖父様の持っていたCDやビデオで見るばかりで……。お祖父様は私が大きくなったらいつか連れてってやると仰っていたんですが……3年前に亡くなってしまって……」

「そうなんだ……」

「お父様とお母様は落語には全く興味なく、私はお祖父様の遺したCDやビデオを見たり、配信を見るばかりでした。お祖父様も好きだった梅歌師匠の落語会を配信で見て、その娘さんのももちゃんも好きになり……。いつか生の寄席に行きたいと思っていたんですが……」

「まぁ、いきなり行くのはハードルが高いよな」


 若者が寄席や落語会に行くのは少々敷居が高い。ましてやお嬢様が1人で行くのは相当な勇気がいるだろう。


「なので……落語会のチケットを見て……行きたい……なと……」


 先程までグイグイ来ていたコーニャお嬢様は今度は目を潤ませ懇願するように訴えてきた。こんな風にお願いされちゃったら……


「わかったよ。連れて行ってやるよ」

「あ……ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございますー」


 よほど嬉しかったのか何度も頭を下げるコーニャお嬢様。そこまで喜んで貰えるならこちらも嬉しい。


「えっと、じゃあ待ち合わせはどうしようか? コーニャお嬢様」

「コーニャで」

「へ?」

「お嬢様って付けなくていいですよ。コーニャとお呼びください」


 少し照れくさそうに言うコーニャおじょ……コーニャ。

 俺は今日ずっと無口で清楚だと思っていた推しが意外とグイグイくる子で、こんな笑顔をするんだなと知った。そしてなんと呼び捨てにする権利を得てしまったのだ。

 そんな推しと落語会とはいえデート……できるという幸運。


 あれ、俺はもしかして今日死ぬの……?

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