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01王立学園の卒業パーティー。シャンデリアが輝く大ホールの中心で、私の婚約者だったはずのジェラルド第二王子が声を張り上げた

「フロラベル・ヴェルデ。貴様との婚約を破棄し、国外追放を言い渡す!これは冗談ではない」


 王立学園の卒業パーティー。シャンデリアが輝く大ホールの中心で、私の婚約者だったはずのジェラルド第二王子が声を張り上げた。

 傍らには何故か桃色のふわふわした髪を揺らし、守ってほしいと言わんばかりに袖を掴む少女がいる。確か平民出身の聖女、メレンだ。


「ジェラルド様……私、フロラベル様に睨まれて怖いですぅ……」


 メレンが震える声でわざとらしく呟く瞳の奥には、前世で乙女ゲームをやり込んだ人間だけが持つ歪んだ全能感が透けて見えた。そう、彼女も同じ外側を知る転生者みたい。


「安心しろメレン。草を生やすしか能のない女、我が国には不要なんだ。どうもでもなる」


 ジェラルドが冷たく指差す。こちらの魔法は植物操作。荒野に芽を吹かせ、作物の病を癒やすから派手さはないが、国の農業を支えてきた自負はあった。けれど彼はそれを泥遊びと蔑んだ。許せはしない。


「お前の魔法などメレンの光魔法があれば代わりはいくらでも利く。魔法は一瞬で枯れ木に花を咲かせる奇跡の力だ」


「お待ちください。メレン様の魔法は土地の魔力を前借りして無理やり……!」


「黙れ!嫉妬で見苦しいぞ!」


 怒声にかき消されメレンが、こちらだけに聞こえるような低い声で、クスクスと笑う。


「フロラベル様。脇役はさっさと退場して。ヒロインは、私なんだから」


「はぁあああ」


 自分が放つ光が、土の中の目に見えない微生物や地脈を焼き尽くしていることに気づいていない。気づいていて無視しているのか。関係ないかと頭を下げた。

 これ以上何を言っても無駄。数ヶ月、国の植物たちの悲鳴が聞こえていた。もう土地の寿命は長くない。ため息を吐いて終わらせよう。


「ジェラルド殿下、メレン様。光がいつまでも絶えぬよう、お祈り申し上げます」


 最低限の荷物だけをまとめ、馬車に乗せられた。

 行き先は、隣国ガルディア帝国との国境沿い。草一本生えないと言われる、死の岩山地帯。

 馬車が城門を出る間際、私は窓から王国の空を見上げた。


 馬車から放り出されたのは、草一本生えない剥き出しの岩山だ。王国の端、隣国ガルディア帝国との国境地帯。ここは魔力が枯渇し、一度枯れたら二度と再生しないと言われる死の大地。


「……ひどい。土が、泣いてる」


 前世で植物学者だった私には、地脈の淀みが肌でわかった。ジェラルド殿下は「ここで野垂れ死ね」と言ったけれど、絶望的な場所こそが世界で一番魅力的な研究対象に見えていた。


 懐から、一つまみの種を取り出した。王宮の温室で品種改良を重ねてきた、魔力耐性の高い特殊なクローバーの種。


「土に還れ命の源。緑の息吹グリーン・ブレス


 指先からほんの少し魔力を注ぐと、灰色の地面に小さな緑の点が灯った。岩の隙間に根を張り、ぐんぐんと広がっていく。不毛の地で魔法だけが唯一の生を刻んでいた。


「そのような魔力をどこで手に入れた」


 背後から凍てつくような低い声が響いた。振り返ると漆黒の軍服を纏った一人の男が立っている。

 夜の闇を溶かしたような黒髪に鋭い氷のような青い瞳。背後には完全武装の騎士たちが控えている。


 ガルディア帝国の皇帝、アーレイ・ダルダ・ガルディア。


 華氷皇帝の異名を持ち、大陸最強の魔導師とも謳われる男だ。


「……通りすがりの植物好きですアーレイ陛下」


 震える膝を隠して貴族の礼をとった。アーレイは健気に広がる緑のクローバーをじっと見つめ顔を覗き込んだ。


「嘘をつけ。この地の地脈は死んでいる。いかなる高位魔導師でもここに芽を吹かせることは不可能だ。貴様、名を」


「フロラベル・ヴェルデ。先ほど、王国を追放された身です」


 答えを聞いた瞬間、アーレイ様の瞳に鋭い光が宿った。


「ヴェルデ……緑の穀倉と謳われた王国の農業を支えていた令嬢か。ジェラルドの愚かさには感謝せねばならん。宝をドブに捨てるとは」


 無造作に歩み寄ると汚れを気にする様子もなく、大きな手で手を取った。


「フロラベル。我が帝国は今原因不明の砂漠化に苦しんでいる。その力、帝国のために振るえ。報酬は望むだけの自由と研究費。断る理由はなかろう?」


 瞳は噂に聞く冷淡なものではなかった。切実に守ろうとする者の光。


「私のわがままを、聞いてくださいますか」


「国を緑に変えるなら俺の心さえも差し出そう」


 捨てた王国に背を向け、帝国の聖樹守護としての第一歩を踏み出した。


 *


 帝国ガルディアの首都。繁栄を物語る巨大な石造りの街だったが、今は絶え間ない砂嵐にさらされ、街の至る所が砂に埋もれかけている。


「フロラベル。中庭を好きに使え。帝国の希望の第一歩だ」


 アーレイに案内されたのは皇宮の広大な中庭。王族が憩ったであろう場所だが、今はひび割れた大地と枯れ果てた噴水の残骸があるだけ。


「……陛下、最初にお伝えしておきます。私は一晩で森を作るような奇跡は起こせません」


 しゃがみ込み、乾燥して硬くなった土を手に取った。


「植物には順序があります。まずは土を、彼らが呼吸できる場所に変えなければなりません」


 アーレイは驚いたように眉を上げた。王国のジェラルドたちは今すぐ花を咲かせろと無茶ばかり言っていたけれど、この方は違う。


「お前のやり方に任せよう。必要なものは」


「根の強いクローバーと魔力を蓄える性質を持つ吸水苔。それから、街の家畜たちの排泄物……つまり肥料です」


 公爵令嬢が肥料うんちと言ったことに、周囲の騎士たちは絶句していたけれど、アーレイだけは「面白い」と口角を上げた。


 それから泥にまみれる毎日。


 第一段階。魔法で吸水苔を岩の隙間にびっしりと張り巡らせ、夜露を逃さず土に溜め込む。

 第二段階。窒素を固定する特殊なクローバーを植え、土に栄養を戻す。

 第三段階。魔力を薄く、長く流し込み、土の中の微生物を活性化させる。派手な光も巨大な花も現れないけれど、一ヶ月が過ぎた頃。


 茶色一色だった中庭にポツポツと力強い萌黄色の絨毯が広がり始めていた。


「……冷たい」


 視察に来たアーレイが中庭の空気に触れて呟いた。砂漠の熱風が中庭に入った瞬間、植物たちの蒸散作用によってひんやりとした清涼な風に変わっているのだ。


「枯れていた噴水の底から水が湧き始めました」


「何……?」


 魔法で水を出したのではない。植えた水守りの樹の幼苗が、地中深くのわずかな水脈を探り当て地上へと導き出したのだ。


「お前は……本当に令嬢ではないな。この国を、救ってくれるのかもしれない」


 手が頬に触れる。手は初めて会った時よりもずっと温かかった。


 その頃の片方。一方の王国のジェラルドとメレンは焦っていた。メレンが光魔法で無理やり咲かせた巨大なバラ園は、わずか一週間で無残に枯れ落ち、その後の土地は焼けたように真っ黒に変色してしまったから。


「メレン、なぜ次の花が咲かない!穀物も実らないぞ!」


「わ、わかりません!フロラベル様の呪いですきっと!私魔力が欲しい……ジェラルド様もっと光を捧げてください!」


 メレンがジェラルドの手を握るとジェラルドの顔色が目に見えて土色に変わっていく。無意識に、周囲の人間の生命力の魔力を吸い取り始めていた。

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