36話 『落ちてきた意識』
短かったので最新話と結合しました。
エリザ嬢とユリアを一方的に見送って、俺は俺で世界に理没する。
ちなみにプレゼントボックスはいまだ夢世界に浮いているのだが、新しい情報は無かった。
「あー」
声を出してみる。 勿論響き渡るなんて事は無い。
「れでぃ……ごっ!」
それなりの距離を駆け抜けてみる。 疲れる事は無く、しかし進んでいる気にもなれない。
「ほっ」
飛び跳ねてみる。 数cmしか跳べなかった。 でも椅子には登れるんだよな……。
他にもさまざまな運動をしてみたのだが、こけたり身体が動かないなんて事は無く、予想通りというか思い通りの動きが出来た。
ふむ。
スクリーン。
そう思うと、スクリーンが浮かび上がった。 しかし、そこには何も映っていない。 昨日のエリザ嬢やユリアの柔らかい感触を思い出しても、何の映像も映らない。
ティーセット。
目の前にティーテーブルとティーカップ、ティーチェアにティーポットが現れる。
ティーチェアに登り、ティーポットを枕の右上角で掴む。 明らかに掴みとれる接地面積じゃないが、ティーポットが落ちる事は無い。
そのまま持ち上げ、ティーカップに向けてポットを傾けてみる。 アンバーの輝きと共に出てくる液体。 紅茶。
カップからポットの口を逸らす。 つまり、ティーテーブルに向けて紅茶を注ごうとする。 トポトポと零れ落ちる紅茶。
普通にティーテーブルは水浸しになった。
「……」
ティーポットを置き、ティーカップを持ち上げる。
未だ湯気立つソレ。
それを、地面に落としてみた。
割れて破片となるカップ。 飛び散る紅茶。
「……」
無心でソレを見つめてみるが、消える様子はない。
しかし、片付けるか。 そう思った瞬間。
砕け散ったカップもこぼれた紅茶も、消え去った。
うーむ。
「俺的にはこんなのは魔法というしかない……が。 自覚夢だってこういう事が出来るらしいしなぁ。 やっぱミルト嬢あたりに枕で眠ってもらうのが一番……か」
口に出してみる。 口は無いのだが。
消え去ったカップは再度思えばティーテーブルの上にも、俺の目の前にだって現れる。
やっぱり魔法っぽい。 他のモノは出せないのだろうか。
PC!
TV!
音楽プレイヤー!
「……デスヨネー」
何も出ない。
とりあえず、俺の知識にあるモノが出てきているわけじゃないという事だろうか。
ならば。
三面鏡!
物干し竿!
湯桶!
「……これもダメか」
ローレイエル家の備品だ。 存在自体は知っていても、デザインはこちらの世界の物だったからいけると思ったんだが……。
もっとよく見てるモノならいいのか?
エリザ嬢のネグリジェ!
エリザ嬢の化粧道具!
エリザ嬢の制服!
パサリ。
枕に布がかかった。
「……お?」
布から抜け出してみれば、それは明らかにエリザ嬢が学園に来ていくときの制服。
サイズもぴったりだ!
しかし、なんでコレだけ現れたんだ?
「……」
ユリアの侍女服!
パサリ。
非常に重い布が落ちてきた。
ユリアの侍女服だ。 こんな重いモンいつも着てるのかアイツ……。
ペイティの侍女服!
「あっるぇー?」
何も出ない。 何の違いがあるんだ? 同じモンだからか?
ペイティの夢の中に出てきたエリザ嬢の私服!
「おぉ、出た」
しかしコレ、俺が直接みたモノでもない上に一度くらいしか見てないぞ?
どういう法則だ?
ミルト嬢の制服!
何も出ない。
セシリア母ちゃんの耳飾り! ディニテ母ちゃんの腕輪! ミルト嬢の簪! ミカルスの騎士服! アトゥー父ちゃんの万年筆!
ロザリアの黒縁眼鏡!
カラン。 そう軽い音を立てて、黒縁の眼鏡が降ってきた。 他の物は顕れていない。
「……法則を教えてくれ法則を」
黒縁眼鏡を掴んでみる。
軽い。 あと簡単に曲がりそうな素材。 見た目からして、明らかにプラスチック。
グッと力を込めて、レンズを外そうと試みる。 が、外れない。
逆かと思って表側からグッとしてみるが、外れない。
レンズを通して夢世界を見てみる。 主にティーテーブルの辺りを。
「あれ?」
全く歪んでいない。
もしかしてコレ……伊達?
なんのために伊達眼鏡なんかつけてるんだ……?
……。
ロザリアの私服!
「……これは出てくる、か」
ペイティの侍女服は出てこなかったのに、ロザリアの私服は出てきた。 ペイティの夢でみたモノだ。
エリザ嬢と関わりが深いモノ……ってわけじゃないよな。 ネグリジェ出てこなかったし。
ユリアの私物は……俺は知らないんだよなぁ。 悪ガキver.のユリアならわかるんだが……今の年齢に近い姿だと、ずっと侍女服だし。
それか、ロザリアに関係あるモノだったりして。
――……。
「ん?」
何か……聞こえたような。
まぁ何かいるのは確実なんだよな。 異物感あるし。
それが何かってのはわからないんだが……。 悪いモノじゃない感じはするんだよなぁ。
む。
流石にベッドに乗られたら気付くぜ、セシリア母ちゃん。
「……ふむ」
娘と、夫の部下の娘である侍女がともに眠った枕。
昨日の家族会議で、あの子達は不思議な事を言っていた。
なんでも私達ですら集め得なかった情報を、夢から得たらしいのだ。
正夢……とは違う。 得た情報が限定されすぎだ。
ペイティがエルフである等、思い付きとは思えない。
しかし自身もミカルスも夫も、そんな夢は見たことが無かった。
つまり、秘密は寝具。 ベッドかシーツか……枕か。
娘が異様に依存している枕。 確かに一度触れた時、とても心地よかったのを覚えている。 枕で寝たわけでもなく、触れただけで心地よかった。
仕事柄、様々な高級品質の寝具に触れる自分が。
あの枕は確か、娘と親交の深かった魔法使いが残して行ったモノ。
魔法……自身には使えない、理解し難い超常。
シャフト・ランキュニアーと娘の友人の魔法使い。 ローレイエル家として関わった2人だが、やはり今一理解できたとは言い難い。
自身の受け継いだ名でもあるシオンが、シャフト・ランキュニアーの方は邪悪でないと告げているのだが……。
娘の友人の魔法使いである、ロザリア・クロス=クロイツ=クロワ=クローチェ=クロチフィッソに関しては何も告げてこない。 ソレに渡された枕。 怪しい以外のなんでもないだろう。
「……初代アンチュイ・シオンは、火中にすら単身で突っ込んだというし……」
初代は破天荒な男だったと聞く。 全てを予感染みた直感で行動し、最後まで最善を取って生き続けたと。
なら、9代目とはいえ自身もシオン。
娘のベッドで寝てみると言うのも、直感が告げるのだから最善なのだろう。
最早癖となった一切足音を立てない足運びでベッドに近づき、ベッドに乗る。
娘の大切なモノを使うという罪悪感からか、どこか枕に見咎められているような錯覚を受ける。
ふにゅ。
やはり、心地よい。 掴んだ掌から、指先から伝わる感触は、最上級のソレ。
娘が起きてからそれなりの時間が経っているはずなのに、とても暖かい。
保温性が良い……だけではない様に思える。
仰向けに寝てみる。
「……これは」
娘が手放したくないと言っていた気持ちが――よく分かった。
なんという寝心地の良さ。 柔らかいだけではない。 程よい弾力と、既に死んだ母を思い出すような包容力。
全てが最高。 これは――溺れてしまう。
「意識が……保てな……」
日々の疲れが出たか。 眠気を制御できない程だったとは思わなかった。
アトゥーが休めと言って来たのは、妻だからという理由だけではなかったのかもしれない。
セシリア・シオン・ローレイエルの意識は、暗い世界へと落ちて行った。
『ここは君のようなお嬢さんが来る場所ではないよ。 そこの戦闘狂ならともかく……おっと』
『誰が戦闘狂って? でもま、怪力馬鹿の言うとおりよ。 ここは軍。 大商会の娘さんには似合わないわ』
これは……アトゥー父ちゃんと……ディニテ母ちゃんかな。
『む? 俺に用があるのか? ……すまない、君に会ったのは一度だけだったはずなのだが……』
『厳しい軍の戒律に耐えられなくなったとはいえ、シオン商会の次期当主に手を出すとは思わなかったわ。 試合は不戦勝で私の勝ちね?』
主観視点か。 しかも声がわからないタイプ……。
『馬鹿を言え! ――は?』
『え……今、なんて?』
なんて言ったんだ! 気になるわ!
『えーっと……誰かと勘違いしていないか? その、自分で言うのもなんだが俺が君に釣り合うとは思えないのだが……』
『……ふぅん? 私はお邪魔かしらぁ~?』
うわ、めっちゃニヤニヤしてる。
『そんなことはない! 君は美しいと……あ』
『ぷっ……つまり、怪力馬鹿があなたにとっての黄昏の王子様?』
なんかラブコメしてないか。
『直感……? そんなあやふやなモノで、君は人生を棒に振ろうとしているの、む!?』
『……行動力があるってモンじゃないわね。 なるほど、男は自ら振り向かせてナンボよね』
男のドアップは……うん。 いきなりキッスしにいったのかセシリア母ちゃん。
『……君は! 自分が何をしたのかわかっているのかね! ――は?』
『嘘でしょ? つまり……知らなかったのはコイツだけ? っはぁ~、外堀埋めすぎでしょ。 アトゥー、諦めなさいな。 これはもう逃げるのは無理よ』
何か渡した……もしかして婚姻届とかか?
『いや、しかし、だな……』
『え? 私がこいつを? 無い無い。 それは確実にないわ。 この怪力馬鹿は幼馴染だけど、私には既に心に決めたヒトがいるのよ。 こいつに恋心抱くなんてありえないわ』
『……あぁ、前の戦争で出会った奴か。 リーフデと言ったか?』
『えぇ。 あのヒト、大した力も技も無いのに、私相手に三日三晩戦い続けて生き残ったのよ? 伴侶にするしかないでしょ』
肉食系過ぎやしませんか。
『い、いや……嫌いと言うわけでは……むしろ好みの部類……ハッ』
『アトゥー、おめでとっ』
『怖気が……当たらん!』
何このラブコメ主人公。
『……ここに俺のサインをするだけで……結婚になるのか?』
『わ、ローレイエル家全員のサインが既にあるのねぇ。 って、王族印!? こ、これ……断った方が’事’よ、アトゥー』
結婚前に王族に認めさせたって事か? まぁ大商会の娘と軍団長の息子だもんなぁ。
『……本当に、俺でいいんだな?』
『往生際が悪いわねぇ』
お、サインした。
『……これから、よろしく頼む。 シオンさん』
『他人行儀ねぇ! セシリアって呼んであげなさいよ!』
『…………セシリア』
野郎に抱き着く主観視点……。 いや、まぁ……うん。
「……ここは」
枕しかいなかった世界に、セシリアの姿が顕れた。
セシリアはキョロキョロと辺りを見回す。
恐らく彼女の視界に入ったのは、ポツンと存在するティーセットと……様々な衣服に埋もれる枕だろう。
「あ」
フッと衣服が消える。
「……どこにいるのかしら?」
「あー、俺俺。 目の前にいる枕」
「……なるほど、あの子達に情報を与えていたのはアナタね?」
得心が行った。 そういった感じで頷くセシリア。
一頻り頷いた後に顔を上げたセシリアの瞳は、少女のように輝いていた。 このヒト結構歳喰ってた覚えがあるんだけどねぇ。
「情報を与えてたワケじゃねーよ。 エリザ嬢たちが見る夢で情報交換してるだけだ」
「エリザたち、ね。 エリザとユリアちゃんと……ペイティ辺りかしら?」
「おー、やっぱりすげー直感だ。 いや、仲がいいからわかるってだけか?」
「やっぱり……ってことは、私についてもある程度わかっているのね」
「セシリア・シオン・ローレイエル。 エリザ嬢の母ちゃんだろ?」
相も変わらず口の悪い枕と、家族に話すよりもいくらか硬いセシリア。
しかし何故セシリアの服はネグリジェなのだろう。 そんな設定した覚えはないのだが。
枕が設定したのか?
「見る夢で情報交換と言ったわね。 もしかしてここで夢を保管したり出来るの?」
「あー、そんな便利な事は出来ん。 俺が覚えてるだけだよ。 あ、まぁ保管しておける夢もあるみたいだけどな」
ホレ。 そう枕の角でセシリアの視線を促す。 その先にあるのはシルバーアイズの残したプレゼントボックス。 真っ暗な空間に暖色と暖色。 違和感この上ない。 これ以外のデザインを思い浮かばなかったのだろうか。
「それは?」
「シャイニングスター・シルバーアイズがペイティに渡した夢だよ。 記憶とか記録とかって言った方がいい内容だけどな。 ほら、さっきの会議? でユリアが夢で見たって情報だよ。 シルバーアイズとリロイのおっさんが話してる奴」
「不敬ね。 ま、私も昔は呼び捨てだったし……ここ、夢なんでしょ? ならいいわ」
「案外軽いのな。 ディニテ母ちゃんもそうだったけど……」
「ディニテよりはしっかりしてるつもりよ? ぼやっとしてたけど、さっき見ていたの私とアトゥーの馴れ初めでしょう? あの頃のディニテは戦いしか眼中にない子だったし……」
それはシャルルー家の血であるのかもしれない。 先代と先々代は薄かったが。
「ま、ディニテの話はどうでもいいのよ。 それよりリロイ様とシルバーアイズ様の夢。 まだ見る事は出来るかしら?」
また見るのか。 3回目だぞ。
「ん、おう。 そこのプレゼントボックスのリボン解いてみ。 再生されるから」
「……こうかしら」
箱から光が漏れ、辺りが包まれた。




