4.能力―2
高無は走った。頭に残っているのは、砂影が叫んだ山へ向かえという言葉だった。一旦はその場から離れるために方向は選ばずに走ったが、すぐに山へと向かうために方向転換した。
高無は走った。涙は自然と流れていった。
(そんな、そんな……ッ!! 砂影君がッ!!)
砂影が、
「きっと、勘違いされただろうな」
突き立てた二本の刃が、敵の動体と首を、貫いていた。
敵は何が起きたのか、それを理解する前に、八本の足の力を失い、崩れ落ちるように地に落ちた。
敵の巨体が落ちると、村の地面を構成する砂が一気に舞い上がった。それ程の大きさと体重があったという事だった。そしてその敵の上に足に力を込めてバランスよく立つ砂影は、そのまま踏ん張り、二本の日本刀を引き抜いて、どちらも腰へと戻し、やっと、敵の上から飛び降りた。
敵の前へと立ち、地面に曲がって落ちたその顔をまじまじと覗き込む。観察した。今までに見た事のないその姿を見て、気味の悪さを嫌悪感と感じつつ、調べるように、記憶するように、ひたすらマジマジと眺めた。
蟷螂のような顔だが、顔だけで見れば虫というよりは、何か奇妙な哺乳類という印象を受けた。だが、大きな複眼を見るとやはり虫と思えた。
「こいつは一体何なんだ……」
顔を引いて、思わずそう呟いた。顔を引いて全体像を見たところで、悪寒が走り、鳥肌が立った。不気味で、存在だけで嫌悪感を感じさせる恐ろしい存在が、目の前に転がっていた。
風穴から緑の蛍光色の血液が溢れ出ていた。これが敵であるという事は理解していた。
(橘さんから聞いていた宇宙人って話……。まさか、こういう形だったとは……)
当然、この時疑問を抱く。
今まで敵だと戦ってきた宇宙人は、全て、人間の形をしていたのだ。
それが実は変身能力があるからである、という答えは、まだ、砂影は知りえない。
一度、砂影は敵の頭を踏みつけ、動かない事を再度確認すると、すぐに踵を返して山へと向き合った。
向かう先は決まっている。
「早く成城さん達と合流しないと」
一歩、踏み出した、その時だった。
「逃げんのかァ?」
砂影の足が、止まった。
嫌な予感、というよりは、素直に、単純に驚愕、であった。
まさか、そんな、馬鹿な、という気持ちが砂影の胸中に一気にこみ上げてきた。
ゆっくりと、振り返ると、そこには、
「砂影君よぉ」
瓦礫を持ち上げ、振り払い、そこに、屹立する清瀬の姿を、見た。
血まみれだ。服もあちこちやぶけ、そのあちこちから真っ赤な鮮血を垂れ流している。
真っ赤な血液。人間である証明だ。
既に見た光景ではあるが、改めて、その確認をすると、何故人間なのに人間を殺すのか、という考えを超えて、やはり、殺さなければならないとお見直す。
今更ではあるが、見て、理解した。
「お前、宇宙人倒したな」
「何を今更」
清瀬の右手には、しっかりと刀が握られていた。それを見る事もなく、砂影は腰から二本の刀を手にとった。
ここで、砂影が警戒したのは、気づかれたのか、という事。
たった今、砂影は、敵を倒すためにここにきて初めて、能力を使用した。それが故、高無にも死んだ、殺された、と勘違いをされてしまった。
そんな砂影の能力は、
「お前がさっき死んだように見えたのは、能力か。俺も、当然持ってるぜぇ……」
そう言って、清瀬は笑んだ。
「…………、」
砂影は敢えて返事は返さなかった。
問題は山積みだった。
まず第一に、砂影の能力が発動したのは、高無が目覚めてからである。それは、意識を取り戻した高無を逃がすために、使用したからである。つまり、あの強靭な握力に脇腹を掴まれ、潰されたのは、何の嘘もなく、事実である。
「ふぅ……ッ」
いくら砂影が超人的な身体能力を得ていると言っても、いくら怪我の回復速度が早いと言っても、いくら見た目回復しているように見えても、骨ごと内臓を握りつぶされたその強烈な一撃の残した牙の後は、そう素早く消えるはずがない。
痛みは大分引いていた。だが、身体に違和感があった。
超人的な回復力があるからこそ、痛みは引いたが、まだ、身体は治されている途中なのだ。内臓が潰れ、骨が砕かれ、粉砕された骨が握りつぶされたトマトのようになった内臓に突き刺さっている状態が、まだ、続いているのだ。
動きが、悪い。関節が錆び付いたロボットのようだった。
一度、清瀬を睨みつけたまま、砂影は深く深呼吸をした。自身を落ち着かせるために、身体の感覚を少しでもリセットしようと。
(能力の事が知られたかどうかは関係ない。俺の能力がそれだけで破られるわけじゃないからな。が、相手はバケモノだ。気を付けるに越した事はない)
ここでもまた、砂影は待ちの姿勢を取った。
身体の回復のための僅かな時間稼ぎと、相手の動きを確かめるためだ。特に後者は重要である。清瀬は、自ら宣言した。自身は能力を持っていると。能力という言葉が出てきた事で、清瀬が本当に能力を使えるのだ、とすぐに確信に至る事が出来た。そして、それは能力を使用出来る、という合図でもある。成城のように、持っていながら『まだ』使えない状態ではない、という事である。
清瀬の持つ能力に、警戒せなばならない。
清瀬は砂影が能力を使えると知ってしまった。清瀬が先の通りに能力を使わない、という事はまずないだろう。
清瀬が不気味に笑んでいる。そして、迫ってきている。
(速度も動きも、戦い慣れているとは思えない)
斜め下から反対側斜め上まで切り上げられる一閃を、砂影は一本の刀で弾き、そして、もう片方の刀を振り下ろした。
が、気づけば、その攻撃は刃で受け止められている。弾いたばかりの刃で、だ。
(ただ、反応、反射神経が良いんだろうな)
そして、判断する。
これは、能力には関係ないだろうな、と。
攻撃の応酬が激化する。刀と刀が打ち合う。火花が散り、閃光が炸裂する。金属音が響く。あまりに連続して響くため、電動ノコギリで延々と鉄板を切っているかと思う程の様態だった。
耳が劈かれる程であった。
だが、二人はそんな事気にしない。
戦闘だけに集中していた。
攻撃が飛び交う。最初の動きにのみ、防御はあった。
いまは、互いとも、攻撃で攻撃を弾き、受けとめ、攻めている状態である。それは、互いともここで殺してやるという覚悟の現れなのだろう。
砂影は清瀬にこれ以上仲間を殺させないために、清瀬は目を奪った砂影を殺すためだけに。
刀の数は問題なかった。戦い方の問題だ。どのスタイルが誰にあっているか程度の問題でしかなく、互いとも、ベストである。砂影は二本の刀をそれぞれの手で器用に操り、清瀬は一本の刀を両手で自在に操っている。
押して、押されの攻防が続いていた。
転機が訪れたのは、極僅かな動きの変化だった。
忘れてはならないのは、砂影の身体は、まだ、治療中だったという事。そして、それは、清瀬も同じだったという事。清瀬もつい先程まで、宇宙人による建物の崩壊に巻き込まれていたのだ。古ぼけた建材ばかりで、大したダメージにはならなかったが、動けなかったくらいだ。それを身体は治していた。
問題は、その度合いである。
圧倒的に違うのは、受けた攻撃に、殺人意思があったかどうかである。
清瀬は巻き込まれただけ。そして砂影は、敵が砂影を殺そうという攻撃を受けたのだ。風穴まで開けられ、骨を砕かれ内臓を潰された。
つまり、圧倒的なハンデがあった。
戦闘の間無傷でいれば、体力はともかく、身体は回復する。
「遅いッ!!」
砂影が叫んだ言葉そのままだった。




