3.分断―6
それを、躱す。
今更であった。間一髪、なんて言葉は既に乱用できる程に利用していた。それだけ窮地にいた。幾度となく死にかけた。既に、百近い攻撃を躱していた。
敵から見れば、その光景はまるで、途中意識を失ってしまったかの如くだった。
ナイフの刃が剥き出しのコンクリートに衝突し、その衝撃が手に伝わってから、やっと、気づけた。
成城の姿が消えたかの様だった。が、その気付いた瞬間には、眼科に入っていた。
そこから吹き出すように上へと上がる成城のアッパーが、男の顎を激しく打ち上げた。
「ッぶが、」
男の顔が上へとぶれる。当然見るモノが変わる。今まで敵を視界内に収めて的確に対処し、攻める事が出来ていたが、視界に天井が映った時点でそれは違う。
それは、隙。レーダーで全ての判断でもできるロボットでもなければ、この状態は隙にしかならないのである。
当然、前を向いている正常がその隙を見逃すはずがなかった。
正拳突き、と言えばそれまでだが、その真っ直ぐ放たれたストレートには相手を押す力、ヒットの瞬間の相手の身体に蓄積されるダメージ量、様々なモノが考慮されつつ、その『人間離れ』した力がぶつけられていた。
正常に殴られた男が身体をくの字に折り、真っ直ぐ後ろに吹き飛んだその光景は、圧巻だった。殴った正常自身が、驚く程であった。
が、驚いて立ち止まったままであるわけがない。これは未だ、隙である。
成城はそのまま駆けた。疾駆した。この短い距離を出来るだけ早く詰めようと更に足に力を込めた。
「おぉおおおおおおおお!!」
そしてそのまま、突っ込んだ。跳んだ。この短すぎる間隔の中で的確に踏み出しの位置を見出し、跳んだ。そして、壁際に座り込むように落ちた男の腹部に、成城の見事なまでの飛び蹴りが叩き込まれたのは、言うまでもない。
「ッあああああ!!」
男から激しい悲鳴が上がり、同時、その手から二度目、ナイフが離され、落ちた。
男のすぐ目の前に着地しなおした成城は、床に転がったナイフをすぐに蹴り飛ばし、部屋の隅に転がした。そして、一度、顔面を潰すかの如く蹴りを放つ。
男の顔が成城の足に激しく叩かれ、背後のコンクリート剥き出しの壁に衝突する。そして、二度目。
だが、成城の足はコンクリートが剥き出しになっている壁に衝突した。
まだ、男も死んでいないのだ。当然、
「っこの、くそ人間がッ!!」
戦う意思さえ消えていなければ、攻撃も避ける。
成城の突き出すような、押し出すような蹴りを顔を横に動かすだけで避けた男は、そう叫び声をあげつつ、そのままの体勢で、目の前の成城を蹴り飛ばした。
腹部を蹴り上げられた成城は大きく後退した。
呼吸が一瞬止まり、激痛が腹部から全身に広がるその感覚に耐えながら、成城は数歩後退してもなんとか踏みとどまるが、それもまた、同様に隙。
戦闘中だ。隙があれば相手は動く。隙を作れば攻撃ができる。体勢が立て直せる。
「くっせぇんだよ! 人間ッ!! 舐めやがってッ!!」
男は立ち上がり、成城へとずかずかと迫ってきていた。
そして再度、距離が詰まる。
そこからは、お互い、次の隙で決めてやるという覚悟の下、本気での、殴り合いが始まった。
最早、防御という考えはなかった。防御ではなく、攻撃を作る隙を生み出すために攻撃を弾く、という事はあった。が、躱す事すらなかった。
この頃になると、成城自身が、自身の内に燃え上がる程のこの人間離れした力に気付き始めていた。そしてこれが、明らかに、今までの自分のモノではないと認識していた。
そして敵も、確信していた。
(この人間ッ!! 俺達と同じ力を持ってるじゃないか!! 殺さないとまずいっての!! これじゃ、俺達が負けるのは目に見えているッ!!)
男は成城をこの場で、自らの命と引き換えにしてまでも、殺さねばならない、と確信を持った以上、覚悟した。
殺す。殺し、人間共が力を手にする前に殺しきる。
が、しかし。
既に、力を得た人間は、成城以外にも存在する。
「おぉおおおおおおおおおおおお!!」
決める。成城は相手の攻撃を払った際に、そう覚悟して思いっきり、男の胸ぐらを掴み、そして、投げた。
男の体重は少なく見積もっても外見から、六○キログラム程はあると思える身体が、成城の圧倒的な力によって、思いっきり投げられると、それはまるで、数キロ程度しかないモノを投げる程度の感覚しか成城には与えず、男は思いっきり吹き飛んだ。
成城が敵を逃がさないために、と締めていた部屋の扉に上下逆さまの状態で衝突した敵は反動でその場に頭から落ちるが、扉は枠を外れて吹き飛び、廊下の壁に衝突してくだけ、粉砕した。
廊下の景色が一瞬消失した。扉が吹き飛んだ勢いで積もり積もっていた砂塵や埃が舞い上がったからだろう。が、男が想像以上に早く立ち上がり、入口を塞いだ事でその景色はやはり、見えなくなってしまった。
扉という脆すぎる壁が消えた事で、成城は敵が逃げてしまうかとも思ったが、そんな心配は、必要なかった。
男は振り返りもせずに真っ直ぐ成城を睨み、そして、再度、成城へと衝突する。
当然だ。成城はここまで来て敵を逃げすつもりがなく、もとより敵に逃げられても高無と里中を救えれば満足だが、今の敵は、違う。敵は、成城を危険視し、この場で自らの命と引き換えにしてでも殺さねばならないと覚悟し、決心している。命を賭している以上、身を引く理由なんて全くない。
が、先に言った通りである。
力を手にした人間は、成城以外にも存在する。
「おまたせ。成城さん」
そう聴こえた気がした。聞こえてもなお、成城も敵も攻撃を止める事はなかったが、成城が、軽く胸元を押され、一歩後退したその瞬間、目の前で恐ろしい程の表情で戦っていたはずの男の首が、吹き飛んで、部屋の壁に衝突したのが見えた。
あまりに早すぎる動きだった。
目で追うのもやっとだった。が、目で追えていた。故に、理解出来た。
「砂影君……、」
この時、無理矢理に戦闘を中断させられて成城がまず思ったのは、結局の所、助かった、であった。
どれだけ相手を殺す覚悟をしようが、誰かを助けると覚悟しようが、自分の死を厭わずに敵に立ち向かおうが、何にせよ、極地の中で、恐怖していたことには変わりない。
自分の手によるモノでなくとも、一瞬でも、呼吸を通常通りに出来た事で、安堵した。単純過ぎる程に、安心した。
思わず、膝に手を着いた。敵が死んだ、死なない、と考えがおいつていないながらも、終わった、と感じ取ってすぐに落ち着いた。
そんな成城を、砂影が肩を持って支えてやった。
「すごいね。成城さん。俺と離れている間に何かあった?」
そう問いかけてくる砂影のその言葉を聴いて、改めて、この男はすごいな、と思い直した。
「姫衣!」
同時、砂影と一緒に入ってきた見知らぬ女が里中へと駆け寄ったのが分かったが、砂影が動かない以上、敵ではない、と察して今はまだ、挨拶も後にしようと成城は思った。
ここで、成城、砂影、里中、橘の四人が合流した。
ここから、四人は高無を救いに、南に見える村に向かう事になる。
「大丈夫。君達の状況はわかってる。それに、あの青年。既に力を持ってたよね? だから多分大丈夫だから。佐伯さん、だっけ。貴方にはこっちに無理矢理でも来てもらった」
「力……? 何の事なんだい?」
霧崎に下ろされ、共に山の中を歩く佐伯には霧崎の言葉が理解できていなかった。
霧崎に追従する佐伯だったが。その歩み、向かう先も理解できていない。
だが、これだけは分かっている。
「その力こそが、この『テスト』で重要な部分なんだ。それについては、『着いてから』説明するよ」
霧崎は、少なくとも今は、敵ではない、という事実。




