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3.分断―4


 次の行動は、決まっていた。

「おぉおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああッ!!」

 必死になって敵にしがみつき、そして、手斧を持った右手を思いっきり、振り上げた。この頃になると、地上から十数メートルの位置にまで、高度は下がっていた。ここまで来ると、怪我はしようとも、生存の確率は抜群に上がる。

「ッおぉおおおお!?」

 敵も必死に抵抗した。振り落とされる成城の手を止めようと手を伸ばしたが、この状況、正確な動きはしきれない。

 伸ばした手は、空を切った。

 そして、成城が振り下ろした手斧は、敵の腹部に、縦の傷を深く刻むように、腹部に突き刺さり、成城の手から離れた。成城の顔面に緑の蛍光色の血液が吹き出し、付着して模様を描いた。

「がっああああ!!」

 敵の悲鳴が近かった。はためく翼の力が一瞬にして弱まった。それは、人間の形をした二人を宙に浮かばせておくことができない程の力まで、だった。

 落下。風が舞い上がるような感覚が二人を襲う。

 一応に翼は羽ばたいていて、ある程度の抵抗は出来ているが、それでも、位置を保っておくことさえ出来なかった。

 視界に映る景色がぐるぐると不規則に回転し、目が回る様だったが、それを体感したのは上を目指そうとする敵だけであり、敵しか目に入っていなかった成城には、重力のかかる方向の変化のみしか感じ取る事が出来なかった。

 落下までの秒数は、手斧の刃が敵の腹部に突き刺さったその瞬間から、約三秒。

 落ちたのは、成城からだった。

 地上から四メートルの時点で、成城はやっと振り払われた。敵の手から落ちた成城は、その高さを落下し、背中から地上へと落ちた。激しい衝撃が背中から身体を突き抜けるように走り、成城は硬い地面の上を一度跳ねて、落ちた。

 それから一秒未満。成城のすぐ隣に、頭から、敵が落ちた。

 嫌な音が地上との衝突音と同時に炸裂し、それは成城の耳にも届いていた。成城が首を動かすまでに、落ちた敵が転がる音が聴こえた。跳ねたなんて音ではなかった。そのまま力なく、転がる音。

 成城が痛みに耐えつつ見上げると、視線の先、成城が仰向けに倒れる位置から数メートル離れた所に、首を変に曲げて、緑の蛍光色の撒き散らす死体を、見つけた。

 そう、死体だった。

 見たその瞬間は、「立ち上がるな」と思わず呟いた成城だったが、次の瞬間にはそれが死体なのだと理解した。首の向きを見れば、明らかだった。

「ぐっ……あ、いってぇ、くっそ……!!」

 成城は仰向けに倒れていた状態から転がってうつぶせになり、手や膝で体重を支えつつ、ゆっくりと、立ち上がった。

「……?」

 立ち上がって、完全に立ち上がった所で、気付く。

(痛く、ない……?)

 身体に走るは、激痛ではなく、違和感。ここまで来て、先の敵の不意打ちにより扉に衝突した際、翼で叩かれ、激痛を走らせていた身体の内が痛まなかった事を思い出す。

 胸に自然と手を当てていた。多少力を込めてみるが、痛覚が疼く事はない。

「……どうなってんだ?」

 疑問を抱くが、成城が出した結論は、アドレナリンが出ているのか、という安易な到達点だった。

 そして、まずは、と数メートル先に転がった死体に近づいた。近づいて、確認した。

 確かに、死んでいるよな、とそう思った。

「おーい! ねぇ! 君! 大丈夫!?」

 声が、聞こえて成城は振り返った。振り返って見上げたのは、あの建物の二階。敵が成城に不意打ちをかけて砕き破った窓、の、その奥。

 女がいた。あの時、廊下で一瞬だけちらりと見た女だと、顔は覚えていなかったが、すぐにそう思った。

「あー。とりあえず、大丈夫!」

 成城がそう叫んだと同時、背後で、音。

 悪寒が走った。背筋がゾクリと疼く。目を見開いた。それは、成城も、女もだった。

「後ろっ!!」

「わかってるッ!!」

 成城が叫びつつ、振り返ると、足元に、ゆっくりと立ち上がろうと、する、首が変な方向に折れ曲がった死体が、四つん這いになっているその姿が、見えた。

 変な方向に折れ曲がった首が持ち上がろうとして、不気味に動き、その変な方向から、不気味で歪な視線が、成城の見下ろす視線と重なった。

「ッ、」

 成城がその一瞬で見た、少なくともそう見えた気がした、その表情は、笑みだった。不気味で、すぐにでも目を逸らしたくなる程の、言葉通り場違いな笑み。

 成城は、すぐに足を出していた。それは、蹴りではなく、踏み潰し(ストンプ)であった。右足を持ち上げ、すぐに、足元の不気味な笑みの張り付く変な位置にある頭を、砕かんとばかりに落とした。

 嫌な感触が衝撃として足に伝わったが、成城はすぐに足を持ち上げ、再度、叩き下ろした。

 何度も、何度も。

 嫌な音が響く。不快感を抱かせる感触が続く。

 窓からその光景を見下ろす女は、動けなかった。視線を外す事すら叶わず、その恐ろしいが、正しい光景を見続ける事しか出来なかった。

 あの男が敵という確証を得ない、という事はなかった。あの嫌でも目に入る翼が、あの男が、人間でないと女の本能に響いていたのだから、こそ、今の成城のその様子から目を逸らす事も出来なかったし、止めようとも思わなかった。

 一分も、続いたその光景。

「はぁっ、はぁ……、……ッ。なんだこのバケモノ……!!」

 荒れた呼吸を整えつつ、やっと、足をどけて成城は足元に朽ちる光景を見た。

 目を当てれない程の状態になっていた。瞼から守られていない眼球を見たのは初めてだったかもしれない。そもそも、皮膚から下を見たのも、初めてだった。

 ぐしゃぐしゃに潰れて中身まで砕かれ、緑と赤が入り混じり散らばるそれから足をどかして振り返った成城は、当然窓を見上げた。すると、呆然として固まったままだった女と目が合った。

 視線が重なって我に返ったのだろう。女ははっとしたように瞬きを一度して、そして、僅かに身を乗り出して、叫ぶ。

「急いで!! この部屋の先にまだ、何かいるの!!」

 その言葉に、成城こそ我に返された。

 そうだ。目的は高無の救出で、そして、

(あの扉の前に立った時、確かに何かの気配を感じた。高無さんじゃなくて、何か、多分、敵のだ。この鳥人間はそれとは逆の窓から奇襲を仕掛けてきたんだ。……という事は)

 察する。もう一匹の、敵という存在をだ。

 急がねばならない。そう気付いて、成城が「すぐに行くから」と言おうとした時だった。

 短い悲鳴が、聴こえた。成城の視線は窓へと戻った。

「くっそ!!」

 成城はすぐに走り出した。

 今の一瞬で見えたのは、先程まで僅かに窓から身を乗り出していた女が、吸い込まれるように成城からは見えないその奥へと消え去ったその光景。声を駆ける暇もなかった。

 推測は容易い。扉の先にいた敵が女の存在に気付き、女までをも引き込んだのだと。

 走りつつ、一匹を倒し、痛みを感じていないからこそ冷静に戻る事が出来た成城は、考える。

(今殺した翼の生えた男が高無さんを拐って別の仲間に引き渡したって事か? いや、そもそも、)

 家の玄関に到達。すぐに中へと入って階段を駆け上がる。

 そこで、誘い出された事に気付いた。

(……くっそ。いや、でも、誘い出す、そして拐うって事は、まだ、殺されてないか。拐う事が可能な相手は後でも殺せるだろうし、死んでいると判断されれば、誘い出す事ができない可能性だってあるはずだし)

 二階へと出た成城が見たのは。

「入ってこいって、か……」

 廊下の片側に並ぶ扉の一つが、完全に開かれた光景。位置から中を覗く事はできないが、その先に高無、先の女、そして、敵がいる事は明らかだった。

 不思議と、恐怖心はなかった。

 一匹倒したからだろうか。

(高無さんも、さっきの女の子も、助ける)

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