1.開始―12
言ってすぐ、砂影と成城が歩き出し、続いて高無が動いて、更にワンテンポ遅れて、佐伯が歩き出した。
その行動にすら、佐伯は疑問に思った。
(な、なんだ……。なんでこの子達は、こんなにも冷静でいられるんだ!?)
当然の疑問である。佐伯は敵の出現ですらなく、味方に近寄ってこられただけで、気が狂う程にパニックを起こし、逃げ惑い、挙句、幾つか年下と見える少年少女に迷惑をかけ、挙句、彼等に諭されてやっと、この状態になれたのである。未だ敵の存在、血液、現状、現場、ありとあらゆる事が理解できていない身とは言えど、これは失態だ、とまで佐伯は思った。
だからこそ、年齢等関係なく、彼等を尊敬し、尊重し、何も言わず、今は彼等の後に続いて行こう。そういうベストな判断を下す事が出来ていた。ここまで来てまだ、パニック状態のままであれば、砂影は三人という多数の安全を確保するために、少数を切り離していたかもしれない。
夜道を歩いた。そもそもこの村は大きいとは言えず、寧ろ小さい、という分類にはいるほうである。そもそも村というくくりはそう言う類だ。村かはすぐに出る事が出来て、あれほど走り回ったのが嘘のようだ、と高梨も佐伯も思っていた。
村を出るとゲームで見た様な道なき道が続いた。足元には雑草が生い茂り、転々と木々が並んでいる。近くに海と砂浜が見えた。海と砂浜は相変わらず綺麗で、ここが少なくとも本土の近郊でない事を思い知らされた。空を見上げると月が天高く僅かに傾いて昇っているのが確認出来た。満月だった。どんな状況でも、月明かりは綺麗に輝いていた。
歩く、歩く、歩いた。歩いている内に、気付く。
(おかしいな。山は人間の手が付けられた痕跡なんて見た感じなかったというのに、雑草が捌けている。……誰かが定期的に歩いている証拠だ。ある程度の期間、としか推測は出来ないが)
砂影と成城がそれに気づいたが、二人とも口にはしなかった。今、話を始めるならば移動している意味はない。それに、高梨と佐伯に余計な事を落ち着けもしないこの場所で考えさせたくなかったのだ。
三○分程歩いた。夜道で視界が悪く、はっきりとしない目的までの道程、それに、いつ向かってくるかわからない敵への警戒等で足取りは重く感じたが、先陣を切る砂影が島の地理を見ただけの分、正確に覚えていた事と、敵の気配を恐ろしいまでに把握する事の出来るという超人的な能力を持っている事情が、彼等にほぼ最短でそこへと導いたのだ。
早いな、と思ったのは成城。疲れた、と感じたのが高梨と佐伯だった。
建物が不自然に一つ、聳え立っていた。外から見た外見は壁紙から何から剥がれ落ち、中身が剥き出しになったコンクリートの塊だった。一部の壁は僅かだが崩れ落ちて無駄に風通しが良くなっているし、あちこちから鉄筋が飛び出して折れ曲がっている。窓も砕け散っているモノがほとんどで、こんな所に隠れる事が出来るのか、と不安に思う程だった。が、一晩持たせる程度ならば、十分だと砂影が踏んだ。
入口は割としっかりとしているが、掛ける鍵もなかった。
建物の中も外観から見て思い浮かべた印象そのままで、古ぼけたデザイナーズマンション、というモノだった。どこを見ても剥き出しのコンクリートが迫ってくるようで、広いフロアばかりが続いているが、明かりがない事もあってか実際の床面積よりも狭く感じた。
砂影の判断で四人は最上階まで上がった。鉄筋コンクリートなだけあって、階段が崩れ落ちそうという事はなかった。
最上階はそれ以外の部屋とは違い、一つのフロアだけで構成されていた。一角の天井と壁が僅かに崩れ落ちていてそこからほんの少しだけ月明かりが差し込んでいた。が、当然十分な明かりではない。が、今はそれに頼るしかない。
全員で輪を作る様にフロアの中心に腰を下ろした。ジーパン越しにもコンクリートの冷たさが伝わってくるようだった。が、疲弊には敵わない。
「寝ててもいいんだ。俺達で佐伯さんに話はしておく」
成城が優しく高無に言うと、高無は微力で頷いてすぐに部屋の隅まで行って、三人に背を向けて寝転がった。可愛らしくか細い寝息が聞こえてきたのは数分後だった。
「さて、と……まず聞きたいのは二つ」
砂影が言うと同時、成城が察していたとばかりにポケットからメモを取り出し、そして、武器を近くに手繰り寄せた。
「メモに書かれている内容と、武器、だ」
砂影のその言葉に、佐伯はハッとしてポケットの中を乱暴に探る。と、すぐに出てきた。メモだ。佐伯は取り出したメモを近くにいた成城へと手渡した。成城はそれをまず一人で読み、そして、砂影へと見せつつ、読み上げる。
「敵の殲滅をしろ。武器は支給した。それ以外に脱出の手段はない……『敵は特殊な力を所持している』」
「特殊な、力……?」
流石の成城も、これには理解が及ばなかった。言葉を聞いて、向けられたメモを薄暗い中目を細めて見ても、理解が、出来なかった。推測すら、まともに立てる事が出来なかった。
成城はメモを佐伯へと返してポケットに突っこんでおくように軽い口調で指示を出し、考える。
「特殊な力ってなんだろう? 砂影君が戦ってきた時、何かあった?」
問うが、砂影は首を横に振って否定する。
「……いや、特別目立つような事はなかったと思う。動きは人間らしく、武器の扱いもそうだった。不自然に思えるのは血液くらいなモノだが……」
思い当たる節は当然なかった。一体どういう事なのか、と砂影が深刻そうな表情で考え出したのが成城にも伝わったため、その時間を使って成城は自身が把握している限りの現状についての説明を佐伯へとした。話を訊いた佐伯は当然驚いた表情のまま暫く固まったが、冷静さを取り戻した事と、味方だと分かるメンバーで固まっているため、現状を冷静に見つめ、疑わしくも、成城達の言葉を信じる、という結論に至る事が出来ていた。それに、ここが島だという事が分かった以上、嘘だ、と叫んで外に飛び出そうとも、逃げ場所はない。道中で海を見てきた事が、島だ、という説明を証拠づけたのだろう。
「そんな訳の分からない事になっているなんて……。それに、味方の三倍も数がいる敵なんて……」
「正確には二二匹だな。さっき砂影君が三匹倒したから。あ、いや、他の味方が倒してる場合も考えれば、正確には二二匹以下、だ」
「……話を割って悪い。佐伯さん。武器は?」
成城と佐伯が現状についての話をしている中、確認を急ぐ砂影はそう問うた。成城も言葉につられて佐伯を見る。が、純白の武器を持っている様には見えない。
「あ、その純白の武器、だよね? それなら、」
そう言って佐伯は腰に手を回し、ズボンの中から、『それ』を取り出して二人へと見せた。
「……、なんだ、これ?」
それを見た成城は疑問に思い、砂影に答えを求める様な視線を送った。視た砂影も、眉を顰めてそれを見ていたが、すぐに、答えを出した。
「それ、メリケンサック……かな? 先端が鋭利な刃物状になった」
メリケンサック。殴打するための武器である、が、これは、指にはめて構え、殴る事で相手に対して切創まで作る事の出来る様な形状のモノだった。
指を入れて、こう。と砂影が適当な動作で説明をすると、それを真似る様に佐伯は右手にメリケンサックをはめ込んだ。メリケンサックを装備した自身の右拳を見て、佐伯は嬉しそうに呟く。
「あぁ、確かに、こうやって見るとメリケンサックだ……。全然気づかなかった」




