1.開始―11
成城のその言葉が、真摯に届いたのは、叫んでから数秒後の事だった。成城の叫びを間近で、真正面で受け止めた男は、聴いたその直後から、静かになった。と、同時、必死に、だが、意識せず、考えを巡らせていた。今、目の前の顔、自分に馬乗りになっているその若造が叫んだ言葉を、理解しようと努力していた。
聴いた事をそのまま受け取れば良いのだが、それができなかったからこそ、パニックに陥っている、のだ。
だが、騒ぐのをやめ、青年の顔を真っ直ぐ直視し、その瞳に映る力強さと、必死さを見て、そして、落ち着こうと努力すれば、理解は、出来る。
「……ご、ごめん。どうか、……していた」
男は時間を要したが、冷静さをある程度でも取り戻す事が出来た様だ。それに気付いた成城は自ら手を退かして、立ち上がり、男を解放した。男は解放されてからゆっくりと立ち上がり、全身にコーティングすると言わんばかりに付着した砂汚れを適度に払った。後、辺りを見回して、その後、やっと云う。
「本当に、ごめん。気づいたらこんな場所にいて、パニックになってたんだ。……本当に、ごめん。君達に大分迷惑をかけた」
そう言って頭を深く下げた。その言葉を聴き、一連の動作を見た成城は、男に対して一般のサラリーマン、という印象を受けた。都会や、地方都市等で大勢の中に混じる、一社会の兵士、といった、ありきたりな印象だった。その感想と容姿を改めて見て、年上だ、と二人は思った。
「あ、あの!! お名前を!」
高無が問う。声が僅かに震えているのは、たった今まで全力疾走していたのと、この状況かで急いでいるから、である。
男の名前だけを問う。当然だ。必要な情報は今は、それだけであり。急いで砂影の下へと戻らねばならない。
成城も高無も男を見る。速く名を名乗れ、という視線を突き刺した。
「あ、えっと、私は……、佐伯泰介だ」
「じゃあ佐伯さん、早速だけど、」
早速、成城が言う。
「仲間を、助けに行くよ!」
(他の仲間を殺しに行かない……。どういう事だ? 俺の情報が敵に漏洩している? ただ単純に三人で一人――いや、一匹をさっさと片付けて残りを片付ける? ……まぁ、成城さん達を追いかけないでいてくれるのは助かるけど、正直、三匹は、厳しい)
両の手には長さがそれぞれ違う刀が構えられている。その両方を上手く動かし、身を翻し、攻撃を躱し、反撃し、数分間で数百の攻撃の応酬をこなしていたのが、砂影だった。
砂影はあらゆる可能性を推測したが、正確な答えは、敵は、砂影を知ったのは、今が初めてだった。と、同時、敵は、三匹全員が違和感を抱いていた。人間は、こんなに強いのか、と。
仲間同士、連絡を取り合っていた、という可能性は成城ですら推測していた。そして、それは事実だった。だが、三○匹全てではない。一部だけだった。その一部が、この三匹の中の一匹だった。
その一匹は当然、思った。聞いていた話と、違う。と。
敵は脆く、弱く、そして、殺すという行動を本能が否定し、当然、慣れていない。そのように聞いていた。武器を翳せば敵は怯え、逃げる事すらできまいと。
しかし、今、目の前で踊るように身を翻し、動き、恐ろしい程の速度で攻撃を仕掛けてくる人間は、全く違う。
目を見れば、恐れがない事が分かる。動きを見れば、戦い慣れている事が分かる。そして、自分達に対する態度を見れば、既に仲間達を殺した経験がある、という事が分かった。
戦慄したのは、砂影が『匹』単位で数える敵の方であった。
誰もが思った。
三匹の内一匹は他から人間に対する情報を貰い受けていた。唯一の女は既に人間を殺していた。手斧を振りかざしたひ弱な男をなぶり殺した。もう一匹は誰も殺していないが、既に一人と戦いを交わしていた。邪魔が入ったが、人間には勝てると踏んでいた。
だが、違う。目の前の男は全くもって、自分達の知る人間という枠に収まっていない、と誰もが、思ったのだ。
だが、違う。砂影は当然、人間である。
「遅いッ!!」
三匹の六つの手、六つの足、三つの武器による攻撃の連続は、隙を生むはずがなかった。それだけの数があれば、最早防御に回る必要すらないはずなのだから。
だが、隙は、あった。
隙は、生み出せる。
砂影は嵐雨のように降りかかる攻撃を防ぐ中で、幾度となく、相手の攻撃、そして防御の隙を生み出していた。相手が気づいているかどうかは、重要ではなかった。問題は、相手がそれに対して修正をしてくるのか、という事だった。結果は、してこなかった。
そうとなれば、次はその隙に、仕掛けるまでである。
攻撃を躱し、躱し、弾き、そして、二匹いる男の内の一匹の首を、跳ね飛ばした。挙句、未だ二つの攻撃が襲いかかってくるというのに、その首を失い、そこから緑色に輝く粘着質な血液を吹き出す死体を、蹴飛ばした。
その行動、死体が吹き飛ぶ動作に、女の敵が、視線を追わせてしまった。
それもまた、隙。
残った男の攻撃を弾いたその直後、その攻撃を弾いた刃はパチンコ玉のように逆へと向かって恐ろしく跳ね返り、女の胸元から脇腹に掛けてを切り裂いた。それもまた、蹴り飛ばした。蹴られ、転がった女の死体は緑色の血液をまき散らしながら、身体が二分になる寸前まで身体が割れ、動かなくなった。
それでも最後の一匹は視線を砂影から外さなかった。砂影も、同様。残る一匹に視線を逸らした。死体になった相手に、視線を追わせて等いなかった。彼は常に、次を見ている。
「お前で最後だ」
言う。言いつつ、期待した。返答は、ないのか、と。
砂影は見た。成城と高無が敵に襲われたその現場を。そこで、敵が言葉を発していた光景を、見た。見ていた。既に、見ていた。
三匹で一人に襲いかかってきて、既に、二人殺された。つまり、追い込まれている。窮地である。
(泣き叫んで遁走したっておかしくないと思うんだが……)
最後の敵が武器を振るい、それを片方の刀で受け止め、もう一方の刀でその敵の腹を突き刺し、裂いた砂影は、最後のそれも蹴飛ばして飛ばした後に、思った。
(見下している様子を見せるくせに、まるで、感情がないみたいだ。知性は間違いなくあるのに、どういう事だ)
三匹のそれぞれの死体を一瞥し、静寂が訪れた現場で、砂影は溜息を吐き出した。
「助けすら必要ないのかよ!」
足音は聞こえていた。あれだけ動き回っていた中でも確かに拾っていたのだ。砂影は敢えて声がしてから、ゆっくりと振り返った。そして、静かに、言った。
「無事でよかったよ。三人とも」
三人、という数を強調して言った。
砂影唯一の不安はそれだった。成城と高無二人が男を追い、自分の見えない位置に行ってしまい、そちらに敵襲があれば、最悪だ、と危惧していたのだ。それがなかっただけ、安堵できた。
砂影は成城達が捕まえてきた男を見る。まず見たのは男の視線の向かう先。視線は砂影に固定されていた。今はまだ、死体を見る余裕すらないのだろう。それに、砂影の身体には今殺したばかりの三匹分の敵の鮮血が付着して、闇夜に照らされ輝いている。暫くすればすぐに服の黒に溶けてしまうが、まだ吹き出したばかりの鮮血は、不気味に輝いていた。
成城が先手を打つ。
「この人は佐伯泰介だって。……外は危険だろ? 場所を移動しようぜ。砂影君」
成城の提案に砂影はすぐに首肯する。
「そうだね。でも、この村に留まる事自体がもう危険だね。今散々騒いだし、敵がもしかすると何かしらの連絡手段を持っていて、既に応援を呼んだかもしれない。だから、ここから一番近くにある、ここから東に島を回るように進んだ先にある建造物に、移動しよう。夜だが、ここにいて襲撃を受けるよりはましなはずだ」




