エピローグ「永遠に続くぬくもり」
ルミアが北の帝国へ来てから、数回の厳しい冬が過ぎ去っていた。
今宵も城の外では猛吹雪が吹き荒れているが、ルミアが待つ部屋の中は、春の庭園のように暖かく、そして静かだった。
部屋の中央にある丸テーブルには、青く美しい氷結花が鉢植えの中で満開に咲き誇っている。
ルミアは窓辺に置かれた長椅子に腰を下ろし、分厚い本に視線を落としていた。
かつて泥にまみれ、やせ細っていた少女の面影はもうない。
彼女の銀髪は滑らかな絹のように光を返し、血色の良い頬には、満ち足りた大人の女性としての柔らかな美しさが宿っている。
今やルミアは、この北の帝国において「太陽」として民から深く愛され、城の者たちからも多大な敬意を払われる存在となっていた。
噂によれば、ルミアを追放した南の王国はその後瘴気に飲まれ、他国の介入を受けて完全に解体されたという。
だが、その報せを聞いたときも、ルミアの心に波風が立つことはなかった。
過去はすでに、遠い雪の下に埋もれて消え去っていたのだ。
コン、と控えめなノックの音が響き、重厚な扉が開いた。
ルミアが顔を上げると、黒い軍服に雪をうっすらと積もらせたイリスが立っていた。
長時間の政務を終え、その目元にはかすかな疲労の色が見え隠れしている。
ルミアは本を閉じ、立ち上がってイリスのもとへ歩み寄った。
「お帰りなさい、イリス様。今日も遅くまでお疲れ様でした」
ルミアが微笑みかけると、イリスの顔から険しい表情がふっと抜け落ちた。
イリスはルミアにされるがままに軍服の外套を脱がされ、それを侍女に渡す。
部屋に残ったのは二人きりだった。
「お前が起きて待っていてくれると、一日の疲れなど嘘のように消えてしまう」
イリスはルミアの腰に腕を回し、その額にそっと唇を落とした。
ルミアはイリスを長椅子へと導き、彼女を座らせた。
そして自分自身も隣に座るのではなく、イリスの背後に回ってその漆黒の髪を梳き始めた。
イリスは目を閉じ、ルミアの指先が頭皮を優しく撫でる感触に、心地よさそうに身を委ねている。
大陸最強と恐れられる氷の女帝が、ルミアの前でだけはこうして無防備に甘える姿を見せる。
その事実が、ルミアの胸を温かく満たしていた。
「少し、髪が冷えていますね。外の雪はひどいですか」
ルミアの指先から、ほんのわずかに淡い金色の光がこぼれ、イリスの髪を温めていく。
イリスは喉の奥で小さく満足げな音を鳴らした。
「ああ。だが、この部屋に入った瞬間、お前の温もりがすべてを溶かしてくれた。ルミアの光は、相変わらず特別だな」
イリスは後ろ手でルミアの腕を掴み、そのままルミアを自分の前へと引き寄せた。
ルミアはバランスを崩し、ふわりとイリスの膝の上に座り込む形になる。
驚くルミアを、イリスは背中からしっかりと抱きしめ、自分の胸に密着させた。
「イ、イリス様……」
「もう少し、こうさせてくれ。お前の匂いを嗅いでいないと、呼吸の仕方を忘れてしまいそうだ」
イリスがルミアの首筋に顔をうずめ、深く息を吸い込む音が聞こえた。
くすぐったさと気恥ずかしさに、ルミアの頬が朱に染まった。
しかし、彼女は逃げることなく、イリスの腕の上に自分の手を重ねた。
窓ガラスを叩く雪の音が、二人の沈黙を優しく包み込んでいる。
「ルミア」
首筋に顔を埋めたまま、イリスが低い声で問いかけた。
「お前は今、幸せか」
その問いに、ルミアは迷うことなく頷いた。
「はい。言葉にできないほど、幸せです」
「そうか。ならば、私はこの幸福を永遠に守り抜く。お前が笑って私のそばにいてくれる限り、世界は光に満ちているのだから」
イリスが顔を上げ、ルミアの頬に手を添えてそっと上を向かせる。
視線が交わり、互いの吐息が触れ合う距離で、ルミアはイリスの黄金の瞳の中に、自分への底知れない愛情が満ちているのを見た。
ルミアは自らわずかに背伸びをし、イリスの唇に自分の唇を重ねた。
甘く、深く、互いの存在を溶かし合わせるような口づけ。
暖炉の火が赤々と燃え、二人の身体を温かく照らし出している。
冷たい雨の日に泥の中から掬い上げられた命は、北の凍てつく大地で花開き、唯一無二の温もりの中で、いつまでも幸せに満ちた時を刻み続けるのだった。




