表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

エピローグ「永遠に続くぬくもり」

 ルミアが北の帝国へ来てから、数回の厳しい冬が過ぎ去っていた。

 今宵も城の外では猛吹雪が吹き荒れているが、ルミアが待つ部屋の中は、春の庭園のように暖かく、そして静かだった。

 部屋の中央にある丸テーブルには、青く美しい氷結花が鉢植えの中で満開に咲き誇っている。

 ルミアは窓辺に置かれた長椅子に腰を下ろし、分厚い本に視線を落としていた。

 かつて泥にまみれ、やせ細っていた少女の面影はもうない。

 彼女の銀髪は滑らかな絹のように光を返し、血色の良い頬には、満ち足りた大人の女性としての柔らかな美しさが宿っている。

 今やルミアは、この北の帝国において「太陽」として民から深く愛され、城の者たちからも多大な敬意を払われる存在となっていた。

 噂によれば、ルミアを追放した南の王国はその後瘴気に飲まれ、他国の介入を受けて完全に解体されたという。

 だが、その報せを聞いたときも、ルミアの心に波風が立つことはなかった。

 過去はすでに、遠い雪の下に埋もれて消え去っていたのだ。

 コン、と控えめなノックの音が響き、重厚な扉が開いた。

 ルミアが顔を上げると、黒い軍服に雪をうっすらと積もらせたイリスが立っていた。

 長時間の政務を終え、その目元にはかすかな疲労の色が見え隠れしている。

 ルミアは本を閉じ、立ち上がってイリスのもとへ歩み寄った。


「お帰りなさい、イリス様。今日も遅くまでお疲れ様でした」


 ルミアが微笑みかけると、イリスの顔から険しい表情がふっと抜け落ちた。

 イリスはルミアにされるがままに軍服の外套を脱がされ、それを侍女に渡す。

 部屋に残ったのは二人きりだった。


「お前が起きて待っていてくれると、一日の疲れなど嘘のように消えてしまう」


 イリスはルミアの腰に腕を回し、その額にそっと唇を落とした。

 ルミアはイリスを長椅子へと導き、彼女を座らせた。

 そして自分自身も隣に座るのではなく、イリスの背後に回ってその漆黒の髪を梳き始めた。

 イリスは目を閉じ、ルミアの指先が頭皮を優しく撫でる感触に、心地よさそうに身を委ねている。

 大陸最強と恐れられる氷の女帝が、ルミアの前でだけはこうして無防備に甘える姿を見せる。

 その事実が、ルミアの胸を温かく満たしていた。


「少し、髪が冷えていますね。外の雪はひどいですか」


 ルミアの指先から、ほんのわずかに淡い金色の光がこぼれ、イリスの髪を温めていく。

 イリスは喉の奥で小さく満足げな音を鳴らした。


「ああ。だが、この部屋に入った瞬間、お前の温もりがすべてを溶かしてくれた。ルミアの光は、相変わらず特別だな」


 イリスは後ろ手でルミアの腕を掴み、そのままルミアを自分の前へと引き寄せた。

 ルミアはバランスを崩し、ふわりとイリスの膝の上に座り込む形になる。

 驚くルミアを、イリスは背中からしっかりと抱きしめ、自分の胸に密着させた。


「イ、イリス様……」


「もう少し、こうさせてくれ。お前の匂いを嗅いでいないと、呼吸の仕方を忘れてしまいそうだ」


 イリスがルミアの首筋に顔をうずめ、深く息を吸い込む音が聞こえた。

 くすぐったさと気恥ずかしさに、ルミアの頬が朱に染まった。

 しかし、彼女は逃げることなく、イリスの腕の上に自分の手を重ねた。

 窓ガラスを叩く雪の音が、二人の沈黙を優しく包み込んでいる。


「ルミア」


 首筋に顔を埋めたまま、イリスが低い声で問いかけた。


「お前は今、幸せか」


 その問いに、ルミアは迷うことなく頷いた。


「はい。言葉にできないほど、幸せです」


「そうか。ならば、私はこの幸福を永遠に守り抜く。お前が笑って私のそばにいてくれる限り、世界は光に満ちているのだから」


 イリスが顔を上げ、ルミアの頬に手を添えてそっと上を向かせる。

 視線が交わり、互いの吐息が触れ合う距離で、ルミアはイリスの黄金の瞳の中に、自分への底知れない愛情が満ちているのを見た。

 ルミアは自らわずかに背伸びをし、イリスの唇に自分の唇を重ねた。

 甘く、深く、互いの存在を溶かし合わせるような口づけ。

 暖炉の火が赤々と燃え、二人の身体を温かく照らし出している。

 冷たい雨の日に泥の中から掬い上げられた命は、北の凍てつく大地で花開き、唯一無二の温もりの中で、いつまでも幸せに満ちた時を刻み続けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ