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儚桜角物語、弐

燈魔と真由里殿、甘い恋物語してくれたらいいなぁ




鼻歌交じりの風呂上がり。

鏡を見ながら枝毛をぷつりと抜いてみたり、短髪でも手入れは念入り。

それでも燈魔みたいにならないから不思議

背後を通った長髪が靡いていた


「あ、燈魔。今日はどうしよう、髪洗う?」


振り向いたそこに居る

写って居たのだから当然。如雨露を手に笑っていた


「有難や 自ら洗うも 難儀故」


薄緑色の毛束を掬いながら

解けていく光景は絹みたいに柔らかい

指からさらりと落ちる音は聞き心地がとても良かった


「うん。じゃあ、それ終わったらね ついでに身体も拭こう?準備してるよ」


「あい承知」


給湯器を再び付け、柔らかいタオルを閉めた湯船の蓋に敷く

濡れてしまうから袖や裾を捲って準備。

椅子も軽く拭きながら燈魔専用の物を周りに置く

一通りを終えたら桶にお湯。

溶かした洗剤が虹色に泡立つ


世話が終わったらしい燈魔は、いつの間にかバスタオルを手に背後で立っていた


「始めよっか。服脱いで」


「承知した 故に少々 待ち願う」


ニットセーターに手を掛けた

裾から身体の筋。

風呂の明かりが柔らかく反射している

ゆっくり捲れていく腹には、木の根に囲まれた楕円の球体。

脱ぎきった頃には肩と肘にも見える

半身もやっぱり同じ。

最後に肌色の手袋を脱いで終わり


指先までも本当に、マネキン。

首から上だけが生身だなんて、何度見ても信じられない


「さ、そこに座ってね」


微笑みながら横に来た

当たり前の動作も燈魔を前には不思議な光景。

全身可動の身体が丁寧に正座する


「せーの。よいしょ」


首に手を添え、軽く引いた

空洞の中が少し軋んで擦れる音

首の境目からは木の根っこが動いている

暫くそのまま。

段々と身体が力なく傾いていく

最後の方には首を置いて一礼している


「ああやはり 指の撫でるは 良き心地」


根の先も、吸い込まれる様に見えなくなっていく


「そう?燈魔も温かいよ 春の陽気みたい」


タオルに燈魔を置き、軽くシャワーを当てる

濡れた手のまま洗顔フォームをマシュマロに。

頬や鼻にくっ付けた


「ふふん。泡立てだけは誰にも負けないっ」


優しく揉み洗い

目を瞑りながらもされるがまま。

下と首周りも念入りに。

耳も軽く解しながら余った泡で角も擦り洗う


「っん…」


その時だけ、長い睫毛がぴくっと動く

シャンプーを怖がる子供がぎゅ、と目を瞑る様な。

ほんの少しそれに似ている気がする


「はい、一回流すよ」


手の泡を落とし、軽く弱めた水流で泡を流していく

首から上は本物の肌。

きめ細やかに洗った顔がもちもち

頭を横に倒しながら顎の下や角も綺麗にしていく


心做しかスッキリとした燈魔が赤い瞳で朗らかに笑っていた


「じゃあ次、髪ね。痛かったら言って?」


「あい承知 細な気遣い 有難し」


改めて髪を濡らしてシャンプーを垂らす

どちらも似た色。馴染んでしまうと一瞬分からなくなる

その前に指の腹で泡立てて、まずは頭を洗う


「ふふ、燈魔ったらモコモコ」


羊みたい。

角の蔦は引っ張ると痛いらしい

生え際だけは慎重に、あとはいつも通り。

燈魔も変わらずされるがまま笑っている


「じゃあ後ろ向いててね」


よく"撫でられるのは気持ちが良い"と言うけれど、こうしていてよく分かる

他人の髪は思ったより柔らかい。

撫でる方もこれなら、さらさらで凄く心地良い


「口惜しや 顔を見れぬは 物悲しい」


タオルごと後ろを向かせ、後頭部から泡立たせる

髪の重みで倒れるから慎重に。

"頭だけ"って言うのは思ったより不安定

慣れるまでは抱えるなり、桶の中で洗ってみたり

何度も彼を落としそうになっていた


「そういえば燈魔」


ん、と短い声

今は雑談が出来る程慣れた気がする


「ろう、きょう? …あ、『儚桜角物語』っ 知ってる?」


ぴく、と頭が動いた


何故(なにゆえ)に」


「裕希夏ちゃんから聞いたんだ。主人公?が君に似てるって」


儚い桜と角

あの日の地下駐車場、桜の森と化したそこを思い出す。

角を生やす燈魔には字面からしてそっくりだった


「知らぬ身よ 狭きに幾年 在るなれば」


「んん、そっかあ」


後で調べなきゃ。

首を此方に倒せば床屋さんの気分

毛先までもこもこを落とし、リンスで軽くパック

その間に身体を拭く


「よいしょ、と」


正座のマネキンを隅々。

桶に布を浸してぎゅ、と絞る

腕や指先、肩、胸

汚れもそこまで無いから楽ちん。

身体の凹凸も、なぞれば精巧さをそれだけ見せつけられる

足の間はまだ恥ずかしい


「真由里殿」


振り向く

燈魔がころりと顔を向けていた


「儚げや 積もる桜の 白吹雪 解くは風か 経る月か」


「…え」


「その話 是非に聞きたい それ故に 知り得たならば 語り願う」


「うん。分かった …よし、じゃあ髪流すよ」


桶に布を浮かべ、シャワーで指先を軽く洗う

それから燈魔の髪へ。

リンスだから少し念入り


滑らかな長髪が水流に馴染む

前髪もしっかりと落として毛先まで

最初から吸い付く心地だった薄緑色

仕上がる様はもう、CMなんて顔負けの潤いを披露していた


「はい、終わりっ」


顔の雫をタオルで拭き取りながら

前髪や頭頂部は丁寧に。毛先は挟む様に優しく

粗方拭き取った燈魔の首を持ち上げ、マネキンに戻せば根が降りていく音

それが終わる頃合いに離す


あとはドライヤー

髪は身体が傷みそうだから服を着てから。

教えたらすっかり自分で乾かす様になった

自分より扱いが上手いから困っちゃう


「あ、背中拭くよ。ちょっと待ってね」


自分の周りを軽く流しながら。

燈魔は乾拭き用のタオルを手にしていた

背中だけは毎度自分。無理はさせられない

貸して、と差し出した手を燈魔はそっと掬い取った


「? どうしたの?」


すり、と頬が寄った

柔らかな唇。

見えた歯列が真っ白で綺麗。

すぐ閉じた。本当に何も無く、そのまま解放される


「柔肌の 温き心地や 口惜しい」


そっとタオルを渡し、燈魔は背を向ける。

後ろ髪を分けて前へ持っていった


「んん、変なの」


軽く撫でる様に

やっぱり硬い。樹脂の手触り

それでも風呂上がりは温い

湿気で温まったそれが程良い感じ

柔らかかったら本当に人肌だと錯覚しそう


「はい。じゃあ、片付けておくね お疲れ様」


「有難し 幾度紡げど 足るは無く」


着替えを抱えてリビングへ

裸で異性が歩き回るなんて光景、本当なら悲鳴が上がるかもしれない

燈魔はマネキンだから良いけれど。


「ふぅ、終わり」 


片し終わり

裾や袖が少し濡れて絞るまでも無い程度。

放って服を戻していく

やっぱり、冷たい。

しっとり水気が馴染む二度目の風呂上がり

緑の心地と室温が爽快に頬を撫でた


「真由里殿」


ソファでぴしりと姿勢良く隣をぽんぽん。

おいで、と言われる訳でもなく

おじいちゃんに呼ばれる孫の気分。

応じて座れば燈魔が少し傾いて来た


「ふふ、擽ったいよぉ」


薄緑の長髪が降りてくる

まだ乾かしていない。冷たい柔らかさが気持ちいい

ふわりとスる匂いも風呂上がりとは違う

けれど燈魔のそれが楽しみ

大掃除した次の日みたいな


「からり鳴る 無垢な身体の 馴染み良き しかして遠きも また良し也」


球体関節の手が肩を寄せた

ゆっくりと登って、滑る様に頭を撫でる

頬も寄せて気持ちよさそう

吐息が触れる

これもまた、擽ったい


「燈魔も結構ロマンチストだね?詩人みたい」


硬い、けれど肌色の身体が少し深く抱き寄せた

絡むのはいつの間にか両腕

顔の前には長髪がさらりと降りている


頭に擦り寄るのは人肌

指先とそれの落差には頭が混乱する

洗剤とシャンプーの混ざった匂いが余計に視線を迷わせた


「あ、えっと…燈魔?」


丸い関節が軋んだ

ゆっくりと汗ばんだ指を掬われ、くく、と耳元で喉が鳴る

そんな燈魔と隔てるのが布一枚

相手は服を着ていない。"裸"

何となく、顔に火が付いた


「っあ、れぇ熱いなぁ。逆上せちゃった 私、もう寝るよッ おやすみ燈魔っ」


部屋の奥。

跳ね飛ぶ勢いでベッドへ飛び込んだ

薄暗い中でも顔はまだ熱い

きっと、真っ赤。

うずうずする身体を丸く縮める


「咲く梅と 跳ねる小鳥よ 愛らしや」


遠くもない。けれど拾ってしまう鈴の声

胸の高鳴りが蒸し風呂状態だからか何なのか

今はとにかく、部屋に無い壁が恋しかった


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