普通の日々
閲覧ありがとうございますー!!
ホラー恋愛ストーリー頑張るぞー
「お疲れ様でーす」
あれから一週間と少し。
職場の玄関で赤いカーディガンとショートボブの黒髪を整えながら定期券を漁っている
いつもの通り働いては家に帰る日々
怖い思いはしているけれど、少しだけ慣れてきた。
建物の隙間、人影
人とのすれ違いざま、黒っぽい何か
角を曲がった先、ぼうっと立ってる様な靄
時には普通にそこに居る
近寄らなければ良い
多分これが"幽霊"みたいなもの
欲しい、寂しい、喰べたい、恨み言
思いが強ければ"穢れ"るのか
ネックレスを握り締めて知らないフリ
これはいつでも温かくて春の匂い。
それに近寄って来ないから、安心
「東坂さん、東坂さんっ」
振り返った
そこには同僚達
髪の長い垂れ目の女性。カーディガンを柔らかく着ている明日香さん
隣に居るのは自分より背が低い、肩位の金髪。
赤いリップが素敵な智美ちゃん
もう一人、水色ジャンパーの酒飲み仲間。
二人の肩を抱きながらはつらつに笑っている、ラベンダーの香水とポニーテールが馴染み深い裕希夏ちゃん
似たオフィスカジュアルに身を包む彼女達
一年の休職中、ずっと気に掛けて何度も家まで来てくれていた
「まーゆりちゃん、ねえ久しぶりにどお?ご飯でも行かなぁい?」
「な、アタシらも久しぶりにゆっちゃんと飲みたくてさ」
お誘いだった
みんな笑顔で変わらず話し掛けてくれる
復職して二ヶ月近い
暫く貧血になるしびくびくしていた
職場の人にはかなり疎まれていたのに。
並ぶ笑顔を見るとほっと肩の力が抜けていく
「えっと、ごめんなさい 今日は帰らなきゃっ 明日なら良いよ」
前ならきっと断らなかった。一人で好きにしていたから。
けれど今は燈魔が居る
きっと、夕飯を作って待っている
「そっかあ。アテシちょっと都合悪いかも?いい感じの合コンでさぁ」
智美ちゃんの合コン
偶に仲間内で集まるらしい
しかも次は有名大学がどうとか、イケメンが居るとか居ないとか
「日を改めても構いませんよ 急ぎの用ではありませんので」
落ち着いた口調でゆったり朗らか
ほわほわとした感じが馴染みやすい。
明日香さんが男性職員に人気なのも、何となくわかる気がする
「あ、んじゃこんなのどうよ アタシらでゆっちゃんの家行くの」
「おーそれ良いじゃん、さっすがユキ姉っ」
酒とかツマミ買って行こ
裕希夏ちゃんの提案。智美ちゃんも乗り気みたい
明日香さんは戸惑っているけれど
「うーん。それなら…ちょっと待っててくれる?」
一足先に外へ出た
四人でご飯。
お酒は良いとして、自分でも少し傾きかけている
もちろん日を改めても良い。殆ど毎日会うんだもの
いつでも話せる機会はある
燈魔だってご飯を作って待ってるかもしれない
「…………よし」
メッセージアプリから電話
秋口の冷えた風を嗅ぎながらコールを二、三
まだ息は白くない。けれど、指先が凍りそうに寒い
わがままだこんなの
燈魔だって待ってるし迷惑かもしれない
でも、確認だけ。
もし大丈夫なら
一緒に居たくなってしまった
だって
『真由里殿 そろそろ帰宅か ご苦労よ』
次の瞬間には会えない。
そんな事を飲み込んだばかりだから
「ありがとう あれ、外にいるの?」
雑音。人の声がする
呻き声やそういう物じゃなく、楽しい声
今まさに通りでも歩いている様な
『理や 今より帰ろう 足早に』
「あ、ねえ ご飯は作ってない?」
『然りかな』
「じゃあ、相談なんだけど 今から人を呼んでも良い?三人、女の子 たまに来てくれた彼女達だよ」
少し焦ってしまった。
本当の最初。此処で暮らし始めた時
無理に出た買い物で完全にはぐれた事がある
泣きそうになった
怖くなって震えてしまった
必死に抑えて、まるで子供。
限界に近くなったら叫びそうになる
その時も喉まで彼の名が出かかった
髪の一本さえ見えなくなった彼は、叫ぶ前に必ず傍に立っている
そんな人が足早に、なんて
燈魔は本当にその辺が不思議だから。
『あの子らか あい構わぬよ 承知なり なれば姿は また隠そう』
「ううん、もう大丈夫だよ。今までごめんね」
一瞬顔を合わせる程度が時々の癒し
塞ぎ込んでいた時。彼女達は何度か訪ねてくれた
毎度出迎えは扉から顔を出す程度
正直それ以上は余裕も無く、限界がそれ。
今考えるとかなり身勝手だ。
改めてお詫びを入れなきゃならない
双方に迷惑をかけてしまった
『あい承知 なればゆったり 帰宅しよう 其方も道中 気を付けて』
「ありがとう。燈魔もね」
こんな時間まで珍しい
スマートフォンを閉じ彼女達に向き直る
指で丸を作った途端、三人の顔が一斉に笑う
ぱあ、と。凄く眩しかった
☆
わいわい話しながら帰路を歩く
公園の脇を通ってアパート前。
暗い階段を登って門灯の前に着いた
「ただいまー」
無人の部屋へ挨拶
道中コンビニで買い物。
みんなそれぞれご飯やお酒、自分もそれ
燈魔には少しだけ高い天然水と2Lの水
ずうっと水ばかり飲んでいるから
階段も玄関も妙に静かで暗い
明かりを付けて入る
「さ、上がって上がってー」
お邪魔します、と口々に。
無人なのは何だか久しぶり
小綺麗にしてくれているから気分も良い
いつもは料理であまり分からなかったけれど、改めると花や緑のいい香りがした
「わあ、お花が沢山 もう秋なのに」
「園芸は管理が大切だとか 東坂さん、かなりお詳しいのですね」
「へー。しかもなんか、周りより清々しいって言うか…落ち着くなあ」
適当に靴を脱いでリビングのテーブルへ
正座や胡座でそれぞれ袋を広げている
コップも箸も要らないみたい
「私のじゃないんだ、同居人の物なの」
水を冷蔵庫に仕舞いながら
燈魔用の水もあまり無かった。2Lのストックが一つと中身が四分の一程度のもの
買うには丁度頃合いだったみたい
何となく持ち上げて、ぽちゃりと傾けてみた
「真由里殿、真由里殿」
玄関から。彼女達の声に混じって足音もしていた
「真由里殿 扉を開けては くれまいか? 塞ぐ両手に 子らが在る」
「おかえり ちょっと待ってね」
「と、東坂さん 今……いつの間に…?」
後ろがざわりとどよめいた
「え、何そゆこと?アテシらお邪魔しちゃったッッ」
「まさか一年休職ってのは…顔出してたのに水臭いぞゆっちゃんッ あ、出産祝いって相場いくら?」
「違う違う、ああ燈魔ちょっと待っててっ 違うよぉっ」
財布まで出し始めた
ここまで気に掛けてくれるのは凄く嬉しい。
けれど良くない誤解が暴走している気配
即座に玄関を開けた
「かたじけない 久しい声らも 賑やかや」
焦りで息の切れた自分と朗らかに笑う燈魔
両手には鉢の入った袋、野菜の入った買い出しの大袋を肘から下げている
確かにこれは開けられない
丁寧に鉢を受け取りながら燈魔を迎えた
「わあ…あっ紹介するね。同居人の燈魔 一年前から一緒に居るの」
おぉ、と彼女達の目が輝く
確かにそうかもしれない。
角がなくても薄緑の長髪で赤眼、普段なら早々見る容姿じゃない
コスプレだと言われても簡単には否定出来なさそう
何より異性の同居人だなんて。
好奇心の的に決まってる
「相違無し 文を交わさぬ 無礼かな 居候故 詫び申す」
するりとお辞儀。髪が降りて床に触れる
深々としたそれがゆっくり上がって笑いかけた
三人も向き直ってお辞儀。
自分以外が改まって不思議な気分
彼女達も口々に名乗っては燈魔も律儀に返している
その間に鉢と食材と交換
冷蔵庫へ適当に放っていく。買ってきた水を台所に置いて目配せ
にこりと笑い返された
「では方ら ゆるりと夕餉を 嗜みや」
燈魔はそのまま部屋の奥まで。
新しい鉢の世話を始めてしまった
「燈魔さんも一緒にいかがでしょう?折角ですし、色々とお話が聞きたいです」
「アテシもーっ 真由里ちゃーん出会いとか聞かせてよぉ」
「皆で飲みましょうよっ なあゆっちゃん?」
一同の提案に燈魔はゆっくりと振り向く
笑って頷けば燈魔もいつもの朗らかさで返してきた
「あい承知 宴は先に 楽しみや 子らの世話後 其方へ参ろう」
此方を向きながら。世話は止めない
手元で愛でる葉が吸い付く様
人がいようと対話を止めないマイペース、いつもの燈魔らしい。
日々を辿れば何となくそう思えて来た
「そんでそんで?いつからなの、同棲もいつから?前に来た時から居たの?ねえっ」
「こらこら、焦りなさんな。まあまずは改めて…」
裕希夏ちゃんの目配せ。
三人合わせたかと思えば鞄を漁っている
何かしら手土産があるらしい。
にまにまと笑う彼女達を小首を傾げて見守った
「わあ」
明日香さんから、いい香りがする白色の小包。細くて赤いリボンが上品に飾る
智美ちゃんからはしっかりした黒っぽい紙袋。手に乗る大きさで少し硬い音がする
裕希夏ちゃんからは水色の小包。海の模様が凄く可愛くて素敵
「復職祝いです ささやかですが受け取って下さい」
「アテシからはコスメッ 真由里ちゃんのリップみたいな可愛いやつ選んだんだよぉっ」
「こっちも大したモンじゃないけどさ 使いやすそうなの選んだから、貰ってよ」
優しさが三人分
それも内緒で用意して、自分に合わせて『急がない』だなんて。
何重もの優しさが目の前に並ぶ
ゆったりと世界が滲んだ
「ああもう泣きなさんな。ほら、丁度これ。ハンカチだから使いなよ」
「あ、ありがとう…っ」
丁寧にシールを剥がしてみる
中身は厚手のタオルハンカチ。海の生き物が刺繍されている
水色で波模様が全体にあって可愛い
濡らすのが勿体なかったけれど、泣いたままなんてみっともないから
甘えた厚意がみるみる深い海になった
「私からは紅茶のセットです。ハーブティーも入っていますので、リラックスして頂ければと」
「アテシのはちょっとイイリップとグロスだよん、うるツヤで気に入ってるヤツね」
「あ、わ、わあ」
次々満たされていく
なのに、こっちは単語さえ返せてないだなんて
成人として凄く情けなかった
「有り難し 言の葉一つ 紡げども 頬を伝うる 花の露」
世話を終えたらしい。燈魔が歩み寄る
そっと拭う彼の指
草花と土の香りが柔らかに頬を慰めた
登場人物が駆け足すぎるぜ…




