邂逅の果て、弐
アパート前の小さな公園
そこで燈魔と軽く散歩している
『もし、もし そこの君 話をしては くれまいか?』
燈魔を連れて来て一週間程度だった
燈魔はたまに独り言を言っていた
夕暮れの窓辺で首だけ、時計や本が入った棚の上で角を生やした頭が笑っている
外に向かって。誰も居ないのに
帰ってくる度叫びそうになった。
そんな数日も通販したマネキンや服が届いて終わり。
彼の要望で近所を歩いた
目立つかと思って夜だったけれど、"変化出来る"と言った彼には角が無い。
首まで隠れるベージュのニットセーターと深緑のズボンを喜んで着ていた
『此処の子ら 皆照れ屋らしい 愛い子らだ』
普通に住宅街の公園
誰も居ない滑り台とブランコ、カラフルな玩具が残る砂場
子供の声も鳥も居ないし、森林なんてものでも無い。
ほんの少し緑を多く残したそこで燈魔は楽しそう
街灯が微かに照らす彼はまるで舞でも披露する様に木々へ話し掛けていた
『ああ君か 貴方が此処の 主の君』
公園の少し奥。何の変哲もない樹に静かに話し掛けた
ゆっくりと繊細に木の幹を撫でる
その内手を引いた。指には棘
マネキンは痛くも無いし、血も出ない
その程度じゃ出ないのだろうけれど、刺さっているのにこの反応
少しだけ怖く感じた
『負荊かな その身に触れるは 失礼か』
扇の青い葉っぱが落ちてきた
ぱらぱらとそれを燈魔が頭に被る。葉には芋虫までくっ付いていて
角が齧られそうだったから樹にそっと戻した
何となくだけれど。その樹は多分、"女性"、らしい
『私はね 君の話が 聞きたいよ。礼には君に 力を分けよう』
また樹に触れた
でも今度は違う
ゆっくりと、指先から。波紋の様に柔らかな薄緑の光が広がっていく
浴びた枝から芽吹いた葉が出てきた
というより。元々在るそれが元気になった様な
『どうだろう 返事をおくれ お嬢さん』
ほんの一息、静寂な間
また葉が落ちてきた
虫食いも何も無い綺麗な葉っぱ。それが樹に触れる手にそっと舞い降りて来た
『ありがとう 証を少し 見せてくれ』
燈魔が振り向く
差し伸べて来た手に応じてみる。そっと導かれ、一緒に樹に触れた
そして後ろから覆い被さる様に。
マネキンだと分かっていても、逃げ場が無いのは少し怖い
『目を閉じて 全て私に 委ねなさい。君を旅路に 連れて行こう』
耳元で鳴る彼の声だけが縋りの標になっていた
『──────』
目を瞑った途端。瞼の裏に何かが写った
映像だ それもかなり古い
そして低い。誰かの足が目の前を通過する
段々と忙しなく人が往来してきた
家や店が立ち並ぶ。たまに雨や水が掛かって来た
愛おしそうに世話をする誰かが居る
顔までは分からない。全てピントがズレてぼやりとしているから
それでも分かるのは、みんな履いている物が靴じゃない
それどころかズボンでも無い
袴や和服だ。草履だ
やがて騒がしく建物が立派になっていく
人の服が何となく洋服に近くなって、視点も背が高くなっていく
まるでタイムラプス
あっという間に周辺が赤くなって、全部が瓦礫の山
そこから芽吹いた様に建物が建てられて、また新しく人が往来し始める
長く更地だった此処も埋め立てられた
半端な緑地化政策で伐採の難を逃れ、いつの間にか子供達の日陰。休憩所
また長く忙しない映像。
そして最後に映りこんだのは
"ああ君か 貴方が此処の 主の君"
燈魔と自分だった
『…わあ………』
目を開けた
相変わらずの樹
でも、色々と見えてからのこれは印象が違う
樹の中にはきっと年輪がある。その一つ一つに今見た歴史が刻まれている
雨の日も風の日もここに立って、時に子供達の寄る辺になる
子供を沢山見守り見送って来た樹
皮の皺一つでさえその時が刻んだ証だとしたら
その深さがとてつもなく、深い愛にさえ見えてきた
『ありがとう 約束通り 与えよう』
ぽう、と樹が再び光に包まれた
今度は全体が淡く光る。まるで蛍の優しい光
柔らかな春の匂い
彼が力を使う時は決まってこんな心地の良い温もりが香ってくる
ゆっくりと消えた直後、樹が揺れた
葉の根元から何かが伸びてくる
見えにくいけれど、きっと花。
一斉に芽吹いてざわめいている
一層樹の頭が揺れた直後。まるでオーラの様に何か────花粉が、舞って
どっさりと銀杏が落ちてきた
『良し良し』
満足そうに燈魔が笑う
頭からも実が幾つか転がり落ちて来た
─────────────
「真由里殿 荒れた土地故 気を付けて」
燈魔に手を引かれながら
菊の花束を片手に例のショッピングモールを練り歩く
夜とは違う雰囲気。中まで陽は差さない
けれど"昼"というだけで安心感は何にも替え難い
夜とは、暗闇とはそれ程人にとって恐怖なんだと改めて考えてしまう
そもそも怪談なんて物があるんだから。
それを恐れるのは昔も今も変わらないらしい
「さあここだ 手を離しては いけないよ」
モール奥。地下に続く階段
ぎゅ、と彼の手を握る
連れ出した夜、あの鈴を鳴らす声音で燈魔が言っていた
そうすれば自分は無事に帰れるからって
封印を解いてくれた恩義を返したい。
御守りだと思えばいい。
直前に体験した事も相まって、選択肢なんて無かった
『彼等には すまない事を した様だ』
地下に蠢いていた気配。それらはみんな、周辺の救われない者達
山に住まう者、人を喰いたい怪異達
全てが燈魔の"穢れ"に集まってきたのだと
噂が広まれば広まる程、様々な者達が集まる
そしていつしか小さなケースいっぱいに入れた蛆虫の様。無限に増えながら蠢き続ける
ある者は寂しいから
ある者は欲しいから
ある者は喰いたいから
様々な負の欲望や"穢れ"を生んで溶け合う様に、競い合う様に人を取り込んで喰い荒らす
無秩序で酷い場所になったらしい
そんな者達を燈魔は"穢れとして喰った"と朗らかに言っていた
『っぅ』
『お嬢さん 私を離しちゃ いけないよ。まだまだ彼等は 此処に来る』
薄ら寒い桜の樹が乱立した駐車場
あんなに暗くて恐ろしかったのに。月明かりに浮かぶそれらはまるで夢に迷い込んだ幻想
首は寄り添う様に縋って絡む腕を受け入れていた
「そらここだ」
桜の森
駐車場に現れた背丈位のそれらを掻き分け、コンクリートみたいな壁の角にある一層大きな樹の前
その桜だけは天井まで届いた枝が窮屈そうに腰を曲げている
「これ…」
「この樹だよ 君の仲間を 食べたのは」
桜は此処に吹き溜まった怪異や怨念達。
事前に説明は受けていた
でも。最初に自分の横で変わった樹は背丈位
他も大体そう。何本か頭ひとつ抜けているけれど
これはもう天井が無ければきっと四、五メートルはありそうな樹
それが枝を垂らして花を咲かせている
「……っっ…」
化け物だったんだ。本当に、文字通り
目に見えなかっただけで
暗闇で分からなかっただけで。
思い出しただけで気が遠くなる
いつの間にか燈魔が支えてくれていた
「このヌシは 話が酷く 通じない」
「話、って」
「なればこそ、人を喰っては 取り込んで この場のヌシと なっていた」
花を愛でる
マネキンの繊細な指先がゆっくりと柔らかな花弁を撫でていく
「其れはもう 赤子の様に 此処に在る」
どれだけ恐ろしかったとしても。今はもう、無害な桜の樹
あの時喰われた皆、この満開に咲く花の糧になったんだ
「さあここに 弔う花を 手向けよう」
すっかり血の気が引いた手
もう氷の様に冷たい
足元には桃色の小さな花弁と黄色く細いモノ
抑えられない震えが折角の菊を傷めてしまっていた
「この花も ここで命を 散らすだろう」
そんな手を燈魔は取って、頬を寄せる
「弔いを 生者の代わりに 寄り添いを」
一緒にしゃがむ
そしてゆっくりと。錆びたブリキの様な身体を慰めながら花束を供えさせてくれた
離してはいけないと言われた手もそっと離れる
そのまま自然と手を合わせ、手や頬を涙で濡らしていた
「────っあ…」
どれ位そうしていただろう。
燈魔はずっと後ろで見守ってくれていた
ふわりと暖かな風が髪を靡かせる
屋内でそんなもの吹くはずが無いのに
でもいつの間にか、自分達の周辺だけ妙に緑が茂って名前も知らない花が咲いていた
「真由里殿 そろそろ此処を 出てしまおう あまり長いと 彼らも戸惑う」
いつまでも涙を友人に見せるな。
そう言いたいのか、慰めなのか、催促なのか
どの道長居してしまった
スマートフォンの時間は到着してから二時間も進んでいたから
「うん、でも燈魔の……え」
立ち上がり振り向いた途端、燈魔がそっと身体を抱き寄せた
そう思えばちゃり、と金具の音
首には小瓶のネックレス
「その飾り 肌身離さず 持つといい 君を何処でも 護ってやれる」
からりと心地良い音を鳴らすのは、見覚えのある白い角の欠片
絡まる蔦の葉も添えて。
見上げた彼は変わらず朗らかに笑っている
「ありがとう」
降りてきた髪はベールの様に昼の陽気を溶け込ませていた
「山の中。特に飾りは 役に立つ 君は主らに 魅入られた」
ふ、と静かになった。
「……それ、この樹じゃ…」
「そのヌシは 此処に居ただけ 新参の 山の主らは 君が欲しい」
変わらず優しい笑顔なのに。
四方から急に見られている様
悪寒が刺さる
燈魔から目を反らせない。
視線を外したら、何かが見えてしまいそうな予感
燃える様だと思っていた赤い瞳が、すっと引いていく血のそれに見えて仕方なかった
「……真由里殿」
頬をゆっくり、撫でられた
「心配無い 私が君を 護り抜く 何処に行こうと 離しはしない」
手を引かれた
固まった身体が崩れる
薄ら寒い言い回しが頭を反響する中、地面に脚が着いているかも分からない
子鹿にも似た足取りで駐車場を後にした
続くかもかも
目指せホラー恋愛物語




