邂逅の果て
「───な、に……」
顔だった。祠の中に、顔
角には蜘蛛の巣
まるで枝分かれした木の枝の様。不揃いな二本は格好の隙間らしい
長髪も絡んでいて、絹の様に柔らかそうな薄緑色
それが当たり前の如く"置いてある"
作り物なんかじゃない。
「ああやはり 綺麗な中身の お嬢さん」
優しく笑って、ゆったりと語り掛けて来た
「…………貴方、何……身体…え、角……?」
不可思議さに口が塞がらない
飲み込むには易くない。だって、扉を開けたらこれだもの
御札がボロボロで、祠で、中には身体が入りそうなスペースも無い
文字通りの生首が今、話しかけてきている
「ひっっ」
がん、がん
まるで開けろと叫ぶ様
入口が騒がしくなっていた
人が居るはずも無いのに、何人もの蠢く気配
脳裏に直前がフラッシュバックする
「すまないね 彼等は君が 欲しいらしい」
忘れていた恐怖が再び首根を引っ掴んで這い上がって来た
「っいや…やだ、やだやだやだっ」
もうヤダ、やだ、やだ
収まらない震えが声まで揺らす
「ねぇマユリィ、はやくこっちきなよぉ」
呼ばれた
声は友人。怒りに染まった、それでいて悲哀さえ添えた怒号
でも、さっき見たんだ
彼女は闇に引きずり込まれた
「マァユゥリィ、付き合い悪いんじゃないかぁぁあ?」
リーダー。彼は真っ先に犠牲になった
笑い混じり声は楽しげに上擦っている
目の前で見たから声の主は違う筈なのに。
ここまでハッキリしているのなら、生きているのではと勘ぐってしまう
『まぁぁゆうぅううりぃぃぃいいい???』
「い。ううぅう……っ」
聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。怖い。怖い。怖い帰りたい帰りたい帰りたいかえりたい
大声で扉を叩いてる
耳を塞いでも聞こえて来る
それらがまるで鼓膜を直接弄られるみたい
もう、顔なんてぐっちゃぐちゃ
吐いてしまいそう
「真由里」
「……っは…?」
彼氏の声。一気に静まり返った
「もし、もし。お嬢さん」
「真由里」
「振り返ってはいけないよ」
彼氏と、鈴の様な優しい声が交互に聞こえる
「真由里。一緒に帰ろう みんなもう帰るって」
「振り返ったら、連れて行かれる」
「真由里、行こうよ。帰ろう?さあ。真由里』
「帰りたい場所が、あるんだろう?」
「……っ」
蹲る足の隙間。
見えてしまった
黒い脚
まるで髪の毛を信じられない量束ねた様な。
ざわざわと不定形な足元
それが、後ろに
まるで列で順番を待つ佇まいだった
『まぁぁあゆぅぅう、りぃぃぃい??』
耳の真横。がちがちと歯が鳴る
声は心底に楽しげ、なのに腹から出るのは怒号や苛立ちに染まっている
彼氏じゃない
いや、彼氏に混ざって、何人もの声
地を這う多数のそれに直接心臓を掴まれた
「やぁぁあ……や…あ…………っ」
力が、抜けていく
「もし。お嬢さん 目を瞑っておくれ」
保っていられない意識が自然と目を瞑る
焦点が定まらない。
何かがするりと、黒い水面に堕ちた気がした
その瞬間。掠めた
漂う
花の様な、甘い匂い
人肌とは違う暖かい春の気配がそっと頭を撫でくれた
「もし、もし。お嬢さん、そのままゆっくり 起きてご覧?」
優しい声音
ゆっくりと、吊られて顔を上げた
「大丈夫 彼らは既に 赤子だよ」
かさりと何かが当たった
花。ピンク色の小さな桜
それが枝垂れて咲いている
撫でられたと思ったのは、これが頭に触れていたからだった
「お嬢さん 花は好き?それともお歌が 好みかな」
赤い瞳を細めた柔らかな表情
微笑む姿が本当に、神々しささえ覚えてしまった
☆
─────朝
独りじゃ持て余すアパートの一室。
ソファで目覚めた
テーブルには缶が数本。
そういえば、仕事から帰ってそのまま。お酒を飲んで寝てしまったんだった
「真由里殿 今日は何処かに 行かれるか?」
鈴を鳴らす声
ソファに寄り掛かっていれば真後ろで聞こえる
それはゆっくりと手を伸ばして、首元から抱き寄せてくれる
芯のある硬い腕
そして降りてくるのは絹の様に柔らかな薄緑色のベール
一年前、燈魔と名乗った生首の彼だった
「今日は、君の家に行くよ 来てくれる?」
部屋着を整えて返事
今日は休日。丁度一年前の、あの日
ずっと行けなかった。行ってはならないと止められていたから
花を供えようと思っている
燈魔は小さく頷いた
「ああ勿論 赤子の彼らも 喜ぶさ」
ゆったりとした口調
彼の服もベージュのニットセーター。柔らかいから眠くなりそう
俳句みたいに話すから余計
最初は嫌にゆっくりだなあ、なんて思っていたけれど。
「じゃあ、支度しよう。お花屋さんも寄らなきゃね」
「花屋なら 駅の通りが 丁度良い」
「あそこ、お気に入りだね」
ようく聞けば五七五
気付いてからは言葉遊びみたいで面白かった
「そうともさ 若子の声らが 愛らしい」
蕾の事を言っている
赤子と言うのも、聞けば小さな木。
彼にとってはみんな産まれたての赤子らしい
「公園も寄ろう。肥料は選んでね」
大木にご挨拶。
あの日、祠から連れ出した燈魔に色々と教えてくれた樹がある
樹齢は三百年程度。ひっそりと残っていたんだとか
「おうともさ 彼女は少し 気難しい」
みたいだね
缶を回収しながら立ち上がる
適当にゴミ袋へ放り洗面台へ
蛇口の冷たい水を手に貯め、ぱちゃりと顔を濡らす
目覚めたと思っていた意識にしっかりと輪郭が付く
汚れを軽く落として歯磨き
これが朝。毎日繰り返す好きな時間
一人ならきっと味気ない
「真由里殿 食事は此処に 置いておこう」
目玉焼きトーストとソーセージ
火は苦手だからIH。ちょっとした卓上コンロ
本人がやってみたいと言うからマネキンと一緒に買った
そうしたら、これ
すっかりハマったみたい
身体もマネキンに馴染んで自由に動いている
本当に不思議。人じゃないと言われなきゃ全然分からない
角なんて人に化けたら無くなる
アクセサリーで通せてしまう世の中は何かと便利みたい
「ありがとう。食べたら行こうか」
燈魔は水を飲んでいる
彼は身体が植物に似ている。だからマネキンも根を張って動かしている
動けばそれで良いのだとか
此方は香ばしいトーストの甘みと両面焼きの程よい白身の弾力が何とも言えない
レタスが小気味良くて癖になる
ソーセージを挟んで食べれば塩気が引き立ててくれる
黄身が包んでくれる抱擁はまるで、あの日の優しさの様だった
続くかもー
燈魔くんと真由里殿、今度描いてみなきゃ




