邂逅
これは、ある所に住むOLと、何故か首だけで笑う人のお話です。
「いや、いやっ いやぁぁあっ」
連れてこられた。
彼氏とサークルでつるんでる人達だからって
安心したのに、これだ。
私が怖い物嫌いだって知ってるのに
人影が溢れてくる通路を走り抜けながら、後悔が頭を駆け巡っていた
────────────
『……ねえ、ここって…』
お酒の勢い。そんなきっかけだった
怖い物が大嫌い
幽霊、怖い映像、ホラーゲームだとか。
お化け屋敷だって"看板"から怖い
そんなだから面白いんだと思う
反応が凄く忙しないから
『いやあ"フインキ"あるねぇ、サイコーじゃんここっ』
『だろ?前にココ来た時さ、すんげえ寒かったのッ そーいうのって居るんだろ?肝試しに丁度いいじゃんっ』
夜9時を回った廃墟
肩を出した赤い服でミディアムショートの黒髪を彼氏に押し付けている
すっかり寂れたショッピングモールの中で夏の軽装備。
見渡せど誰も居ないし何もない。
色んなお店が撤退した
元々は大元の経営者が夜逃げしたらしい。ニュースになっていたから知っている
理由は色々と囁かれていた
中でも有力だって誰かが言い始めたのは、不可解な現象の数々。
元からお化けが出るという噂はあった
かく言う自分も、小さい頃はここのエレベーターの中で閉じ込められたんだ
一人でお遣い
タイミングも悪かった
真っ暗な中で一人閉じ込められたのを覚えてる
"大丈夫?怪我はない?"
"今助けるからね、少し待っててね"
マイク越しに聞こえてきた
でも怖かったから、子供らしく泣き叫だ。
その内マイクからは誰も喋らなくなって、寂しくて更に。
それでも1人だけ
"もし、もし 可愛いお嬢さん"
"怖いのかい? お話ならば 相手しよう"
"そら、しりとりは好きかい?"
"花は好きかい?"
"鳥は好きかい?"
"お歌は好きかい?"
"童歌でも教えてやろうか"
優しくて低い声
ずうっと励ましてくれた
段々と落ち着いて来て、泣き叫ぶのも辞めて数度言葉を交わした
何を言ったかは覚えていない
優しいお兄ちゃんらしい、それだけ
"さあ終わり そろそろ迎えが 来るようだ"
複数人の足音と話し声
助けだ
"お兄ちゃん?"
"心配ない そのまま動かず 待ちなさい"
エレベーターの上が開いた
照らされて眩しい。
オレンジ色の人が懐中電灯を手に助けてくれた
"よく頑張った。ボタンもよく押せたね。大変だっただろう?もう大丈夫"
分厚い腕に拾われた
引き上げられる時に目に入った操作盤
電話みたいな赤いボタン。背伸びしたって絶対に届かない
"お兄ちゃんがお話してくれたの"
大人がきょとりと首を傾げた
"おかしいな。通話もカメラも、中の様子が全然分からなくてね。ずっと慌てて居たのに"
あとから知った。
カメラはノイズだらけ
何も映らなくて、通話は雑音と何人もの人が叫んだり話したりする声で何も分からなかったらしい
あの時、誰も私と話していなかったんだ。
そう気付いた途端。腕の中で怖くなって気絶した
『やだよ行きたくないっ 車にいるってば、やだよ、やだやだッ』
気が大きくなった仲間に連れていかれる
拒否はする
けれど、複数人に押されちゃ抵抗しようも無い
モールの中は静かで声が響く
病院やホテルじゃないからまだマシだ。
大丈夫、怖くない。怖くない。
引き返せもしなくて無理矢理言い聞かせた
『わっ』
『い、いやぁぁああああっっっっ』
普段見られない裏側で興奮
変な虫が沢山いて逃走
謎の音が響いて発狂
脅かされて自分が絶叫
一通り皆は楽しかったみたい。
自分はもう立っているのもやっと
彼氏にしがみついて引き摺られている
最後は地下を見ようだなんて誰かが言った
掠れている案内を頼りに地下階段へ。
降りて扉を開ける
そこは坂道側の窓から月明かりが差す、半地下の駐車場だった
『うわあ…広ぉ』
誰もいないなんて殆ど初めて
皆感心して見回っている
足元は小石、壁には廃材や放置された荷物。
懐中電灯の灯りを頼りに少し奥まで
月明かりなんてもう無い。手を伸ばしたらもう指が見えなかった
『いって、ちょ、押すなよ』
前を歩くリーダーがよろめいた
その隣の彼女にぶつかる
というより、激突した
『いやアンタが押すなって』
彼女もリーダーに向かってよろめいたから
『は?何、俺こっちに居んだろ』
『じゃあ何?アンタ?』
振り返りに照らされたのは彼氏
という事は、真後ろに居る
しがみ付いてる彼があんなによろめく位なんか押せる訳が無い
背筋に氷でも入れられた様。夏場なのに、冷や汗が背中で凍る
『いや、俺ら後ろじゃん。何言ってんの……』
それで言えば自分の前はリーダー
ずぅっと腕をがっちり。触れなんてしない
ぞわりとした、まるで髪の毛がゆっくりと絡んでくる感覚
段々と足先から悪寒が這い上がって来た
『………………ねえ…じゃあ、彼を押したのは誰…?』
顎ががちがちと震える
裏返りそうな声を必死で抑えた
微妙な静寂。
彼氏はスマートフォンのライトを付ける
自分も真似
灯りが欲しかったし、懐中電灯位じゃ顔までちゃんと見えなかったから
せめてみんなの顔を見て安心したかったから
それだけの淡い期待でまずはリーダーを照らした
『……………へ…』
白い服。
リーダーは涼しそうなTシャツとフード付きの上着
こっちを照らしてくれている
逆光に見えているから異様に暗かった
いや、そうじゃない
『え?なに何、怖いんだけど』
黒い。黒い。
細長く黒い。手
照らしたせいで良く見えた
無数に絡まる黒い手と、髪の毛
『あ……………い、あ…』
絶叫
喉が切れそうな位叫んだ
それを皮切りにリーダーが暗闇に引き込まれる
というより。スマートフォン程度じゃ照らせない黒い壁に吸い込まれた
リーダーの顔は素っ頓狂。
寸前で状況を理解したのか、泣きじゃくる顔で口を塞がれる
そのまま闇に飲まれて行った
『ヒッ な、何、なに何何っ何っっあ、ぁぁああっっっ』
彼女は脱兎みたいに飛び退いて逃げた
でもその先は暗闇。照らしているのによく見えない
脚が見えた
どさりと重い荷物を落とした音で平行移動
きっと転んだんだ
でも次の瞬間。物凄い叫び声と共に奥へ消えた
『逃げるぞ、早くッッ』
手を引かれた
肩が外れそうになる
身構えなかったから。それだけの勢いで彼氏が一緒に逃げてくれている
膝が震えてまともに走れない。
でも強制される前進で脚が回る
早く逃げる、ここから逃げる
早く地上に、車に
その後は何処に?
警察?
消防?
病院?
訳が分からなくなって涙まで出てきた
『いたっ』
腕が離れた
というより突き飛ばされたらしい
咄嗟の着地で手首と足を捻ってしまった
『早く逃げ─────』
顔を上げた頃にはもう、津波。
子蜘蛛が集まる様に無数の腕が彼氏に群がる
突き飛ばしてくれたんだ。月明かりの中に
彼氏の手を掴もうと手を伸ばす
けれど。遅かった
届きかけた指はただ、何も無い所を引っ掛けただけだった
『ひ、いやぁぁぁあっっっ』
腕を掴まれた
冷たい。柔らかい、絡め取って来る氷
必死に振り払って走る
階段が見つからない。いや、どこか分からない
涙とパニックで足元が見えない
月明かりの中を綱渡り
窓から転々とする灯りを踏みしめる
涙を置いて風を切る
時に手も使って、走る。
転げながらも逃げる。前へ進む
その内見えた扉。
一層の月明かりが見えたから体当たり
開いた。そこに体を捩じ込む
伸びてきた腕達が閉じる扉に追い出された
「なに……な、なに…もう何なの やだもう、やだぁ帰りたいよぉぉおおぉぉ…っ」
酒が飲める大人なのに。通路の真ん中で泣きじゃくってしまった
溢れる涙が止まらない
震える手足に力が入らない
怖い。怖い。
でも、動けない
悲しいでもない、鼓動に合わせた痛みが手足を熱して来る
擦りむいた肌に砂利が刺さって痛い
短いポンチョだから何も守れていない
生理的な涙も止められなかった
"─────もし、もし"
優しい声。鈴を鳴らす様な
「っふぇ……?」
迫り上がる痙攣に声を漏らしながら。出処を探る
"もし、もし。お嬢さん 誰かの助けが 必要かい?"
誰もいない。
片方の窓から月明かりが続く道
さっきまでの背筋が凍る寒気は無い
むしろ温かい。
何処か馴染みか、覚えのある包容感
"怖いかな 話が好きなら 良いのだが"
まるで今、誰かに頭を撫でられている様
やっと聞こえた自分の息が整ってきた
「……誰…?」
"お嬢さん 少し此方に 来れないかい?"
"私もね 君と話が したいんだ"
声は通路の奥から
吸い寄せられた。街灯に集まる蛾みたいに
それを優しく迎え入れる心地良さ
天井辺りの小窓から一列入る月明かりを辿る
もう誰でもいい
誰か居るなら、藁にも縋る思いだった
「────……あ…」
辿り着いた先
鳥居だった
それも劣化というか、鮮やかさが曇る色合い
大きさは背丈より少し低い
後ろには赤い祠。立派で紙が貼ってある
お供え用の白い小皿には黒っぽい輪っかと葉っぱ
雨漏りを何度も受けたみたい。跡が皿の模様になっている
枯れた植物が絡まっていて奇妙
祠自体は綺麗で装飾や金具までちゃんと残っているのに。
『廃れている』がピッタリだった
"こんばんは 招き入れるは 初めてだ"
声。ここまで来たのに誰もいない
「ねえ 何処?何処に、いるの?」
声はするのに主が居ない
振り返っても、祠の後ろを覗き見ても居ない
スマートフォンか何かにしては、電子機器特有の音割れというか。
耳に少しだけ障る感じがしない
本当に目の前で話している様な聞き心地だった
"お嬢さん 扉を少し 開けれるかい?"
「扉?」
祠の後ろ、横
扉は無い。足元だって平らなコンクリート
それらしい物は見当たらない
あるとすれば、祠。小さな閂がしてある
鍵は壊れている。御札らしい紙なんてもうボロボロ
普通に開きそうだった
「……これ…?」
でもこれしかない
普通なら怖くて開けられない。
だってこんなの、ホラー映画や番組なら定番の怖いやつ
真っ先に背を向けて走りたくなる
でも今はその方が危険。一本道の先には、入口しかない
あの奥が危険なのは嫌でも分かる
近寄りたくないから。向けている背中は相変わらず悪寒が止まらない
何人も蠢くみたいな気配が気持ち悪い
"大丈夫 私は君を 助けよう"
極限な状況を慰める声
信用してみたくなった。そもそも、疑うには優しすぎる声だから
だって、この声は
"もし、もし 可愛いお嬢さん"
あの時の、お兄ちゃんの声だから
「お嬢さん 開けてくれて ありがとう」
────首。
赤い扉が開く先
枝の様な、歪な角が飾る美しい『顔』が朗らかに笑っていた
続くかも……




