第九話・食べ物の恨み……
食べ物(?)に関して少しグロい表現があります。ある意味飯テロ?
苦手な方は薄目の遠目で読み進めて下さい。
これから喪明けの儀と新騎士伯就任の儀がある模様。
どこかで待機させられると思っていたが…まさかの舞台裏だ。転がされる事も無く屋外のテーブルセットの椅子にきちんと座らせてもらっている。陽除けのパラソルも完備…パラソルの布の方が私の雑巾ワンピースよりも綺麗。鞄も中身も回収して手元にある…取り上げられずに済んで良かった。
一応母親は三度目の猿ぐつわと初めての後ろ手縛り。手を前に縛っていたら、テーブルでも叩いて騒音を出すんじゃないか?との配慮。同テーブルに位置取っているが、なんせテーブルがデカいので席を離せばいい距離感だ。配慮がほどよい。
いや、でも、儀式の関係者じゃないんだから、こんないい場所待機させなくてもいいと思うと、思わずため息が出てしまった。
私の側につけられた兵士から声がかかるが、棘のある言い方を隠そうともしない。
「ため息など……何か不満でもあると言うのか?寛大な処遇に感謝するなどと殊勝な事をほざいておいて、結局はお前も我らを馬鹿にしてるんだろう!?」
年若い兵士…感情のコントロール、下手か。
兵士だから多少は血気盛んな方がいいのかもしれないが、儀式を行っている舞台裏で感情を露わにするのはどうかと思う。
「不満があるため息ではありません。儀式の舞台裏での待機ですから、緊張しているだけです。儀式に貢献する訳ではないので、こちらでの待機が心苦しいです。……後、お腹が空きました」
もう、4の鐘は鳴っていてそろそろ昼食の時間。昨夕食と今朝の朝食を摂っていないのでそれなりに空腹を感じる。さっきまでは、自称父親と一応のグダグダな『三文芝居』を見せられて辟易して胸がやけ、気持ちがいっぱいいっぱいだったけど(主に情けない気持ちが)
「その汚い鞄にカス芋が入ってるし、堅パンもある。それをここで食べればいいだろう」
フンっと鼻を鳴らして見下ろしてくるが、その態度の方がよっぽどこちらを馬鹿にしてるように思える。
飲食の許可は取っているのか聞くが返答があいまいで、恐らく許可の必要性も分かってないのだろう。話にならない。上の人間を呼んで来いと”やんわり、対お貴族言語”で物申してみれば、その必要はないと拒否された。他の兵士に目配りをするが、皆顔を逸らしてしまっているので飲食の許可については想定外の質問なのかもしれない。
食べ物をたかる気だろう?卑しいガキだ。働きもせずにのうのうと暮らしてただけある。等、年若い兵士は勝手な思い込みをだらだらと垂れ流しているが、それを甘んじて聞き続ける必要こそない。
スッと左手を挙げると侍女が横にやってきたので、飲食の許可を得たいと、手持ちの食事をするので許可だけが欲しい旨を告げると、一礼だけして去っていった。
ええの?アカンの?どっちやの?
空腹は最高のスパイスであるが、『堪忍袋の緒』を切る刃物でもある(私調べ)
こちらの意思ではなく拉致られ、晒され、処遇が決まったのも加算され、『堪忍袋の緒』をぶっちぶっち切断していく。
先ほどの侍女が戻って来たので、話をしようとするが…後ろに数名の侍女を引き連れ、その侍女達はワゴンを押している。
あっという間に2人分の食事の準備をされていた…しかも、ごちそうだ。グリーンのポタージュ状のスープがほわほわといい匂いをさせている。……ッチ!
若干赤身の残る厚めの肉はいつも食べている鳥類の肉では無いとすぐ分かった。パンだって黒くない、白パンだ!!
…ゴキュリと喉が鳴った。
私のではなく、一応と若い兵士のだ。兵士は顔を赤らめて視線を逸らした。
「こちらにこの様に食事の準備をしていただいたと言う事は、飲食は可能と言う事ですね?ありがとう存じます」侍女に礼を言うと、無言で少し離れた場所に控えてしまった。
「では、いただきます」
私は鞄を開けてカス芋と堅パン、水筒を取り出した。
「をい!待て!なぜ、こっちの食事を食べんのだ!?」
兵士が慌てて準備の邪魔をしようとするが、そんなの知った事か。どんどん、カス芋を水筒に入れていく、堅パンも先に入れておいた切れ目から千切る。堅パンを口に含んだが…安定の酸っぱさと硬さだ。
「話、聞いてんのか!」
「シッ!!静かに。今は儀式の最中です。裏で警備をしている兵士が騒いだらダメでしょう」
硬いまま飲んじゃったよ堅パン…勿体ないし喉痛い。
「出された食事を食べんからだろうが!」
声の大きさは調整したが、こちらを責める口調は変わらない。
「食べ物をたかるつもりはありません。飲食の許可があるかどうかを確認しただけです。それに、私に対して提供したかどうかのお話も聞いてません。卑しいガキですので食べなれていないごちそうより、いつものカス芋と堅パンがお似合いでしょう?」
美味しそうな食事だ……いや、違う。
物凄く凄く美味しいに決まっている食事だ!!
こんなごちそう、祖母に連れられていった怪しげな屋敷での会食以来だ。食べたいに決まってる。
しかし、食べたら「食事をたかる卑しいガキ」認定されるに決まっている。そんなの私の矜持が許さない!
『腫れた惚れたは食えてからの話』が持論であり、ごはんが食べられるかどうかは凄く大切な事だけど。私は自分自身の”食糧”を持っている。だから、馬鹿にされたまま食事なんてするものか!!
「…だって、お前、こんなごちそう…食わねえのかよ!?」
「ん、ん!むぬぅ~!!」
兵士と一応がうるさいが、喪明けの儀式が終了した様なので放置しておく。
グリーンのポタージュは…見たくもない。
赤身のお肉はどの魔獣だろう、ホーンブルか?もしかしてワイバーンか?などと、目の前のごちそうをおかずに酸っぱ硬いパンをかみ砕いていると、辺境伯が後ろに引っ込んで来た。
「おお、食事を摂っているのか…何を食べておる!?そっちの準備した料理には手を付けていないではないか!?」
テーブルの上に広げたカス芋を見て顔が苦痛に歪んでいる。辺境伯も食べた口ですな?
「発言のきょ…」
「許すぅ!?」
慌ててとった礼も不要だと、近い座席に座る事になってしまった。
「なぜ、料理を食べておらぬ?嫌いな物でもあったのか?」
いや、子供じゃないんだから……て、11歳はギリ子供か?
「私は、飲食が許可されているのかの確認を取っただけです。そうした所、食事をたかる卑しい子供だと言われたので、自身の手持ちの食べ物を食べているだけでございます」
「…誰がその様な事を申したのだ?」
辺境伯が周囲を見回し、控えている侍女を見据えた。
「いえ、そちらの方々ではございません。誰が言おうが、それを探しても無粋。卑しい子供…それが私に対してのこちら騎士伯領の方々の評価でありましょう。言った誰かを罰したところで、次にも同じ評価をされる方が現れるだけです。幸い、私には食糧がございます、食べ慣れたカス芋と堅パンが丁度いいのですよ。お気遣いありがとう存じます」
淡々と会話をしながら、食べていく堅パンとカス芋のスープ。一日ぶりの食事に気持ちが和らいでいく……食事、大事。
「こちらの食事も準備していただいて、廃棄するのはもったいないので…そちらの猿ぐつわを外して食事しても?そして一人分余ってしまいますので、先ほどから手厚い警備をしてくださっている兵士の方に食べていただいてはどうでしょうか?今でしたら、私特製のカス芋のスープもお付けしますよ?」
折角食べた食事を全部吐き出してしまうかもしれませんが?と小首を傾げてお勧めしたが、2人共私のスープは飲まないとの返答だった。
兵士に至ってはブルブルと首を振っている…顔色も悪い。そうか、そんなに飲みたくないのか。
「私には大切な大切な食べ物なのですが…他の方たちには不評のようですね。食糧が減ってしまうシン月には温かいカス芋のスープで命を長らえてきました。慣れれば岩蛙の肉も食べられるようになる程丈夫になるのですよ?」
厚い前髪で表情は読み取り辛いだろうが、兵士を睨みながら話を続ける。
責められているのが分かったのか、やや不満気な表情をしている。
「岩蛙は防具にして終わりだろう…です。肉なんて食えたモンじゃね…食えたものでは無いです」
「あら?先ほどと口調が変わってますが?卑しいガキにその様な口調を整える必要はありません。のうのうと暮らしていた、私の食糧事情をお教えしようと思っただけです」
辺境伯が妙な間合いで兵士に顔を向ける…ギギギと音が鳴るんじゃないか?
「食べられますよ、岩蛙。だってホーンラビも岩蛙を捕食しているでしょう?どちらかというと、リザード系が好きな様で、あまり岩蛙を狩る事はありませんけど…」
「な、なんで11歳のお前が!狩場の事を知ってるんだよ!……ですよ?……ひぃぃっ!?」
「ん、んンぅ~っ!?」
何故、疑問形そして悲鳴。辺境伯の顔が鬼瓦に似てきているからか。顔を向けられていない一応まで反応しているから、なかなかの鬼瓦っぷりなんだろう。
「…せっかくのスープが冷めてしまいます。2人に食事をしてもらってはどうですか?」
料理を廃棄なんてもってのほか!食べたい人が食べればいいのだと提案するが、1人分は下げられ、残った料理は一応の前に並べられた。
縛った手だけ外され、猿ぐつわを外す前に「食べるなら外すが、騒ぐ様なら食事は中断する」と言われていた。4度目の授与にならないといいが…。
下げられていく料理を口を開けたまま見送る若い兵士。上司であろう兵士がその口を下からの突き上げで閉じさせ、辺境伯に謝罪をしている。
私への対応を注意する事も謝罪もしない割に、辺境伯には謝罪をするのだな。
「岩蛙……血液が緑色していますし、切った時の異臭たるや…中々印象深いですね~。下手に血液に触れると手袋を溶かして皮膚まで溶かしますから、食べようと思う人は少ないでしょう」
にっこりと笑みを若い兵士と上司に向けるが、上がった口角しか見えていないはずだ。
厚い前髪のせいで目が見えず、表情が読み取りにくい私がにっこり笑うと、何かを企んでいる笑顔に見えるらしい。
「食べようと思う人は少ない魔獣と言えば、コッカもそうですね。鳴き声はうるさいし、吐く息は下水の様ですし……仕留め損ねれば爆散するなんて、討伐対象にしたくない魔獣ではないのですか?」
こみ上げる何かを我慢する顔付きに変わっている若い兵士、上司も顔色が少し悪い。
一応の食事スピードも落ちた。
「ですが、追いかけてきますからね~。成人男性ほどの身長の鳥に走って追いかけられるなんて、慌てて矢でも射ろうモンなら……フフフ…しっかり洗ってクリーンを使っても取れない臭気ですから。数日は自身の臭いで食事が取れませんもんね」
ケタケタと笑ってみせるが、若い兵士は頭を下げた後口を押さえてどこかに走っていった。上司も胃の辺りをさすっている。
「鳥なのに飛ばないなんて、おかしいですね」
笑って言うと、辺境伯と周囲の兵士から「そこじゃない」と突っ込みが入った。
周囲の兵士たちも皆顔色がおかしい。
食べ物の恨みは恐ろしいんだよ。今日の昼食が食べられない程度にはアレコレ言ってやろう。
一応の手も完全に止まっている、狩場にも行った事も無ければ、実際の臭いもかいだ事はないのに。
私が手に入れた野菜を奪って、狩場に行った結果得た肉を奪って…
のうのうと生きてきたのは、一応達だ。
子供がふらふらしていただけで、誰かが助けてくれる…そんな生易しい世界ではないんだよ、この異世界は。
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