ラスト・バトル
現生人類を追い抜かすほど進化した人は、抉りとられた脇腹を修復しながら言う。
「どうやらそろそろ終いのようだな。楽園を追い出されたあの日から行く末を気にしていたが……杞憂だったようだ。こうして可能性を示す者がいるのだから」
リカルドは鼻で笑う。
「本来なら出ずにいられたはずの楽園から出ざるを得ない状況にしたお前が言うのか?」
「そうだ。神の御業の一端を手にいれた俺達を恐れた神……かの者のお陰で人類はここまで来れた。知恵の実がもたらしたのは、神をも殺す力だ」
人の言葉を聞きながらリカルドは彼の体を見る。段々と土へと還っていっていた。
「時間がない。人類の到達点よ、証明してくれ。『俺はもういらいない』と、『人はたどり着ける』と」
リカルドは表情ひとつ変えずに構える。
「お前の居場所は、はじめから存在しない」
頂上。リカルドと人の決闘とはうってかわって、互いに満身創痍で感情剥き出しの、知性の欠片も感じられない本能に従う殺しあいは続いていた。
陽介のカートリッジはすでに残り少ない。だがカルロスはそもそも命のストックが1つしかなく、現地調達するしかない。低酸素環境による魔力循環の遅延、空気中に存在する原子の構成と数の把握、生命力に欠ける命……双方互いに不利が働いていた。
だから、己の身と鍛え上げた技術、そして『決して譲らない』というエゴと殺意を以て眼前の『憧れ』を越える。
他は何もいらない。愛も覚悟も、名誉も希望も……己の命さえも。
「だからこそ、みえるものがある」
「全てを投げ出して最後に残ったものを汲み取る」
陽介は残り少ない魔力を絞り出し、刃零れして折れた剣を修復する。カルロスは己の臓器を犠牲にし、身体能力を底上げする。同時に踏み込む。陽介のプロテクターとカルロスの剣が擦れあい、火花を散らす。最後の純正カートリッジを使用し、カルロスに突き刺す。
紙一重の回避。無駄撃ちに終わった。だが剣撃は止まらない。片腕を犠牲にして剣を振り抜く。プロテクターが破壊され、カルロスの剣が腕に食い込む。それと同時に陽介の剣がカルロスの脇腹を捉えた。肘撃ちと膝蹴りによるガード。致命傷には至らなかった。
(浅い!!だが……まだだ!!)
陽介は剣を手放し、カルロスの首を掴みあげる。一瞬剣の食い込みが弛んだ。だが相手の剣を奪うほどの力が片腕には残っていない。それはカルロスも一緒だった。臓器欠損による体内環境の変化は、予想以上に負担が大きかった。カルロスの目がぐるんと回り、気絶したような状況に陥る。
陽介は力任せにカルロスを地面に叩きつける。そしてすぐに剣を拾い上げ、己の片腕を剣に捧げる。剣は赤黒く光り沸騰したように熱をだし続ける。そのまま陽介はカルロスの心臓に突き刺した。
リカルドは岩によりかかりながら言う。
「……所詮、楽園から追い出されたなんてのは人が特別であると思いたいがために作り出した『虚構』だ。俺らはそこらにいる畜生たちと何らかわりない『動物』なのさ」
四肢をもがれ、星に拒絶され、再生することすら叶わない『人』は言う。
「それでも……人は……願う……特別を……」
リカルドは鼻で笑った。
「特別じゃないものなんてない。もし特別じゃないものがあるとしたら、それは『特別じゃない』という『特別』だ。……お前だってそうだろう?神の背骨」
人は答える。
「俺は作り物だ……アダムになり損ねた……愚か者……」
「それでいい。紛い物だって、本物だ」
全ては廻る。不変なぞなく、全ては母なる星へと還る。
「否!否否否否!!!!」
カルロスは焼けただれたように崩れる顔面で叫んだ。
「紛い物は紛い物!!どこまでいっても偽物だ!!」
カルロスは陽介の肋骨を半分破壊した。一発逆転の魔術が成功したのだ。
「本物より優れた偽物?それはもう『別物』だ!他人の皮を借りるんじゃねぇ!!」
カルロスは半狂乱状態で陽介を追い詰める。陽介は半身が使い物にならない状況下でも、そんな状況だからこそ的確に弾いていく。
「特別かどうかはどうでもいい!大事なのは『価値』だ!己に己の価値を見いだせるかだ!」
カルロスの剣が陽介の頬を掠める。バランスが上手くとれない。だが体勢を崩せば負ける。散々繰り返してきた記憶の反芻を、もう一度。
「誰もが己の価値に不安を抱く!だから他人に評価を委ねる!それで何かを得られる?無理だな!」
「信じるべきは己のみ!それが本物だ!」
「ごちゃごちゃうるさいぞ」
カルロスの剣が折れた。二人の動きが止まる。カルロスは思わず陽介を眺めた。
剣が壊れている。陽介の剣も折れていた。いつから?わからない。だが、『中枢』は生きていた。トリガーは陽介の心臓に刺さり、引かれていた。カートリッジの色は……『黒』。
「……!!」
ほぼ反射的に後ずさるカルロス。
「待て」
陽介の失われたはずの片腕は黒い影を成し、カルロスの心臓を掴む。
「殺す」
カルロスの心臓が握りつぶされた。同時に陽介の黒い腕も消えた。さらに陽介の全身から血が吹き出す。
「……90秒だ」
「あ?」
「カルロスの機能停止までの時間、そして俺の心臓ポンプ活動限界」
「そりゃ……ご機嫌だな」
満身創痍でも止まらない。互いの拳が届く距離。カルロスが先制。避ける気もない。弱々しい拳は触れるだけ。陽介の攻撃。目を抉りだす。だが上手く入れられない。あんなにも沢山やってきたことなのに。30秒経過。
陽介が殴りかかるも、カルロスには届かない。距離感覚もなくなってきた。カルロスの組み手。投げる力はない。無理矢理押し飛ばす。50秒経過。
瞬間、陽介の脳内に走馬灯が流れた。だがその記憶はどれもが気持ち悪いもので、違和感がつきまとい、吐き気を催す。
(こんなもんかよ……俺の人生は……)
『そりゃそうだ、簡単に終わらせられちゃ困る』
陽介は呆れてその場に座り込む。
「今度は何の用だ」
「いや、元気してるかなーって」
「嘘つけ真実を話せ」
死神は答える。
「死にかけだけど死なれちゃ困るから嫌な記憶をピックアップした」
「最悪だよお前」
「そう言うなよー!?しっかりしてくれよ相棒!」
そういって死神は背中をバンバンたたいた。
陽介は目頭を押さえながら尋ねる。
「……で?どうしろと?」
「勝敗をつけろ」
「は?」
「実はな、ある男と約束したんだ。『佐伯陽介という男で遊ぼう。賭けるものや内容はなんでもいい』って」
陽介はある男の顔がすぐに浮かび上がったが、それがいくつかに増えたため、諦めて立ち上がった。
「わかったよ……ちなみに俺への報酬は?」
「そうだな……『愛』で手を打とうか」
陽介はゆっくりと光差す方へ歩きだす。
「了解、相棒」
感覚が戻る。
(なんだよ……)
互いに振りかぶった状態で一秒が圧縮された。陽介はその時の隙を見逃さない。
(ボディががら空きじゃねぇか……!!)
即座に振りかぶった勢いでカルロスの拳を回避。そこから最後の力を振り絞り、ボディブローを叩き込む。カルロスは血反吐を撒き散らしながらその場に崩れた。
カルロスは言う。
「……なんだこれ」
「わからん」
「まあいい。俺の敗けだ」
それを聞き、陽介は自分のバッグから最後のひとつとなった回復薬を飲む。傷の修復にはほど遠いが、ひとまず死ぬことはない。
続いてカルロスのバッグから回復薬を取り出そうとする。しかし、陽介の手はピタリと止まった。
「……そうか。そういやそうだったな」
「あぁ。というわけで俺は助からない」
一迅の風が駆け抜け、別れを急かす。そんなことも気にせず二人はしばし沈黙した。
やがてカルロスが静寂を破る。
「……なあ相棒。ひとつだけ黙ってたことがある」
「……なんだよ」
「俺には妻と娘がいた。妻は病死。娘は一族の願いが嫌いで出ていった」
「再会は?」
「してない。だが居場所は知ってる」
陽介は敢えて何も言わずに次の言葉を待った。
「俺のバッグにあったペンダント……渡しといてくれ。ビザンティスの開拓者集会所にいる『ヘレナ』という女に」
それを聞き、陽介は天を仰いだ。そういえばいた、そんな女が。なるほど、『愛』を教えてくれた人生の先輩だった。
陽介は返答する。
「了解、相棒」
80秒経過。
「あぁくそ……なんでこんな話しちまったんだ。柄にもねぇ」
「そうだな。アンタらしくない」
89秒。
「……死にたくねぇ……」
破滅主義者は、破滅を後悔して死んだ。己の内にある希望を信じ、己よりも他者の価値をあげて死んでしまった。まるで山びこのように言葉は返り、破滅したのだ。
そんな彼を看取った世界の被告人は言う。
『よくわからない存在。それが人』と……。
某日、ビザンティス。開拓者集会所のあった場所はそっくりそのまま交易所の本部となっていた。東側の開拓が終わりの兆しを見せた段階で、ここの主要な者達が作り替えたのだ。とはいえ、内装はほとんど変わっていない。
……彼と彼女の関係も、変わりはない。女はいつものように友のためにここへ帰り、酒を飲む。男もまた、友のために酒を作る。なんていうことないこの関係は、いつから続いているのか……もう興味はない。
そんな交易所にある男がやって来た。見慣れない服装をした、どこかで見たことのある顔の男が。男は言う。
「……久しぶり」
「えぇ、本当に」
男は女の横に座り、適当な酒を頼む。
女が尋ねる。
「こっちへは何の用で?」
「……これを」
男は懐からペンダントを出し、女の前に置いた。手振りで開けてもいいか聞いてからあける。
……思わず手から落としそうになった。女は男の方に振り返るが、すでに男は消えていた。あるのは、酒の代金と一枚の手紙。女は手紙を読む。
『俺が間違っていた。父親とはどういうものか、やっとわかった。すまない。そして、ありがとう。さようなら、愛する娘よ』
女がその後どうなったのかはわからない。だが彼女の友人によると、『大人になった』らしい。
世界から争いはなくならない。だが、少なくとも彼……神に魅了され、力を追い求めた『佐伯陽介』の戦いは終わった。たとえ剣を握ろうとも、彼が命を奪うことはないだろう。
それが、彼の『誓い』なのだから。




