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再審の男  作者: 藤澤トオル
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ジャッジメント・デイ

 帝国内の王宮を駆ける少女がいる。名は『ユリ』。字は『シュタインベルク』。そして彼女を追いかけるは彼女の教育係であるフランシスカ。

「ユリ!止まりなさい!」

「それで止まるような私なら、もっと真面目に育っていると思わなくて?」


 両親の表面上の良いところは遺伝し、なんともひねくれた正論をぶちかます、両親の内面上の悪いところを引き継いだ。帝国内で彼女を止められるものは数えるほど。

「ユリ!お母様にいいつけるわよ!」

「はい止まりまーす!だからアリシアには言わないで!」

「アリシアじゃなくてお母さんでしょ!」


 ユリはフランシスカに捕まり、部屋へと連れ戻される。

「まったく!今日はジネット先生の授業日なのに……」

「だってあの人のやってること面白くないもん。なに?科学的に造った人間って。そんなのそこらへんにある草花使って合成すればいいだけじゃん」

「それができるのは君と君の父親くらいだよ、ユリちゃん」


 通路の反対側からジネットが歩いてきた。ユリは大きく手をふる。

「あ、おはようございます。出来ました?じんぞう……人間?」

「んー、まだだ。でもユリが知識を身につけてくれればもしかしたら出来るかもしれないな!」

「嘘が下手!でも私は優しいからその言葉にのってあげるわ!」

「私にも優しくしてほしいな……」


 ユリは満面の笑みで言う。

「やだ!フランシスカはかわいいからいじわるしたくなるの!」

「はいはい。ちゃんと授業受けましょうねー」

フランシスカは話半分にユリを連行する。




 皇帝は今日も塔の上で本を読む。今日の仕事は大方終えた。『元』騎士長は後進の育成に励んでいて、つまらない。

「して、君はどう思う?ラインハルトよ」

「どうもこうも……逆に聞きますが、平和はお嫌いで?」

「そんなわけないだろう。『これ』を使う日が永遠に来ない、それこそ真の幸福というものだ。違うか?」

そう言いながら皇帝は自らの座る、塔と一体化した椅子を撫でた。


 ラインハルトは鼻で笑う。

「来ませんよ、永遠に。人はそれほど愚かではない」

「その根拠は?」

ラインハルトはある方向を指差す。ユリがジネットと勉強をしていた。ユリは頬杖をつきながら、ジネットの解説の粗を探していた。


 皇帝はニヤリと笑った。

「あれはさすがにずるいだろう。そもそも人なのか?」

「えぇ。紛れもなく人ですよ。そうでなければ、あなたも人ではない」

「これは一本取られた。では、また会おう」

「いつでも」

ラインハルトは家族の元へと消え去った。


 独りになった塔で皇帝は空を見上げる。曇り空だった。

「至って普通の天気……普通とは、存外難しいものだ」

稀代の天才は今日も普通でない世界を過ごす。その世界の在り方こそ普通であることを、天才はまだ知らない……。




 その女は今日も街を駆ける。孤独ではない、孤高の女。力の権化は、己の役目と力の使い方を知っている。ならばそれをこなすのみ。幸運だったことは、それが女の欲と合致していたこと。他人ならば苦なことでも、彼女にとっては楽である。


 姉として、護り手として、人として、カリーナは今日も人知れず世界を護る。願わくは、世界が美しいままであるように。たとえ醜くなろうとも、それはそれで美しいのかもしれない。


 そういう思考が私の悪い癖だ。反省反省。まぁ、今日も今日とてそれなりに、適当に世界を救いましょう。楽しく楽に生きる、それが私のモットー!!


 そんな私が嫌い?邪魔したい?なら世界の狭間で逢いましょう。愛してあげるから。




 賢者は答えに至った。しかして正解にあらず。『解なし』という答えだ。無限か不定か、人の身では知ることすら叶わない。だが間違いなく解は存在しない。数百年を生きる魔術の長につきつけられたこの現実は、赤の他人から見れば悲劇なのだろう。


 実際はどうだ、悲嘆は刹那、歓喜は那由多、希望は無限だ。欲に終わりはない。解がないというのなら、永遠にそれを追いかけるのみ。人生をかけてもたどり着けないかもしれない。


「それでも、人はたどり着けるのだろう。『魔術』と『魔法』の果てにある、『理』というものに」

始まりの人と同じ名を持つ男はそう言った。その傍らには、誰よりも狂った、真っ当な友人がいつまでもいた。


 友人は尋ねる。

「しかしだ、なぜ君はそうまでして理を求める?」

アダムは笑顔で答えた。


「かっこいいから」




 私は今日も今日とてひじ掛け付きの椅子に座り、パイプを吸う。隣には医者を目指して勉強中の助手と、この貸家のオーナー。つまり取り立てだ。


 私の収入は不安定だ。金はいつも臨時収入で、いつも臨時支出だ。もし私の事務所に税理士がいたら、目を丸くすることだろう。

『なぜこんな大金が一度に出入りするのか』とね。


 まあ正直そんな話はどうでもいい。なんと今回の取り立ては金ではない。金の代わりにあることを解決してほしいということの方が今の私には重要なのだ。怪しすぎるせいか、医者志望の男は口うるさく引き留める。要するにいつも通りだ。私には関係ない。……本当だよ?


 内容のあらましを聞いたら、すぐに行動に移る。時は金なり。早く動けば誠意を見せるから、依頼人も気持ちよく沢山お金を払う。……と、思ったが今回は特別だということを思いだし、とりあえず一服。モチベーションは大事だからね。


 そうそう、数年前にとある依頼を受け、その結果山の中にある滝から落下死寸前までいったが見事助けられてピンピンしている私だが、あれ以来私の人生には輝きが足りない。平和と言ってしまえばそうなのだが、面白くない人生は楽しくない。


 ところが最近は楽しくなってきた。なぜか?簡単なことだ、一緒に滝から落ちたはずの男が生きていたのだ。確かに奴は犯罪者だが、それはそれとして面白い男だ。是非とも次は彼だけを突き落とす。そう考えると胸が躍る。


 だから、今日も私はお気に入りのコートに袖を通し、愛用の楽器のケースを撫でて語りかけてから、外出する。


 私の名はシャルル・ハロルズ。どこにでもいる、普通の名探偵だ。




 アリス。至って普通の、ありきたりな名前の女。『ママ』である彼女は、滅多に表に出てこない。だが確かに生きている。ジネットがそう言っているのだから間違いない。


 アリスは今日も共有意識下空間で鍛練を積む。闘うため?然り。だがそれは己の為ではない。愛する者の為、娘の為だ。アリシアは戦闘能力を全てアリスに譲渡した。それをアリスが望んだからだ。争いのない世界で彼女には生きてほしい……親友の、ささやかな願い。


「ねぇアリス」

「なに?」

「好きな人いる?」

「シャルル・ハロルズ」

アリシアは目を見開いた。そして、思わずティーカップを手から滑らせた。


 数秒の沈黙の後、アリシアは尋ねる。

「なんで?」

「世界最高峰の頭脳、顔、高い身体能力、遺伝子の優秀さ」

「評価基準が最低すぎる」

「人間だもの」


 再びの沈黙。今度はアリスが尋ねる。

「ユリはどう?」

「は?最高に決まってるじゃない。なにあのかわいい生物。言葉通りあの子のためならなんでも出来るわ」

「聞いた私がバカだったわ、ごめんなさい」


 冷めた紅茶をすすりながらページをめくる。アリシアは遠くを見つめながら呟く。

「……あなたもたまにはユリと話してあげて。そのほうがあの子も喜ぶから」

「……考えておくわ」


 親友の頼みなら断るわけにもいかない。それもまた、二人の在り方。人生は思ったより長いのだ、楽しまねば損だ。




 授業終了後、ユリは廊下をフランシスカと歩く。

「ねぇフランシスカ」

「なぁに?」

「もうすぐお父さんとお母さんの結婚記念日なんだけどさ、プレゼントは何がいいかな?」

「ん~……気持ちが大事じゃない?」


 ユリは笑って言う。

「40点!気持ちはもちろん大事だけど、それは相応の品物があっての話よ!手作りはタダだから相応の品物じゃない?違うわ!作成者の時間を使ってるのよ!」

聞いていないことまで答え、さらに正論で殴ってくる。これがユリだ。フランシスカは慣れたが、常人ならキレてもおかしくはない。


 彼女は別に両親の前や目上の人間がいたとしても同じ態度をとる。己が正しいと信じて疑わないからだ。あの二人の子ならば特に驚きもしないだろうが、生まれつき世界を『知っている』。魔術的な見方と科学的な見方、両方の視点を持ったうえでさらに『眼』の力もある。世が世ならば魔女と言われてもおかしくないような子だ。


 ユリはこの世界ではじめてのリカルドを越える才能を持つ『人間』でもある。完全な歪、嘘偽りのない矛盾、正真正銘の偽物……そういった言葉がふさわしいのがユリ。


 とはいえ少女であることに変わりはない。精神は年相応。だから、母親を見つければ駆け寄る。

「あ!お母さんだ!おかあさーん!!!」

アリシアはアリスとの会話を終えたあと、微笑を浮かべながら手を振る。


 ユリはアリシアに抱きつきながら尋ねる。

「ママは元気だった?」

「えぇ。いつかまたお父さん抜きで遊ぼうって言ってたよ」

「本当に!?やった!陛下は呼んでもいいかな?」

「受けてくれればね」

「断らないだろ、あの人はそういう人だ」


 ユリとアリシアは振り返る。

「お父さん!!」

ユリとアリシアはゆっくり近づいていく。



 再び隻腕となり、義手をつけた父親は壊れかけの身体で子を抱き上げる。

「ユリ!この世界は好きか?」

「うん!大好き!」






 幾度の闘争と苦難の果てに掴んだほんの少しの幸せと、その幸せを守れるだけの力。そして、その幸せが大好きだと言ったこの世界が、佐伯陽介という男の終点になった。

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