ナイト・リーダー・ロス・チャイルド
アリスは目を見開いて佐伯を見つめる。
「……まさか。私はなんとも」
「残念だが今確認した。どのくらい経過してるかはわからない……どっちみちすぐに対処は無理だ」
佐伯は手をさしのべる。
「立てるか?」
アリスは佐伯の手をはたく。
「優しくしないで。……私は、穢れてしまったんでしょう?もう以前の様にはいられない」
佐伯は、皮肉な笑みを浮かべて俯くアリスを無理矢理立たせる。
「やめろ!!」
抵抗するアリス。その力は以前とは比べ物にならないほど衰えていた。佐伯はアリスを抑え、服を着せる。
「ここから出るぞ」
佐伯はアリスを背負い、上への歩みを進めた。その行為の意味がアリスには理解出来なかった。
上へと戻る途中、佐伯が口を開いた。
「別にお前に同情したり憐れみを持ったわけじゃない。アリスがいたほうが俺は安心できる、それだけだ」
「……殺しあってたのよ?」
「そうだな。だからこそ、よく知ってる相手ってことだろ?」
アリスは呆れてそのまま目を閉じ、佐伯の背中に身を任せた。
上では尋問官が待機していた。佐伯は一礼し去ろうとするが、後ろから声をかけられる。
「待て、行く宛はあるのか?それに、後ろの彼女は大分重体に見えるが」
佐伯は尋問官に向き直る。
「彼女は恩赦により罪人ではなくなっていたにも関わらず、女性としての尊厳を脅かされていた。これはあの男達の罪になるか?」
尋問官は腕を組んで目をつむり、しばし上を見たあとに尋ねる。
「……何が望みだ?」
「彼女に風呂と食事、あと着替えもだ」
アリスが風呂に入っている横で、佐伯はひたすら試行錯誤を繰り返す。佐伯は単体物質ならば分解と再構成が可能であるが、化合物は出来ない。透過も、先程のアリスに行ったのが初である。
アリスの腹には確かに生命が宿っている。だが彼女が意図したものではなく、望まぬものである。倫理的にどうかは置いておいて、アリスにはソレの進退に対する決定権が母体としてある。生かすも殺すもアリス次第だ。
しかし、佐伯の元々いた世界の医療技術ならともかく、アリスのいた世界や今の世界に『女性としての機能』を正常に保ったままソレを殺す方法があるとは言えない。どうしても、次回以降のリスクが上がるのだ。魔術がどんなに発達しても、生命を取り扱う技術は非常に困難を窮めている。
一方、佐伯及びカリーナの用いる物質分解はどうであろう。科学的知識に基づいて魔術を用いる、双方から激しく批判されるような、ある意味邪道とも言える技だ。だが、生命であろうと分解が可能である。どんなに考えようと、この世界の物質は電子と陽子、中性子で構成されているのだ。ソレも例外ではない。
佐伯にはアリスのソレを安全に消し去る力がある。彼女に選択肢を与えられるのだ。佐伯に選択肢が与えられたように。それは幸福なことである。故に、佐伯は分解と再構成の技術を磨いている。
そんなことをしていると扉がノックされ、従者が入ってきた。
「失礼します。お食事のご用意が整いました」
「ん?私の分は頼んでいないはずでしたが……」
「騎士長様が是非あなたにも、とおっしゃっておりました」
佐伯は警戒しつつも、ついていくことにした。
通された部屋は装飾が至るところに施され、そういった知識に乏しい佐伯にも高価で上品に纏められているというのが理解できた。ふとテーブルの方を見ると、アリスが既に座っていた。やや距離を取って佐伯が座る。
「……ありがと」
意外な言葉であった。
「まさかアリスが俺にそんな言葉を言う日が来るとは」
「私だって礼儀くらい弁えてる。あのクソ姉と一緒にしないでもらえるかしら?」
「そういうところだぞ」
「は?カリーナ姉さんがクソアマなのは自明の理でしょ?」
「お前の言葉遣いだよ」
「……善処します」
そういった言葉が吐けるようになったのも、アリスが精神的に落ち着きを取り戻している証拠である。まだ話を切り出すべきではないと考え、佐伯はそのまま他愛ない会話を続けた。
そんな風にしていると、奥の扉が開いて3人の男女が入ってきた。比較的軽装ではあるが、その立ち振舞いから判断するに騎士と呼べる者達であろう。やや年老いた男が最も上座に座り、残り2人の佐伯やアリスと年のあまり変わらない男女がその近くに腰かけた。
やや年老いた男が笑顔を浮かべながら話始める。
「はじめまして。私はこの国の騎士長をしている者だ。この2人は私の教え子兼傍付き、といった所かな」
その言葉に従い、傍付きは頭を下げた。佐伯とアリスも頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます。私はヨースケ・サエキと申します。こちらはアリス・シュタインベルクです」
それを聞いた騎士長は立ち上がり、頭を深々と下げる。
「ミズ・シュタインベルク、あなたには私の部下が許されざる行為を働いたと聞いている。一重に私の監督不届きだ。騎士代表の騎士長として謝罪申し上げる」
「……頭を上げてください。気にしてないと言えば嘘になりますが……そういうことも起こりうる、と心得ていましたから」
顔には出していないが、哀しみや喪失感といったものが滲み出ているのが佐伯には理解できた。
顔を上げた騎士長は手振りで従者達を入れる。
「謝罪の意と、そこのサエキくんの頼みもあって食事を用意させた。気にせず食べてくれ」
豪華な食事である。だが、劣悪な環境と度重なる拷問により佐伯とアリスの胃は弱っており、あまり食べることは出来なかった。せいぜい野菜やスープといったものくらいである。
そんな食事中、騎士長が唐突に口を開いた。
「サエキくん、君の活躍は上から見ていたよ。素晴らしかった。騎士道という観点からするといささか問題があったが、命のやり取りとして見れば君は凄まじかった。知っていたかな?あの懲罰騎士はこの国の中でも逸材と呼ばれていた者なんだ」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴します。ですが、私も一筋縄ではいきませんでした。辛うじて無傷で勝利を収めることは出来ましたが、一歩間違えていれば屠られていたのは私でした」
この男のペースに乗せられてはいけない。佐伯は直感的にそう感じていた。この男は何らかの意図を持って佐伯とアリスを招いた。それが有益か否かはわからない。だが、相手のペースに乗せられた時点で交渉の余地はなくなる。慎重に話を進めねばならない。
騎士道は話を続ける。
「いやいや、君は最終的に勝利を収めたのだ。それは揺るぎない事実だろう?それに、発見時の様子から判断するにミズ・シュタインベルクも相当な技量を持っていると思われるが……どうかな?」
「ならばなおのことわかるでしょう。私は彼に劣っています。それに……今の身では戦いなど夢のまた夢です」
どうやら、アリスも佐伯と同じ様に不信感を抱いているようだった。佐伯としては好都合である。
騎士長は意にも介さなかったが、傍付きの騎士は佐伯とアリスの態度が気にくわないように見えた。感情を圧し殺している様にしているにもかかわらず、睨んでいるのが見え見えであった。佐伯は彼らと会話する気はなかった。
だが、騎士長は続ける。
「そんな事はない。時間は沢山ある。そのうち戻るのだろう。……そう、懲罰騎士くらいには」
本音がうっすら見えた。佐伯は踏み込んで訊く。
「ところで、私も食事に呼ばれた理由はなんでしょうか?よもや、『アリスの友人であった』という理由だけではないでしょう?」
騎士長は口元を歪ませ、そして
「ハハハハハハハハ!!!やはり見え見えだったかな?どっちみち、賭けは私の勝ちだな!!」
騎士長はワインを一口飲む。
「あの懲罰騎士だがね……非常に残念だが、彼はもう使い物にならん。肉体ではなく、精神的な話だ。おそらく彼に残された道は訓練所なり養成所なりの教官だろう。もしかしたら、血の高潔さを求める貴族の道具になりさがるかもしれん。とにかく、懲罰騎士の後任が必要だ。なのだが……」
話に割って入ったのはアリスだった。
「ヨースケのせいで誰も請け負いたくない……と?」
「その通りだ。そこで私は咄嗟に閃いた、『サエキくんを懲罰騎士にすればいい』とね」
「慎んでお断りします」
これに声を荒げたのは傍付きの女性だった。
「貴様!!騎士長きっての頼みだぞ!それを断るというのか!!無礼にも程があ」
女性を騎士長は制止し、尋ねる。
「フム、何か理由があるのかな?」
「私はマリー……行方不明になった友人を探さねばなりません。懲罰騎士になるということは、この地に縛り付けられるということでしょう?それでは私の目的は一生達成出来ません」
今度は傍付きの男性が訊いてくる。
「では、ミズ・シュタインベルクはどうするのですか?よもや彼女も連れていく……というわけではありますまい?」
「それは……」
「私見ながら述べさせていただくが、彼女は自分の事も満足に行える状況ではないように思える。そんな彼女を連れ回すというのは、あまりに酷というものでは?」
佐伯は男性の意見に反論する余地はなかった。佐伯一人で探すことを考えていたが、アリスのことは失念していた。確かに、男性の言う通りである。それによくよく考えれば、何もわからない世界で宛もなく探すというのはあまりにリスクが高すぎる。そのうえ、佐伯もアリスも元罪人である。信用は無いに等しい。
そんな佐伯に助け船を出したのは騎士長だった。
「ではこうしよう。君を懲罰騎士にするのは諦めよう。だが、『掃除係』になってもらう」
「騎士長!?その職は」
「問題はあるまい?その代わり、君とミズ・シュタインベルクの身の安全は保障する」
「ちょっと待ってください。掃除係とは?」
「説明しなさい」
騎士長に促され、傍付きの二人が話始める。
纏めると、以下の様な内容であった。
・掃除係とは、帝国の軍や警察、懲罰騎士をもってしても確保が出来ない指名手配犯を『合法的に』殺害する職である。
・採用条件は、爵位を持つか、騎士職であること。理由は、その2つが皇帝陛下へ忠誠を誓っていることへの証明として扱われるから。賄賂などにより、犯人を見逃さないようにするため。
・また、反乱の抑止力という面も持つため、それ相応の戦闘力と鎮圧力を求められる。
・現在4人が職に就いているが、全員が爵位と騎士職のどちらも満たしている。
・非常に条件が厳しいが、その特異性から騎士たちの評判はあまりよくない。
「そんな職を……こんな元罪人に与えるとは、大問題ですよ!!」
騎士長は淡々と反論する。
「だが、サエキくんもシュタインベルクくんも野放しには出来ん。むしろ、それ相応の立場を与えさせたほうが、こちらにとっては有益であると思うがね?」
傍付きの女性が言う。
「進言します。彼らにそのような職を与えるのは反対です。貴族達の反対も大きいでしょうし、いたずらに国を混乱させる恐れがあります」
騎士長はすました顔で答える。
「では私が後見人になろう。私の親戚が助手を必要としていたから、丁度良く彼女も」
「ちょっと待て」
佐伯の一言で、視線が彼に集まる。
「なんか勝手に話が進めようとしてませんか?まるで私が掃除係になることが決定事項の様になっていませんか?そもそも、どうして私がこの国の為に働かなければ」
「君が彼を壊したんだ、責任を取りなさい。単純な敗北ならこうはならなかった。過去にも懲罰騎士が敗北した例はあるからな。その時は『あの懲罰騎士は油断していた』で終わった。だが、君は、懲罰騎士を、『壊した』。わかるかな?君は懲罰騎士という職を壊した。本来なら君は死刑すら生温い」
佐伯は騎士長を睨む。殺意と敵意に満ちた、完全な戦闘状態で。
「そう、その目だ。私はそれを評価している。それがあるだけで君は抑止力として充分に働いてくれる。……では逆に聞こう。君は、これから先どうするんだ?」
佐伯は沈黙を以て答えた。
騎士長はアリスに向き直る。
「君はどうするのかな?無論、断っても構わない。いやなに、行く宛がなさそうに見えたから提案しているだけの事だからね」
「……引き受けましょう。ただし、彼には友人の捜索を優先させること。それでいいですか?」
「勿論だ。皇帝陛下と貴族には私から説明しておこう。こう見えて私も八選帝侯の一派なのでね」
食後、互いに背中を向けた状態で騎士長は佐伯に話しかける。
「サエキくん、これは私の推測なのだが……君は本来争いこととは無縁な生き方をしていたんじゃないかな?今の君には……そう、余裕がないように見える。友人の捜索だけではない、強迫観念の様な」
やはり、佐伯はこの騎士長という男があまり好きになれなかった。
「……気のせいですよ。きっと疲れているせいです」
佐伯はアリスの下腹部から手を引き抜く。アリスは服を着直しながら尋ねる。
「どうだった?」
「……着床からおよそ2週間ってところだ。母子共に安定状態」
「……そう」
アリスの淡い期待は脆くも崩れ去った。自らの肉体を常に健康状態を維持しようとするスキルをこれほど憎んだことはなかった。このままでは、確実に産まれる。愛す自信がない自分から、産まれたことを憎まれる子が。それはあまりにも哀しい。
佐伯が口を開く。
「……一つだけ方法がある。アリスの肉体にも異常はほとんど出ない」
アリスは嫌な予感がしたが、言わずにはいられなかった。
「カリーナ姉さんのアレね?」
「そう。だが、俺はカリーナと違って未成熟な技術だ。失敗の可能性が高いし、もしかしたらアリスがアリスで無くなるかもしれない。……そうなると、マリーは悲しむ」
やはり佐伯の行動はマリーの為を思ってのことであった。自分の為ではないのにアリスは少し嫉妬の様な感情を覚えた。だが、佐伯は真摯に向き合い、可能性を示してくれた。やるかどうかはアリス次第。答えは明白であった。
「お願い、好きにやりなさい」
再び佐伯はアリスの下腹部に手を当てる。子宮への最短ルートを通る。佐伯は深呼吸し、アリスを見つめる。覚悟は決まっていた。
「始めるぞ」
佐伯は、ゆっくりと手をアリスに押し込む。肉体を貫通し、少しずつめり込んでいく。佐伯の腕の電子、原子核がアリスの肉体の隙間を通り抜けていく。針の穴に糸を通す、という言葉では足りないほど精密な動作が要求される。一歩間違えれば佐伯の手はアリスと融合し、互いの肉体が崩壊する。
否、通すだけなら佐伯には容易であろう。だが今回の目的は命を刈り取ることである。そのためには透過だけでなく、子宮内で一部のみを固体に戻す必要があるのだ。ゆえに、佐伯はより慎重を要して手を押し込む。
額から汗が垂れ、アリスの肌に落ちた。ふと、アリスの顔を眺める。佐伯に身を委ねているようだった。ならば、期待には応えねばならない。『高速学習』をフル活用し、アリスの肉体を理解していく。脳が焼ききれんばかりの情報量を、理性で抑える。頭から血が流れ出ようと構わない。ただ、目の前の肉体に宿る命を刈り取ることのみに集中する。佐伯はさらに意識を集中させた。
作業開始から約数時間。アリスの意識は驚くほどはっきりしていた。すでに手は子宮に到達し、分解を始めていた。胎内を弄くり回されている感覚が伝わってくる。だが、不思議と不快感はなかった。それだけアリスが佐伯の技術を信頼している証拠だろう。
佐伯の顔を見る。頭からは幾筋もの血が流れ、目は血走り、汗を垂れ流していた。戦闘時とは違った集中力を見せていた。話しかけては、彼の邪魔になるだろう。アリスは再び天井を見つめ直した。
翌朝、従者に引き連れられて二人は現れた。体重全てを預けるようにして椅子に座る。従者が二人にそっと尋ねる。
「朝食はいかがいたしましょう?」
「「トーストと紅茶、ホットで」」
佐伯は砂糖を大量に入れた紅茶をすすり、アリスはバターを塗りたくったトーストを頬張る。
「まさか夜が明けるとは思ってなかったわ」
「細胞分裂ってのは怖いなぁ。常に僅かに変化してるんだからよ。……違和感はないか?」
アリスは下腹部をさする。
「ええ、大丈夫そう。本当にありがとう、一時はどうなるかと思ったわ」
「もう2度とやりたくねぇな。ああいう命の奪いかたは……駄目だ」
佐伯は角砂糖をそのまま口に投げ入れた。
「わかったわ。次は上手くやる。……相手はヨースケだったりして?」
「ハハハ。頭おかしいんじゃねぇの?」
「冗談よ、真に受けたなら2度と言えないようにしてあげる」
「……ごめんなさい」
そんな会話をしていると、騎士長が入ってきた。
「おはよう二人とも。食事中失礼するが、昨日の結果を報告させてもらおう」
佐伯とアリスは息を飲んで待つ。
「問題なかったよ。準備が整い次第、サエキくんには事務所へ、ミズ・シュタインベルクには研究棟へ行ってもらいたい。案内は私の傍付きに遣らせる」
傍付きの二人がこちらに一礼した。騎士長は頷き、踵を返す。
「それでは私はこれで。あぁそう。接収した装備品などはすでに部屋に用意させた」
部屋に戻り、佐伯とアリスは装備品を確認する。あの時と何ら変わらない状態だった。分解されたり、実験に使われたような痕跡は見られなかった。アリスの装備品は、今の彼女にはやや重荷である。
「俺が途中まで持っていこう」
「……ありがと」
「気にするな」
扉を開けようとした佐伯に、アリスは後ろから声をかける。
「ねぇ、『アリシア』って人知ってる?」
佐伯には聞き覚えのない名前であった。少し懐かしい気もしたが、恐らく気のせいだろう。
「誰だ?知り合いか?そんな珍しい名前でもないだろうし」
「……そう、よね。うん。知らないならいいわ。行きましょう」
そう言うアリスの顔は少し晴れやかであったが、佐伯にはその理由はわからなかった。
空に輝く二つの太陽は、まだ天高くそびえていた。




