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再審の男  作者: 藤澤トオル
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トランスファー・クリミナル

 暗い駅舎の待合室に広げられた『ニップ』は、白が優勢であった。中肉中背の駅員らしき男が追い打ちをかけるように白を置く。盤面の大部分が白で埋め尽くされた。駅員らしき男は自慢気に対戦相手を見つめる。

「どうよ?あれからかなり練習したんだぜ?」

対戦相手はしばし盤面を見つめたあと、黒を取り出す。


「……そういうところがあるから、負けるんだ」

対戦相手が黒を置く。一気に形勢逆転……白の敗北が確定した。

「あー!急に空間の維持が難しくなっちまったなー!」

死神は盤面を手で弾き飛ばした。




 佐伯は死神がぶちまけた石を拾いあげる。

「これで21対1……ほんとあんた弱いな」

「うるせぇ!!お前が強すぎんだよ!!『高速学習』使いやがって!!!」

「使ってないぞ。オセロはあったが、あの世界でニップやってるやつなんていなかったからな」

「じゃあお前の最初の人生」

「『高速学習』関係ねぇじゃねぇか!!」

佐伯は拾いあげた石を再び分け、並びはじめる。死神は露骨に嫌悪の表情を示した。佐伯はニップを片付ける。すかさず死神はあらたなゲームを用意した。トランプだった。


 死神はカードを裏返して置いていく。

「『神経衰弱』か」

「その通り。先行はお前だ」

「はいはい」



 佐伯が取りこぼした6を死神が二枚引き当てて、さらに3を二枚引き当てる。三度目は外れた。佐伯の手番に戻る。

「それで……何の用だ?死神。よもや俺とゲームがしたかっただけ……なんてことはないよな?」

佐伯は尋ねながらも死神の取りこぼした13を当てる。手番はまだ佐伯だ。

「お前の転移と、左腕についてだ」

死神の手番に移った。


 死神はすぐに外し、佐伯に手番が戻る。

「まず転移に関してだが、お前の再審を切り上げるか……という議題が上がっている」

佐伯もミス。

「安心しろ、犯人はもう一人の方だろ。ちゃんとみんな見ていた。だから、お前が決めていい」

死神が二連続で当てた。三度目はミス。

「俺は続けるぞ。まだ彼女に何も出来ていない」

その言葉に従うように、佐伯の手番が続く。四度目でミス。


 死神の手番。最初にミス。

「了解した。じゃあもう一つの話に移るぞ。……その左腕だがな、『ジヤヴォール』は消えた」

佐伯の手が狂い、本来当てられた局面でミスをした。死神は容赦なくそのペアを刈り取り、手番を続ける。

「確かにジヤヴォールは消えたが、楔は死んでない。だから、俺達はソレを外せない」

未だ死神の手番は続く。

「お前も今までの様にはいかなくなるだろうな、ジヤヴォールはいなくなったんだから。だが、原初の力は残ってる」

佐伯の手番に戻る。

「原初の力?」

「そう。お前の左腕の元のジヤヴォール、その元をたどっていく……宇宙を超え、空間を超え、時間を超え、有を超え、無を超え……そして原初がソコにある」


佐伯はジョーカーを二枚当てた。盤面の残り枚数はいつの間にかかなり減少していた。

「勿論、お前は原初に飲まれることはあっても原初を使えることはなく、取り引きも出来ない。ただ、お前が『いる』ということだけが原初の証明になるから、原初はお前を護る」

「……それでも俺が死んだら?」

「知らねぇよ、『    』に聞いてくれ。原初については俺も良くわからない。本当は『    』って表現するのも適切じゃねえんだよ。言うなればそうだなぁ……『何か』、『something』。これだな」


 佐伯の手番になった。残りは4枚。

「その4枚の命中率は、『お前の人としての強さに繋がる』……なんて言ってみたり」

「なれないことするな……よ」

見事的中。それにより僅差で佐伯の勝利だった。死神がカードを回収し、手慣れた様子で混ぜる。



「佐伯陽介。最後の質問だ」

死神が用意したゲームは『ババ抜き』。失礼ながら、男二人でやるようなゲームではない。


 互いの手札が自動的にほとんど無くなっていく。死神は3枚、佐伯が2枚だ。佐伯にジョーカーはない。死神は無造作に佐伯から1枚引き抜く。死神の残り枚数が2枚になった。

「おっと、ここにあるジョーカーは『本物』だ。切り札ではなく、道化師として。お前は俺達の道化となるのか?それとも、自らの意志を貫いてくれるのか?……答えは、カードで自ずと示されるだろうさ」

佐伯は迷うことなくカードを選び、死神から抜き取る。



 そのカードの絵柄は……



 電子的なアナウンスが駅舎に響く。

「そろそろお目覚めの時間か。楽しかったぜ、お前とのゲーム」

「出来れば次はもっと強くなってくれ。まるで俺が強いみたいだからな」

「努力はするさ」

死神は襟を正し、近くの無線マイクのスイッチを入れる。

「『まもなく2番線に電車が到着します。危険ですので、黄色い線の内側でお待ちください』」






 眩しい。確実に自然の光ではない。佐伯は仕方なく目をうっすら開ける。そんな彼に待っていたのはバケツに入れられた水だった。新しい世界の歓迎方法としてはいささか奇抜で、いかにも『尋問風景』の様である。

「いい加減起きろ、囚人番号47」

その声に促される様に佐伯は目を開ける。手足を鎖らしきもので縛られ、椅子にくくりつけられていた。間違いなく尋問である。そして、言語が同一である。コミュニケーションが可能で、それに努力を割く必要がないというのはとても大きい。


 尋問官らしき男は警棒の様な物を弄ぶ。

「まったく……丸々3日無駄にしてしまったのに、起きたらこれか……。さて、今からお前の罪状を言っていく。もし間違いがあれば言ってみろ。あぁ、嘘をつこうなんて考えるなよ?……お前の罪状は4つ、『皇帝直轄域への無断侵入』、『聖堂への侮辱行為』、『殺害』、『婦女暴行』以上。何か申し開きは?」


 佐伯は尋問官に質問する。

「侮辱行為とは……具体的に?」

「あの赤黒いおぞましい血痕だ、悪趣味にも程がある。仕事で無ければ、お前を殴り殺してるところだよ」

カルロスを削った跡のことを言っているのだろう。恐らく最初のは落下地点についてで、3つ目がカルロス、最後のがアリスのことだ。

「他に質問は?」

佐伯は首を横に振った。


 尋問官が合図をすると後ろの扉が開き、騎士の様な格好をした男が入ってきた。

「今回は皇帝直轄域について問われるため、騎士の立ち会いが義務づけられている。では、尋問を開始する。こちらの質問したこと以外には答えないように、いいな?」

佐伯は頷くしかなかった。



「ではまず婦女暴行と殺害から行こうか。彼女らとはどういった関係だ?」

「訳あって殺しあうことになった関係です。女性の方は……一度友人であったこともありますが、最終的には殺しあい」

尋問官は佐伯の頭を警棒で殴る。

「嘘をつくな!!女性の方には不完全ながら応急処置を施されてあったと聞く。本当に殺しあったのか!?」

「えぇ。なんなら私の所持品にあったあの剣に付着している血でも調べてみてください。あぁ、ばらさないように」

「俺に意見をするな!!」

再び殴る。


 尋問官は深呼吸をした。

「次の質問に移ろう。殺害の件は問題ない。お前がやったことは確定しているからな。正直な話、婦女暴行なんてのはついでにすぎない犯罪だ。……『どうやってあそこに入った?』」

佐伯は何も言わずに尋問官を睨み返した。


「あそこは皇帝直轄域の中でも中心部に近く、基本的に入れるのは皇帝に近しい者及び特別に許可が下りた者だけ。当然ながら警備は厳重に他ならない……なのにお前達はあそこに入った、入れてしまった。『なぜ』というのはそこまで問題じゃあない、お前達を処罰するだけで終わった話になるからな。『どうやって』というのが問題なんだ」

佐伯は何も言わずに睨む。話しても無駄という意志を表明するための行動である。


 だが、それが逆に尋問官の神経を逆撫でした。佐伯の指の骨を折る。その痛み程度では佐伯は叫ぶような事は無くなってしまったが、それでも苦痛にはなり、多少なりとも声を上げた。

「痛いか?次は2本行く。安心しろ、全て話したら魔術で治してやる」

「全て話す。……信じてはくれないだろうが」



 佐伯は全てを話した。別な世界からやってきたこと。カルロスがそれを仕組んだこと。アリスが阻止を邪魔したこと。結果として『あの場所』に落下してしまったこと。……自身が仕留めきれなかったこと。


 尋問官は佐伯の話を最近から最後まで逃すことなく聞いた。佐伯が話終えたタイミングで尋問官はタバコに火をつけ、煙を吐く。佐伯は尋問官の納得した様な表情を確認し、警戒状態を解いた。その直後に尋問官が佐伯の頭を掴み、膝蹴りを叩き込む。

「舐めてんのかテメェ!!!」

尋問官がさらに膝蹴りを入れる。

「もっとマシな嘘つきやがれ!!!!」

尋問官が佐伯の頬にタバコを押し付ける。熱さに感覚が麻痺してきたところでパンチ。

「別な世界なんてあるわけねぇだろ!!!!!」


 尋問官は怒りに任せて佐伯を殴り続ける。佐伯に抵抗する気力はなかった。騎士が尋問官の肩を掴む。

「そこまでだ。これ以上の暴行は上に報告させてもらう」

尋問官は舌打ちをしてから佐伯を蹴り飛ばす。騎士は壁に叩きつけられた佐伯を起こし、耳元で囁く。

「次に皇帝を侮辱してみろ、私の一任で貴様を断罪することも可能なのだぞ」

久し振りに肝が冷えた。


 騎士は笑顔で佐伯に言う。

「本日の尋問はこれまでとする。処遇は追って連絡するが、尋問は続けさせてもらおう。以上だ」

騎士の後に続き、尋問官は唾を吐き捨てて牢屋を出た。



 佐伯のそれからの数週間は最悪の一言であった。1日のほとんどは尋問という名の拷問にあてがわれ、完全に壊れかける寸前でいつもあの騎士が助けに入る。それは『いい警官・悪い警官メソッド』を知っていなければ簡単に折れてしまいそうなほどの慈愛であった。2回ある食事は必要最低限の量且つ豚の餌……もとい『生ゴミ』の様なものでしかなかった。アリスが近くにいる、マリーも転移しているかもしれないという2つの要因が無ければ自暴自棄になって事態を悪化させていたかもしれない。



 時間感覚が失われた頃、扉が解き放たれた。尋問官はいるが、騎士がいない。尋問官は佐伯の首に何かを付けてから無理矢理立たせる。

「お前の処遇が決定した。ついてこい」

言われるまま尋問官についていく。道中、質問する気力はなかった。


 大きな扉の前まで連れてこられた。尋問官は佐伯の手足に付けられた鎖を外す。

「妙な真似はするなよ、お前の首についてるソレはお前の頭を吹き飛ばせる。もっと言えば、力ずくで外しても爆発する」

それから尋問官は片手剣を佐伯に渡した。粗末で汚い、いつ壊れてもおかしくないような剣であった。

「貴様の処遇を言い渡す。『その剣を用いて戦え、そして死ね』。質問は?」

佐伯は目に殺意を滲ませながら尋ねる。

「……殺しかえしたら?」

「さぁ?皇帝陛下もご覧になられる。そこで何かおっしゃられるだろうさ」

佐伯は扉を開け、奥へ進む。


 これは間違いなく『コロッセオ』の様な物だ。黒い霧の残存量を確認する。最低限の栄養素は確保されていたおかげでそれなりに動けそうだった。続いて剣の構造確認……鉄の延長線上の素材だ。原子分解と核融合を使用し、鉄の原子構造を強化する。そして次に自身の肉体の確認。動けなくはない。右目を解放すれば……これはマリーのものである。あまり使うわけにはいかない。

「……なるほどねぇ」

柵の様な物で区切られている。側には二人の衛兵。彼らは佐伯の覚悟を確認すると、柵を上げた。

「進め!!生きた場合のみ戻ることを許可する!!」

佐伯は重い歩みを進めた。





 外だ。青い空、白い雲、そんなに澄んでいない空気。そして、熱狂に包まれた観客。

「やっちまえ懲罰騎士!!!」

「皇帝陛下を侮辱した大罪人が!!!」

「速く始めろ!!!」

「速くソイツが酷いザマになるのが見たい!!」

罵詈雑言が飛び交っている。佐伯はそんな言葉などどうでもよかった。殺されるような状況である以上、殺し返すのみ。ただ、先手を打つわけにはいかない。


 佐伯の反対側の柵が上げられた。そのただならぬ気配を感じ、佐伯は警戒を強める。ツカツカとゆっくり歩いてくる人物がいる。フルプレートメイルの為人相はわからないが、身長から判断するに男性であろう。

「双方、前へ!!」

上からの声に促される様に前に一歩出る。互いの距離はおよそ5メートル。上からの声はそれを確認してから話し出す。

「これより、囚人番号47の処罰を開始する!罪状、皇帝直轄域への侵入により、懲罰騎士が処罰を課す!なお、罪人が勝利した場合のみ恩赦を与えるとのこと!!……はじめ!!!!」




 互いに剣を抜き、睨みあいになった。会場に静寂が訪れる。が、すぐに再び罵詈雑言へと戻る。

「ふざけんじゃねえ!!!」

「殺しあいが見たくて来たのに!!!」

「そんなクソ野郎速く仕留めろ懲罰騎士!!!!」

「死ね!!罪人!!!!」

だが懲罰騎士は至って冷静だった。佐伯の出方を伺っている様だ。佐伯もまた、相手の出方を伺っている。こんな訳のわからない世界で無闇に仕掛けるというのは自殺行為に等しい。そしてなにより、情報が足りなすぎる。せめてこの懲罰騎士とやらから戦闘に関する情報だけでも入手せねばならない。


 皇帝の意向を察したのか、痺れを切らしたのか、先に動いたのは懲罰騎士。極めて合理的な突き。佐伯は右に避けながら追撃防止用に右側を剣で護る。追撃はなかった。佐伯は間合いを取り直し、再び出方を見る。一方の懲罰騎士は不服そうだった。恐らく殺せると思って放った突きだったのだろう。いつもなら精神的動揺を誘う佐伯であったが、今回はしない。あくまでも佐伯の目的は情報収集と勝利であり、いつも行う最効率の殺害ではないのだ。


 懲罰騎士が再び仕掛ける。高速の二連撃、リカルドと比べると止まって見え、カルロスより遅い。容易く受け流す。

(魔術はないのか?そんなはずはない。尋問官は確かに魔術の存在をほのめかしていた)

佐伯の思考をカットするような袈裟斬り。佐伯はバックステップで回避。魔術が有るのは確定している。それがどういうものであるのかわからない以上、佐伯は手出しが出来なかった。


 懲罰騎士は剣を鞘に納めた。佐伯は警戒を強める。

「……開幕と同時に仕掛けるのは三流、突きの派生を考慮して二流、あの二連撃を防げて一流」

懲罰騎士が口を開いた。兜は取らない。

「これほどの強者は久し振りだ。懲罰騎士というのは面白くない役職だと思っていたが……いやはや、貴様のような者がいるのなら悪くないのかもしれん」

「名乗らないぞ」

「構わん。私もいちいち罪人の名前を覚える気など毛頭ない。だが、貴様の強さは認めよう。本来罪人に振るう予定はなかったのだが……気が変わった」

懲罰騎士は構える。鞘……いや、剣の刀身が『輝いている』。

「我が一族が研磨したこの技……防げるかな?」



 懲罰騎士は踏み込みと共に抜刀。その速度はリカルドに比肩する。横一文字斬り。側面と後方、下方は確実に死亡。上への回避では隙が大きすぎる。攻撃を受けるしかない。だが、この剣で護れるか?相手の攻撃力は不明。残された選択肢は……佐伯は心のなかで謝罪した。


 懲罰騎士の放った技『パラレルスラッシュ』、これを防いだ者は極少数である。対処法はいくつかあるが、最もオーソドックスなものは魔術で壁を作るという方法。もしくは別なスキルで相殺。だがどちらも最早懲罰騎士には通用しない。それが抜刀踏み込みである。これにより対処するためのタイミングがずれ、正確な防御が困難となる。たとえ防御されたとしても、安心したところで鞘による攻撃が加えられるのだ。


 だがこの罪人は違った。剣を『素手で』掴み、鞘の攻撃を剣でガードしている。佐伯は右目から青と碧と黒の混ざった閃光を散らす。

「……まだやるか?」


佐伯が剣から手を離したのを確認してから懲罰騎士は間合いを仕切り直す。佐伯は追撃を仕掛けてこない。あれほどの技量ならば、恐らく可能であったはず。それなのにしなかった。懲罰騎士は急に目の前の罪人に対し恐怖感を抱くようになった。

「どうした。終わりか?そんなはずはない。まだ手の内を隠しているはずだ」


 確かに、ある。懲罰騎士にはまだスキルのレパートリーがある。だがそのどれもが『パラレルスラッシュ』より強力なものにはなり得ないのだ。懲罰騎士に魔術の才能はないわけではないが、実戦で使えるほどではない。懲罰騎士は屈辱的ながら作戦を変更する。

「……あるにはあるが、いいのか?このまま戦闘が長引けば、あの女はより苦痛を味わうことになる」


 佐伯は構えを下ろす。警戒は解かない。

「誰の話だ?」

「貴様の近くにいたあの女だよ。考えてみろ、あの女も皇帝直轄域を荒らした罪人だ。罪人に権利などないし、あのような環境でそれなりに美しい女がどう扱われるのか……わかるだろう?」

佐伯は完全に無防備になった。


 懲罰騎士は佐伯の出方を見る。自暴自棄になってもいいし、怒りに任せて攻撃を仕掛けてきてもいい。どちらにせよ、先程までの剣の冴えは失われる。そこに懲罰騎士の付け入る隙が産まれるのだから。だが、目の前の罪人はあらゆる感情を封殺し、再び剣を構えた。慌てて懲罰騎士も剣を構えなおす。



 そんな懲罰騎士の心を嘲笑うかのように佐伯が話しかける。

「俺が焦ると思ったか?『大正解』だ。そう、確かにアリスが慰みものになるのは俺としても忍びない。いや、もしかしたらもうなっているのか?どちらにせよ、マリーは悲しむだろう。それは彼女に顔向けできない。だからこそ、『決着を急ぐ』」


 懲罰騎士は反応する間もなく、右腕が切り落とされたのがわかった。痛みはない、アドレナリンのおかげだろうか?僅かに佐伯を捉えた。片腕でも剣を振るい、仕留める。奴は今、隙が大きいに違いない。だが、佐伯の姿は黒い霧の様になって消えた。懲罰騎士の剣は虚空を切り裂くに終わった。


 右足に衝撃が走る。バランスが維持できない。鈍化した時間の中で足を見ると、右膝が切断されていた。剣を杖代わりにして支える。流石に治療魔術くらいは使える、急いで治療しなければ。


 足を奪われた。上から血が垂れ落ちてくる。恐る恐る見上げる。佐伯が口に懲罰騎士の足を咥えていた。噛み千切ったあとに、観客の方へ投げ捨てる。佐伯は僅かに天を仰ぎ見る。

「……あぁ、なるほど。理解した。あんたのこと、この世界のこと、そして俺自身のこと」

懲罰騎士の敗北が確定した。懲罰騎士は佐伯に追いすがる。

「……頼む、命だけはとらないでくれ」

「当然だ。それはそれとして……『尋問する』」





 観客は息を飲み、その光景を眺めた。いや、眺めることしか出来なかった。

「彼女はどこだ?」

ゴリュン。

「ギャァァァ!!!」

「マリーはどこだ?」

ゴリュン。

「ギャァァァ!!!」

「敗北を認めるか?」

ゴリュン。

「ギャァァァ!!!」

「彼女はどこだ?」

ゴリュン。

「ギャァァァ!!!」

「マリーはどこだ?」

ゴリュン。

「ギャァァァ!!!」

「敗北を認めるか?」

ゴリュン。

「ギャァァァ!!!」

懲罰騎士の、あの懲罰騎士の骨が、丁寧に一本一本破壊されていっている。しかも中枢部から破壊されている。血が流れないよう、あえて体内で破壊している。その痛みは想像に難くなく、眺めているだけの観客も痛みを感じるようであった。


 胴体の間接部を全て破壊してから、佐伯は頭蓋骨に手をかける。

「彼女は……どこだ?」

「地下牢だ!!!地下牢で男達の慰みものになっている!!!」

「マリーはどこだ?」

「知らない!!!」

「敗北を認めるか?」

「認める!!!お前の勝ちだ!!!」

佐伯は懲罰騎士から手を離し、皇帝に向き直る。完全なる静寂の中、佐伯は叫ぶ。

「俺の勝ちだ!!恩赦を与えろ!!『俺とアリスの罪状を消せ』!!!」



 皇帝の側近らしき男が一歩前に出て、佐伯に叫び返す。

「罪人側の勝利とし、恩赦を与える!!内容は『かの者が望むままに』!!!」

それを聞き、佐伯は剣を仕舞って一礼し、闘技場を出た。歓声は全くなかった。


 来た道を戻り、扉を出る。尋問官がいた。

「……まさか本当に勝つとは」

「アリスの元へ連れていけ。今すぐに」

「当たり前だ。そういう皇帝陛下のご命令だからな。えーっと……」

「ヨースケ、ヨースケ・サエキだ」

「サエキね。了解了解」



 移動中、尋問官が話しかけてくる。

「どうだった?懲罰騎士は」

「なにも?殺されそうになったから殺し返した」

尋問官は肩をすくめた。食えない男だと思ったのだろう。今度は逆に佐伯が質問する。

「……お前は、慰みものを、その……『利用した』か?」

「ハハハ!!まさか。俺は妻子持ちで、由緒正しき家の出だ。そんな得体の知れない者と交わるという危険をおかしてまで肉欲を発散させようとは思わん」

佐伯は尋問官に対しての印象を少し勘違いしていた。この男は悪人なのではなく、職務に熱心な男なのだろう。だからこそ『いきすぎた』行為にも発展する。


 再び尋問官は佐伯に話しかける。

「しかしお前も変わってるな。皇帝陛下からの恩赦なら、それこそなんでも出来たはずだ。それなのに殺しあってた奴を助けるなんて」

「……俺が好きな奴が、悲しむから」

「お前は殺しあってたのに?」

「ああ。たとえ殺しあっていたとしても、アイツの願いなら俺は聞き入れるんだ」

尋問官はニヤニヤしながら佐伯を見つめた。

「愛だな」

「あぁ、そうだ」

「そんなはっきり言われるとこっちが恥ずかしいわ!!……っと、着いたぜ」

尋問官は地下牢への扉を開ける。薄暗い階段が続いていた。

「行くぞ」



 地下への道はあまり長くなかったが、一段一段にとてつもなく重みを感じた。それと同時に、悪臭が増していく。欲望を吐き出した後に残る、不快極まりない臭い。それが逃げ場のない地下空間に滞留し、さらに不快さを増していた。また、響いてくる音や声も大きくなっていく。肉と肉がこすれてぶつかり合う音や、男の笑い声。そして、女の苦痛に満ちた声。焦る佐伯を尋問官が抑える。

「お前一人で行って簡単に渡してくれると思うか?気持ちはわかるが、落ち着け」


 地下に着き、奥へ進んでいくとよりその声や音、臭いが強くなっていった。

「……着いたぞ」

粗末な暗い牢獄にはほぼ全裸同然の男数人がいて、壁の方でたむろしていた。尋問官が柵を鳴らし、人が来たことをアピールすると、比較的距離の近い男が振り向いた。

「よぉ。やっぱりお前も使いたくなったか?そうだよな。こんな上物、近くの娼館探しても滅多にお目にかかれるもんじゃねぇ。まあ傷だらけではあるが……それでも体は最高だ」

佐伯が踏み出そうとするのを尋問官が遮る。耳打ちする。

(焦るな、罪人に戻りたいか?)


「その女の処遇が決まった」

「おぉ!!待ってました!!懲罰騎士行きか?晒し首か?それとも、娼館行きか?」

「いや、皇帝陛下から恩赦が与えられてな……彼女は無罪となった」


 男が立ち上がる。

「……プフッ。ハハハハハハ!!!!そんなはずねぇだろ!?皇帝陛下が気まぐれにお与えなるなんてことはないのに、誰が恩赦を与えるってんだよ?えぇ!?」

尋問官が後ろ手で佐伯を指差す。男にはソレが悪魔の様に見え、思わず道を開ける。


 佐伯は殺意を散らしながら今尚群がる男達の後ろに立ち、手を振り上げる。

「10秒やる。やめろ」

「ちょっと待ってくれよ……もうすぐ終わるから」

「10……9……8……7……6……5……4……3……2……1」


「……0」

佐伯は手を振り下ろす。男の頭と胴体が泣き別れになった。血が吹き出す。そのただならぬ事態に、他の男も行為を中止して佐伯を見た。

「彼女を解放しろ、皇帝陛下の恩赦だ」

男達はそそくさと服を着、牢獄を出ていった。尋問官も気を使い、男の死体を回収してその場をあとにした。



 佐伯は男達に弄ばれ、目から光が失われた、傷だらけの女の横に膝をつく。女は生気のない眼で佐伯を認識すると、そっと頬に手を伸ばした。

「……ヨースケか。なら……いい」

「何馬鹿な事を言ってる。速く服を着……ちょっとまて」

佐伯はアリスの下腹部に手を当てる。いや、傷を増やすわけにはいかない。ならば、こちらを試すのみ。


 佐伯は深呼吸し、肉体の原始構造を把握しだす。分解は却下。あくまでも『高速学習』使用可能範囲まで手を突っ込むのみ。

「……アリス、痛かったら俺の左手を握れ」

佐伯の右手がアリスの中へ吸い込まれるように入っていった。佐伯はそこでしばらく待機。






 数分後、佐伯は外傷を残さずに手を引き抜く。そして、神妙な面持ちでアリスに尋ねる。

「……誰の子だ?」

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