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再審の男  作者: 藤澤トオル
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首斬りスズメ

 佐伯はカルロスの連続攻撃を全力で受け流しながら、あの店主の言葉を反芻する。



 店主は刃と柄の接続部にある扉部分を開けつつ、フィルムケース大の物を5つ用意する。

「こいつはただの剣としても一流の性能だが、他の剣と違うのは『解放』にある」

「解放?」

店主はケースの蓋を開け、中身を見せる。青白い鉱石が入っていた。

「これは『隔絶領域』付近で採れた『永凍石』」


 永凍石。寒冷地の魔力を帯びながら成長していくことにより発生する、『氷』の特性を持った石である。成長過程で人為的作用を及ぼすと産まれないため、現在は天然の物しか存在しない。接触しても問題はないが、不用意に魔力を流すとその特性が発現し、対象を『氷漬け』にしてしまう。そのため、取り扱いにはある程度の資格が必要である。


 次に開けたケースに入っていたのは赤い鉱石。

「これは『エンケ石』。ちなみに、最高級品だ」


 エンケ石。元世界のイタリア、『エトナ火山』の火口部から採取可能な鉱石。『焔』の特性を持つ。同種の鉱石は多数あるが、エンケ石が最も優れているとされている。発生条件は、『魔力を帯びたマグマ』が『定期的』に、『全て火口部から噴出する』こと。該当する火山は少なく、採取にも危険が伴ううえ、普通に接触すれば対象もマグマに呑まれるため、専門の採集業者しか扱えない。それでも、不法に採集を試みる者が多く、年間で何人も犠牲となっている。


 今目の前にあるのは、それを安全に加工したもの。佐伯は尋ねる。

「それで?こいつらがどうなるんだ?」

「よく見とけ、一回しかやらねぇからな」

店主は『永凍石』入りのケースを剣に入れ、両手で構える。

「本当は斬る直前にやるんだが、わかりやすいからこの状態で押させてもらうぜ」

店主が柄にあるトリガーを引く。……カチッ。



 刀身が、青白く輝いた。そして、周囲の空間を冷やしたあと、すぐに刀身は元の金属光沢へと戻った。およそ1秒に満たない時間ではあったが、刀身が放った、永遠にも感じられた儚い輝きは、佐伯を魅力した。呆気にとられている佐伯の前に店主が剣を差し出す。

「やってみろ」


 唾を飲み、恐る恐る剣を受けとる。

「そこのカバーを開けてカートリッジを入れろ。あぁ、空のカートリッジは俺に渡せ」

佐伯は店主の指示通りに動かしていく。

「……どうすればいい?」

「簡単な話だ」



「トリガーを引け」



 佐伯はカルロスを弾き飛ばした瞬間、龍骨剣から手を離し、もうひとつの剣を抜き……トリガーを引く。

「ハッ!!また俺を燃やそうっ……たっ……て……」

カルロスの腕が『真空波』によって切り刻まれた。しかも、徐々にカルロスの身体全体へと広がっていく。

「……テメェ!!!」


 オートマチック拳銃の空薬莢が排出されるように、佐伯の剣からカートリッジが排出された。佐伯はそれを落ちる前に掴んで仕舞い、別なカートリッジを装填する。

「どうした、さっきまでの威勢はどこにいった?」

全身を切り刻まれたカルロスは徐々に肉体を再構成していく。

「なんだよ、それ……知らねぇぞ!!」

「当たり前だ、『奥の手』だからな」

佐伯は再び龍骨剣を構える。


 カルロスは焦りを覚えたが、同時に冷静さも発揮していた。佐伯は確かに奥の手と言った。その言葉に嘘はないはずである。嘘ならば、追撃を加え……追撃?佐伯がもう一方で攻撃するとき、それはどちらも一撃だった。普段の剣ならば、そこからさらに二撃、三撃へと繋がるはずである。だが、それをしなかった。なぜ?


 今度はカルロスが佐伯の攻撃を受け流していく。目の前に意識を集中しながらも、思考は全く別次元を見据える。佐伯の行動を反芻する。


 最初にこちらの剣を弾き、ナイフを右腕でガード。佐伯に隙ができたため、突きを放つ。佐伯はそれを弾き飛ばし、剣を持ち変え、突きを放った。腕に掠り……身体が切り刻まれていった。その後、何かが剣から排出され、佐伯はそれを回収……排出。そうだ、排出だ。



 同時に互いの攻撃を弾き、間合いを取り直す。

「……クククククッ。ハハハハハハ!!残念だったな!!お前の手品はわかったぜ。もう『効かない』」

佐伯は流れ出た冷や汗を拭いながら、気丈に返す。

「そうか、なら正攻法でいかせてもらうぞ」

再び同時に踏み出した。




 カリーナの意識が戻る。息を吸い込むと身体が痛かった。痛みを感じるということは、まだ生きているということだ。カリーナは全身を粒子分解してから再構成し、復活。治療率は約77%といったところであった。状況確認開始。佐伯とカルロスは戦闘中。ややカルロスが不利か?


 それよりもあの二人……二つ?二人が気になった。全身に裂傷を負い、骨折箇所が多数みられる二人の女だ。引きずられて運ばれてきたのか、血の跡が道となっている。この距離からでは生死の判断は不明。

「……トドメをさしておくか」


 予想は正解。妹のアリ……スと佐伯の協力者マリーだ。まだ意識は戻っていない。仮に戻ったとすれば言うまでもなく泥沼化する。カルロスの部下は全滅し、カルロス本人は佐伯の対処で忙しい。仕留められるのは……カリーナ一人だけ。カリーナは腕を振り上げる。狙うべきは首。先に仕留めるのはアリス。

「さようなら、これも任務だから」



 命中した感触はカリーナの予想より遥かに速かった。何故かアリスは無事だ。

「……お前、なにしてる!!!!」

カルロスの叫び声が聞こえた。こちらに向かって叫んでいる。そこでカリーナは理解した。この感触の正体を。

「なにって……庇ってんだよ!!仲間を!」

カリーナの振り下ろしが抉ったのは佐伯の右脇であった。よくみると佐伯の左肩にはカルロスの剣が刺さっていた。戦闘中にこちらの行動を察し、捨て身で防御に来たのだろう。だが2度目はない。


 しかし再びの振り下ろしも佐伯が庇う。今度は右肩だ。カルロスもカリーナも、その行動が理解出来なかった。二人を見捨てれば、佐伯は確実に勝利できた。それなのに庇った、それもマリーではなくアリスを。カリーナは怒りで顔を歪ませる。

「邪魔をするな!!!」

「こっちの台詞だ!!!」


 カリーナは標的を変え、佐伯に殴りかかる。佐伯は拳をキャッチし、握りつぶしながら凍結。物質の振動を停止させられた。これでは再構成出来ない。このまま握り続けられていては片腕を喪失する。カリーナは腕を引くが、佐伯は手を離さずに反対の腕で殴りかかってくる。カリーナは逆に掴み返し、握りつぶす。


 握りつぶせない。佐伯の拳の周囲が微妙に帯電している。電子が高速移動し、接触を阻んでいるのだ。そこにカルロスが参戦。佐伯から剣を引き抜き、背後を斬りつける。カリーナはその行為が誘いであることを理解した。

「カルロスやめろ!!」

時すでに遅し。カルロスは佐伯を斬りつける。



 カルロスの剣が『消失』した。跡形もなく消え去った。佐伯は後ろ蹴りをカルロスに放つ。反応が遅れたカルロスの腹に直撃。吹っ飛ばされる。カリーナも片腕を諦めて引きちぎり、肉体を再構成して距離を取る。今気づいたが、佐伯の左腕は既に黒くなく、人体の色に戻っていた。

「感謝しているよカリーナ・シュタインベルク。あんたのお陰で俺の身体はそれなりに動くようになった」


 カリーナがカルロスの復帰を待機している傍で、佐伯はマリーとアリスに回復薬を飲ませる。しばらくしたら意識が戻ってしまう。

「カルロス!!いつまで寝てるの!?起きなさい!!」

カリーナに急かされるように瓦礫からカルロスが這い出てくる。手にはボルトアクションライフルが握られていた。

「カリーナ様!!援護します」

「了解、私に当てるなよ?」




 物質というのは元素で構成される。元素というのは同一陽子数の原子グループである。では、原子はどのような物で構成されるのか?『電子』と『原子核』だ。原子核内には『陽子』と『中性子』がある。また、イオン化していない限り電子の数と陽子の数は等しい。


 元素同士を超高速でぶつければ原子核が融合し、新しい元素が誕生する。理論上は際限なく新元素を産み出せる。逆に、外部から何らかの影響を及ぼすことによって、元素を分解することも出来る。『核爆弾』などと言われている武器はこの分解反応時に起こるエネルギーを利用している。ちなみに、佐伯のいた世界では、融合反応を起こすには膨大なエネルギーが必要で、分解反応を起こした時には放射線を撒き散らしてしまうという問題があった。


 カリーナの持つ技術は『これ』の応用である。一瞬で姿が消えてどことなく現れるのも、自身の周囲にある電子、陽子、中性子を用いて肉体を再び作り上げているからだ。膨大なエネルギーや安全性を確保するのには魔力を用いている。起点となる概念的な『核』として原子とは無関係で、極めて魔術的な『魂』というものに頼ってはいるが、それも魔術の根本である理解という力の最先端による恩恵である。


 そして、それによってどんなに肉体が損傷しようとも周囲に電子等が必要数揃っていれば傷を塞ぎきるし、肉体が損傷しても即座に復活することが出来るのだ。


 また、対象の原子構成を理解していれば、それを全く別の原子……例えば水素や酸素に変換も出来る。その光景は何も知らぬ者から見れば突然『消えた』ようにしか見えない。



 さて、なぜカリーナは電撃を纏えたのか?答えは電子と陽子にある。電気というのは、電流によって発生する。電流とは、『電子の動き』である。彼女は周囲に漂う原子の電子を高速移動させ、帯電させていたのだ。もっとも、逆にこれを佐伯に見せた事によって彼が理解する糸口を掴んでしまったのだが。


 これらの概念は、佐伯の元いた世界では常識に近いものである。だが、この世界では未だよく知られていない話なのだ。それこそ『魔術』という概念があるからこそ、『科学』の産物である原子の理論は浸透しない。だから逆に、佐伯はカリーナの用いている技術を理解できたのだ。そして何より、彼は大学生であった。高校で基礎とはいえ、一度は化学に触れている。その理解は容易であった。


 ただし、この技術を完全に使いこなすには世界を魔術的ではなく科学的に捉え、世界のあらゆる物を電子や原子核とそれの移動であると見て、魔術という概念を否定しながらも、原子を再構成するのに必要な膨大なエネルギーを魔力で補うため、魔術というものを認める必要があった。この二つが無ければ、ただの知識で終わってしまう。


 そして、それは多くの矛盾を孕んだ行為でもある。カリーナはこの技術を使いこなすために他人を壊し、家族を壊し、自分を壊した。さらに、必然的に消費が激しくなる魔力を常に高めておくため、全身に魔力源である魂を大量に蓄積している。彼女は、誰にでも出来ることではないこれらの諸行を、自らにしか成せない、自らの誇りとして生きていた。




 では、今目の前で『それ』を振るう男は?確かに『壊れている』。だが、その壊れかたは……。

「……許されない」

「あ?」

佐伯はカリーナの、肉体を原子分解する拳をバナジウム原子を挟むことでガード。カリーナによりすぐさまバナジウムは窒素と酸素、水素に変換された。

「許されない!!!」

今度は蹴りであった。佐伯はガリウム原子を纏わせた蹴りで応対。分解されるより先にガリウムを再構成し、タングステン原子に変える。カリーナの理解速度を越えた分解と再構成速度により、カリーナの片足が完全に破壊された。


 その場に膝まずくカリーナにトドメを刺そうとするが、カルロスの弾丸が飛来する。佐伯はカリーナほどの瞬間的理解速度はないため、分解を諦めて回避。カリーナの方を片眼で見る。修復はしていないようだった。何かをブツブツと呟いている。


 佐伯はそんなカリーナの顔面をクロム原子で殴りとばす。意識は絶てていないが、その目には涙が溜まり、生気は宿っていなかった。佐伯が拳を振り上げると、まるで怯えた幼児の様に丸まって身を守ろうとした。

「……」

佐伯は標的をカルロスに変えた。



 正直な話、佐伯の技術はカリーナを越えてはいない。カリーナが人体という複雑な物質も分解出来るのに対し、佐伯が単一原子による物質しか作成出来ていない事がその証明になろう。確かに佐伯は自身の肉体を再構成出来るが、他者の肉体の分解など到底不可能である。しかも魔力の代わりに黒い霧を用いているため、佐伯自身の身体状況によって使用に制限がかかる。また、いくら佐伯に『高速学習』があるとはいえ、一瞬、数度触れただけの人間のDNA構成などわかるはずもない。その点で言えば、カリーナの費やした時間は非常に有益であった。



 だから、佐伯は剣を分解するためには攻撃を喰らわなければならなかったし、カルロスの肉体を分解することも出来ないのだ。そして、今この状況においてもそれは変わらない。右目の喪失によって肉体の崩壊危険性が低下したとはいえ、佐伯の体力は度重なる連戦により疲弊しきっている。普段なら回避できた『鎖』の罠に引っ掛かってしまうほどに。そこにカルロスの勝機はあった。


 カルロスは容赦なくライフルを撃っていく。肩、膝、脇腹。体内に侵入した弾丸とそれに付着した血液や筋繊維を的確に分解出来るほど佐伯の技術は優れていない。カルロスは、そこに佐伯とカリーナの違いを見いだした。

「どうしたどうした!!さっきまでの奇怪な魔術は品切れか!?」

「うるせぇ!!」


 流れ弾が鎖に命中し、拘束が解除された。今しかない。佐伯はカルロスに背を向け、黒い立方体へと走る。

「やめろ!!お前の相手は俺だ!!」

佐伯はカルロスの声を無視して剣を抜き、回転速度とタイミングを合わせる。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

カルロスが撃ってきた。肺の近くに命中。痛みは感じない。奇跡的に呼吸は乱れなかった。鈍化した時間の中で、突くべき箇所が明確に現れた。The END.





 剣が折れた。憎しみに呑まれた龍の骨を用いた、あらゆる魔物を殺し、魔王の首すら斬った剣が折れた。それでも立方体が破壊されていれば良かったのだろうが、未だ回転を続けていた。なぜ?理由は明白である。アリスが剣を破壊したのだ。

佐伯とアリスは同時に地面に着地する。


「……何してる」

「任務よ」

左目から赤黒い閃光を散らせながら無感情にアリスは答えた。佐伯の期待している答えではなかった。佐伯は再び質問する。

「何してる」

「姉の敵討ち」

期待した答えではなかったが、敵対する理由が出来た。


 佐伯は折れた剣に黒い霧を纏わせ、『高速学習』する。

「……お前の思いは、忘れない」

佐伯は剣にこびりついていた龍の怒りを噛みしめる。剣は光の粒となって空気中に舞い散った。佐伯は立ち上がり、もうひとつの剣を構える。カートリッジは、『毒』。

「……不思議だ、こうなるのは初めてじゃない気がする」

「気のせいよ、『私』は初めてなのだから」



 同時に仕掛ける。佐伯の切っ先がアリスの頬を霞めた。拳が佐伯の顔に迫るが、首を捻って回避。しかし肘打ちに派生し、首の骨が鈍い音を立てる。アリスは腹にアッパーをして追撃。佐伯は剣を逆手に持ちかえ、アリスを後ろから貫く。足に命中。柄にある引き金を引き、アリスの体内に汚染物質を滞留させる。互いに治療は必須となり、間合いを取り直す。


 ほぼ同時に治療は終了。だが毒物の分、佐伯が有利となっていた。アリスはおもむろに佐伯に何かを投げつけ、佐伯はキャッチ。碧色の眼……間違いなくマリーのものであった。

「あなたは気づいてないかもしれないけど、彼女の右目は完治してないわ。あんまり可哀想だから摘出してあげたわよ」

「それを俺が信じる理由は?」

「あなたはマリーを愛している」


 佐伯はマリーの右目を自身に付け、結合させる。明らかに視界がぼやけていた。すぐに『高速学習』し、原因を調査する。そしてもう一度摘出し、慎重にガラス片を抜き取る。アリスに投げ渡す。

「これをどうしろと?」

「治せ」

「それを私が実行する義理は?」

「お前はマリーを愛している」


 アリスは目玉を治療し、佐伯に渡す。

「持ってなさい。マリーに選ばれたのは、あなたのだから」

「……マリー、少し借りるぞ」

佐伯は右目を付ける。先程とは違い、視界は良好だった。

「右目は傷つけないでくれよ?」

「当然。あなたこそ、ジヤヴォールなんかに明け渡すんじゃないわよ」

二人は同時に踏み出した。



 カルロスは佐伯をアリスに任せ、カリーナの傍に寄る。肉体的にではなく、精神的な心配があった。

「ご無事でしょうか?」

返答はなく、ひたすらに何かを復唱している。呪文のようなその文言は、カルロスには理解出来なかった。深呼吸してから頬を叩く。カリーナは驚いたような表情をしてカルロスを見つめた。


 カルロスはカリーナの胸ぐらを掴む。

「立て、まだあんたは生きてる。戦え、死んでないなら負けじゃない。殺意はまだ残ってるだろ?」

「わた……し……は……勝て……ない」

カルロスはアリスを指差す。

「じゃああの妹はどうだ。あんたより弱い。なのにサエキと渡り合っている。あんたは負けてない」

カリーナはやや顔を青ざめてうつむく。懸念は晴れないようだった。


 カルロスはアリスの方を見る。アリスの動きが鈍くなり、佐伯が押し始めていた。そろそろ援護に回らないとアリスが『死ぬ』。カルロスは立ち上がる。

「カリーナ様、あなたが戦わないのは自由です。ですが、彼はあなたがどちらを選ぼうと、あなたの命を奪いにかかります。それをお忘れなく」


 立ち去ろうとしたカルロスの足を掴む。何か言いたげそうな顔をしていた。カルロスは苛立ちを覚えながら尋ねる。

「戦う気になりましたか?」

「……ない」

「は?」

「……サエキは、私を殺さない。あの時私の命を奪えたのに、彼は奪わなかった。あなたはわかってない」

カルロスはため息をつく。そして、同時にカリーナに失望した。自らを殺せるほど苛烈な戦いをしてくれると期待していたはずの女が、今はただのか弱い乙女だ。彼女は、シュタインベルク家の装置であることをやめてしまった。


 カリーナは語り続ける。

「あなたが思っている以上に、あなたとサエキは違う。確かに心が似ているかもしれないけど……違いはある。そんなところにアリシアは」

「もういい。喋るな」

カルロスはカリーナの額に銃口を押し付ける。当主との約束などもうどうでもいい。所詮、彼女も人間でしかなかったということだ。カルロスは躊躇なく引き金を引いた。



 カルロスの放った凶弾はカリーナの側頭部を掠めるに終わった。銃口が反らされたのだ。誰に?アリスでも佐伯でもない。

「……さようならです」

カルロスの側頭部に銃口が2つ押し当てられた。回避行動。そう思った時には既にカルロスの意識はなかった。

「……生き……て……?」

「私はあなたを殺したい、多数の人の命を弄んだあなたを。でも、それをしたら私はあなた未満。だから私は、サエキさんと同じように生きるため、護るための殺ししかしません。……あなた方とは、違うんです」

そう言ってから、マリーは喪った右目から流れる血の涙を拭い、黒い立方体へと走っていった。佐伯の捨てた拳銃とショットガンを握り締めながら。


 カリーナの人生で2度目の敗北だった。今度は技術や肉体的強さではなく、人としての完成度で敗北した。自然と眼から涙が流れてきた。悲しい時や痛い時に流れるはずなのに、気持ちは晴れやかであった。笑いも込み上げてくる。

「……ハハハハ。やっぱりあんたは正しかったよ、アリシア」



 佐伯の意識は限界に近かった。それでも機敏に動けるのは、一重にジヤヴォールのおかげであった。殺意と生存本能があるかぎり、ジヤヴォールは無理矢理にでも佐伯を動かしてくれる。問題は佐伯自身の意識が途絶えた時である。一年近く前の魔王軍がやって来た時にあった2度の意識消失……その時の具体的な惨状は学習した記憶と伝聞により後で知った。少なくとも、もう同じようにはなりたくない。


 佐伯の時ほどの効果はないが、アリスにも大分毒が効いてきたようで動きが緩慢になっている。そして、絶好のタイミングが訪れた。佐伯の剣を受け流した時に重心のバランスが不安定になった。踵を引っ掛ける。アリスが若干後ろにのけ反り、回し蹴りの姿勢へと変更する。佐伯は軽くアリスの肩を掴み、空中での制御を乱す。大きな隙が出来た。


 佐伯はアリスの右胸に剣を突き刺す。鮮血が吹き出し、佐伯の顔を赤く染める。勝負ありと判断し、佐伯は剣を引き抜いて仕舞う。


 アリスは虚ろな眼で死にかけの魚の様に痙攣していた。出血多量、放っておけばそのうち死ぬのは確実。

「アイツならあんなことで姿勢を崩さ……アイツ?誰だ?……まあいい」

黒い立方体に向きなおろとした佐伯は、直感的にしゃがむ。先程まで頭のあった地点を弾丸が通りすぎた。



 カルロスが先程までとは別の銃を持ってこちらへ悠然と歩いてきた。

「残念だったな、外れだ」

佐伯はカルロスへと向き直り、立ち上がる。カルロスは排莢しながら、こちらへの歩みを止めなかった。その笑顔には、何か意図があるに違いない。唐突にカルロスが佐伯に話しかけてくる。

「なぁ、その装置の起動に必要な魂の数、知っているか?」

「残り少ないんだろ?」

「ところがそうでもないんだ。合計必要数は『31416』。それに対し、現在の蓄積数は『31115』で、あと301人なんだ」

佐伯は周囲を警戒する。確実にカルロスは何かを企んでいる。

「わかるか?俺がお前に殺されても、お前が死んでその腕が使い物にならなくなっても、一族の悲願は達成されないんだよ」

「話は以上か?」


 カルロスが立ち止まり、おもむろに上を仰ぎ見た。

「でもなぁ、さっき気づいちまったんだよ。確かに世界の終わりを識るのにはその数が必要だ。……だが、それはあくまでも人間が等価であると仮定した場合」

「当たり前だろ。人間それぞれの価値が違うなんて考えてる奴は優越感に浸りたいだけだ。身分、性別、年齢……全て関係なく、人はみんな同等の価値しかない」

「いや、この場には価値が『違う奴』がいる。人間から外れかけている奴だ。一人はお前。そして……」

佐伯はこのタイミングで背後の違和感に気づき、あわてて振り向く。



「そう、嬢ちゃんだ」

マリーが心臓近くと膝を射ぬかれ、倒れていた。先程の銃弾は佐伯を狙ったものではなく、マリーを狙ったものであったのだ。

「不思議か?マリーはただの人間なのに。その通り、彼女本人は正真正銘ただの人間だ。俺が保証しよう。だが……『右目』は?」

佐伯は慌てて右目を引き抜く。色は……碧だ。だが、僅かに黒と青が混ざっていた。遅かった。諦めて再び入れる。

「良いことを教えてやる。アリスと同じようにマリーはまだ生きているが、近いうちに出血多量で死ぬ。当然ながら、俺は治療させる隙など与えない。カリーナにも期待するな、彼女の動きも固定してある」


 佐伯は深呼吸し、自分の血が入ったカートリッジを剣に装填する。そして、かつてないほどの殺意を滲ませ、カルロスを見据える。

「殺せばいいんだな?あんたを」

「そうだ!!!俺の弾丸は残り1発!!勝負は一瞬で決ま」

佐伯はカルロスが話している途中で突撃。『マリー』を使った。



 その突きは反応する間も与えずカルロスの心臓を貫いた。佐伯はなんの躊躇いもなく引き金を引く。カルロスの体内に佐伯の『殺意』と『他者の記憶』が流れ込む。常人であるなら確実に発狂。だが、カルロスは血を吐きながら笑った。

「……お前の負けだ」

辺りがまばゆい光に包まれた。








 視界が戻ってくる。浮遊感があった。間違いなく『落下している』。カルロスは?目の前にいる。まだ目が覚めていない。カルロスの後ろに壁が見えた。佐伯はカルロスから剣を引き抜き、顔面を掴んで壁に叩きつける。落下速度が和らいだ。それと同時にカルロスへとダメージを与えられる。だが、そのダメージでカルロスは目覚めた。彼は抵抗することなく、笑いながら話続ける。

「マリーの話は……嘘だ!!価値が違うのは『お前だけ』!!全ては俺達をあの世界から『消すため』の方便!!」

「どういうことだ!!」

佐伯はカルロスの削る部分を顔面から背中へと変更する。

「俺達があの世界から消えれば、あの世界は『終わった』ことになる!!俺はあの世界の終わりを見た!!これで俺は一族の悲願を達成した!!ハハハハハハ!!!!」


「ふざけんじゃねぇ!!!!」

佐伯はカルロスの顔面を壁に叩きつける。

「お前の運命に俺を巻き込むな!!!お前の運命は、俺の運命じゃない!!!」

なおもカルロスは笑顔を絶やさない。

「知らねぇな!!!」

カルロスは佐伯の左腕を掴み、同じように壁に叩きつける。佐伯の左腕が削られていく。


「感謝してるよ、お前が『ルテチウム』を持っててくれてさ!!」

ポケットの違和感に気づく。いつの間にか『あの鉱石』が消えていた。佐伯の疑問にカルロスが答える。

「あの立方体の核はルテチウムだった!!そして、何百人もの記憶と魂を吸ったお前!!発動しないはずがなかったんだよ!!しかも、お前は確実に俺を仕留めるために絶対『自分の血液』を使う!!お前は俺の読みに負けたんだ!!!最高の気分だ!!!」


 地面に着地。カルロスはまだ生きている。

「クソ野郎!!!!!」

佐伯はカルロスの胸ぐらを掴み、今度は地面に叩きつける。

「さぁ、俺を殺せ!!空虚な勝利を掴め!!そして、お前はこの世界で孤独に人生をやり直せ!!」

「もうやってるんだよ!!!」

カルロスの顔面を殴る。既に半分近くが削られたカルロスの顔面がさらに変形する。それでもカルロスは笑顔を浮かべている。

「死んだのは何回目か?3回目か!?最後の審判は終わったか!?」

「再審中だ!!!」

再び殴る。手の骨が砕けた。構うものか。

「マリーと添い遂げられなくて残念だったな!!!俺は最高に嬉しいけどよ!!!」

「黙れ!!!!」

殴る。カルロスは血反吐を佐伯に吐き、その右目を汚す。

「やっと目標を見つけたぜ!!お前が絶望するのを見る事だ!!!」

「喋るな!!!!!」

再び殴る。完全に破壊された右手は使い物にならない。


 カルロスは佐伯へ呪いの様に言葉を吐く。

「誰も知らないこの世界で、お前は『孤独』に生きて死ね」

感情に任せた殺意を以て、佐伯は削れた左手でカルロスの顔面を完全に破壊する。カルロスは『モノ』になった。空虚な勝利を手に入れた。

「……俺はお前にはならない。絶対にだ」





 我に帰り、辺りを見渡す。庭園の様であった。そして……

「アリスか!?」

自身も満身創痍ながらアリスに駆け寄り、止血を施してから回復薬を飲ませる。これで一命はとりとめたはず。とりあえず知人を一人見つけることが出来た。先程まで殺しあっていたのに、なんとも奇妙な行動であると苦笑した。


 だが、肝心の彼女がいない。佐伯は残った力を振り絞り、辺りを見渡す。それらしい人影はなかった。



 足音が近づいてくる。敵か、味方か。……どちらにせよ、佐伯は『異邦人』である。だが、佐伯の意識は限界であった。視界が靄がかっていく。足元がおぼつかない。剣を引き抜く力すら残っていない。





 その場に倒れ、薄れゆく視界の中で佐伯は幻影を見た。前にもあったような光景。あれはいつだったろうか?思い出せない。それでも誰かの為に戦った記憶がある。彼女の名前はたしか……

「……アリ……シア」








 佐伯陽介は、意識を喪った。しかし、ジヤヴォールが目覚めることはなかった。

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