ゆるせないこ だれだ
ある日の冒険者集会所。
「フンフンフーン」
「あら、なんか楽しそうじゃない?なんかいいことあったの?」
「実はですね…期限切れ間近の依頼が全て消化されました!」
「それは珍しいわ。あ、でもだったらあの人達来ないんじゃないの?」
「あの人?」
「ほら、あの…そう!あの人」
受付嬢の同僚は入り口を指差した。佐伯とマリーが入ってきたのだ。
佐伯は受付嬢の所まで行き、尋ねる。
「期限切れ間近の依頼、ありますか?」
受付嬢は笑顔で答える。
「ありません!!」
「うそやん…」
「ん?それどこの言葉ですか?」
佐伯は咄嗟に出た日本語を誤魔化す。
「あー、えーっと…地方の知り合いが使ってた方言」
「あぁなるほど。でも今日はどうするんですか?掲示板にもほとんど残ってないですし」
マリーに言われて佐伯も見る。確かにめぼしいものはほとんどないし、残っているのもあまりやる気を出させるものではなかった。
帰ろうか考えていると、受付嬢がひらめいたように提案する。
「あ、じゃあこういうのはどうでしょう?」
「「ん?」」
「他のパーティーに加わる」
佐伯は踵を返して集会所を出ようとする。マリーは袖を引っ張り追いすがる。
「待ってくださいよ!ちょっ、本当に待って凄い力」
「残念だが、俺には他のパーティーとの連携なんて無理だね!」
佐伯の意見に反論する。
「私と出来てるじゃないですか!!それともあれですか!?私の遠距離援護は不満ですか!?」
「不満がないから余計にキツイ!今の状態に慣れすぎてるんだよ!」
「はぁ!?だったら戦術のレパートリー増やす努力をしてくださいよ!いつもサエキさん単独で突っ走って、狙撃されかけてるじゃないですか!?」
受付嬢が制止に入る。
「あの、他の方の迷惑になってしまうので…あまり騒がれては…」
二人は争いを止めて、同時に受付嬢に言う。
「「提案したのあなたでしょ」」
「…はい、そうでした。申し訳ございません」
マリーは再び尋ねる。
「本当にやらないんですか?」
「あぁ、行くならマリーだけで行ってくれ。俺は行かん」
「そんな…一緒に行きましょうよ。何がそんなに嫌なんですか?」
「俺が参加したら、多分パーティーの仲を険悪にする」
佐伯のこの理由は本当であるが、それは彼が本当に参加したくない理由の結果に過ぎない。
真の理由は、彼のある戦闘方法が他者に見せるべきではない代物だからだ。もっと言えば、マリーにもあのオーガの時にしか見せていない、対象の『捕食』行為である。
たとえ重傷者や負傷者を見慣れている者だとしても、同じパーティーの人間が種族問わずに対象の臓物を引きずり出し、それを『躊躇なく』食べたとすれば精神的に大きな負荷をかけてしまうだろう。ましてや、慣れていない者ならば心的障害を起こすかもしれない。
隠れて行えばいいのではないか、とはいかない。他のパーティーに参加するという場合は、出来るだけ不審な行動は避けるというのが常識だ。
偵察に行った男が無傷なのに全身血塗れで戻ってきた、となれば依頼よりもそっちの方が問題になる。最悪、佐伯の討伐依頼が出かねない。なので、佐伯は他の冒険者と組むことを拒む。
尚、本来ならば佐伯は単独で依頼を行うのが最適だが、ソロで高ランクの依頼をこなしていくのはそれはそれで怪しまれるため、『色々と』都合がいいマリーと組んでいる。
ただ、彼女の精神的に『捕食』を行うのはよろしくないのに変わりなかったため、必要な時は彼女に隠れて行っている。
マリーは退かずに言う。
「もう少し他者と関わりを持ちましょうよ!サエキさんはあれですよ!皆さんとは一線引いて対応するじゃないですか。それやめましょうよ」
「それは国民性だ。空気を読みたがる人が多いんだよ」
「ここはあなたの国じゃありません。あと冒険者には空気を読むことよりも率直な意見を言えるほうが大事です!というか、サエキさんの知り合いって集会所の中にどれくらいいますか?」
佐伯は見回してから答える。
「全員」
「違う!そういうことじゃないんですよ!」
「頻繁に話す方の数ですよ」
受付嬢のヒントを元に考えてから再度答える。
「んー…4人!」
「私と、受付嬢さんと、バーのマスターと、薬剤師さんですね?」
「うん」
「サエキさん、あなた大丈夫ですか?私から人当たり良さそうな方を紹介しましょうか?」
受付嬢からも心配された。もはや言い逃れは出来ない。
「ほら、サエキさん!探しますよ!」
「えー…めんどくさい」
「でしたら、私がオススメのパーティーを紹介しましょう。そちらの方が簡単ですよ」
紹介されたパーティーは新人3人組。構成は前衛2、後衛兼補助1。最適解、とは言えないが妥協点と言えるだろう。
佐伯とマリーは、その技術と依頼達成数は新人と呼べるものではないが、冒険者となってからの年月で言えばまだまだ新人の部類であった。という訳で受付嬢曰く、
「新人同士交流を深めてみてはいかがでしょう?ついでに、サエキさんやマリーさんの様なタイプの冒険者が増えてくれるとこちらも助かりますので」
という事だった。
明らかに『ついで』が本心であることは言うまでもなかったが、断る理由もなかった。
前衛のリーダーが話をふる。
「受付の人から話は聞いてるよ。同じ新人同士よろしくな!」
「よろしくお願いします。それで、今回はどのような依頼でしょうか?」
「『洞窟内に住み着いたゴブリン達の討伐』だよ。近くで鉱山資源が見つかったらしいんだけど、ゴブリン達のせいで思うように開発が上手くいかないんだとさ」
「依頼の紙、見せていただけますか?」
「ああ、構わないよ」
佐伯はリーダーから紙を受けとる。
与えられた情報を確認する。目的、目的地、現在入手している情報、報酬…不備はなかった。だが、鉱山資源の採掘程度でゴブリンが邪魔をするようには思えない。これに関しては『現地調達』の必要がありそうだった。
佐伯は紙を返す。
「ありがとうございます。問題はなさそうですね。失礼ながら、集団戦や狭い場所での戦闘経験はありますか?」
「集団戦はあるけど、狭い場所はないなぁ…。ただ、密接戦闘はやったことあるよ」
佐伯は彼らの装備を見る。佐伯達と同様に、動きやすさを重視したものだった。狭い場所ではその利点が死にやすいが、武器自体の選択は大丈夫そうだ。
佐伯は一応自身とマリーの装備も確認する。佐伯のはプロテクターと剣。ただ、剣が使えなくても問題はない。
マリーは革鎧と弓。こちらは近接戦闘に関してはなにも手段を持っていないが、よっぽどの事がない限りそのような事は起こり得ないだろう。
リーダーが尋ねる。
「大丈夫かな?問題ないようなら出発したいんだが」
「え?あぁ。大丈夫です、行きましょう」
一行は洞窟へと出発する。
洞窟前。鉱山開発の為に整備されているが、それがどの程度完了しているかはわからない。トロッコのレールもあり、奥まで続いているがこれも途中でレールが切れている可能性が充分あり得る。使うのは得策ではないだろう。
今回の編成は、通路は比較的広く作られているが安全を期して1列縦隊になった。前からリーダー、前衛、後衛兼補助、マリー、殿に佐伯。灯りはリーダーとマリーが持つ。
「よし。それじゃあゴブリン討伐、行くぞ!!」
中は、意外にもまだ『照明』魔術が切れていなかったので光源の節約が可能であった。しばらくするとレールが2方向に分かれていた。
「どうする?分かれて進むのは論外だろ?」
「どうせ戻ってくるんでしょ?だったらどっちからでもいいじゃない」
「じゃあ…右から!!」
リーダーの指示に従い右へと進む。
さらに進んでいくと、再び分かれ道。片方だけ整備されている。レールはどちらにもない。最悪の自体を想定し、佐伯はすぐにルート作成を行う。
「サエキさーん!迷ったら大変ですよ!離れないでください!」
やや離れた位置からマリーが呼ぶ。
「ああ、すまない。すぐに行く」
佐伯は書きかけのマップを仕舞い、彼らを追う。
彼らが進んでいった方向は…整備されている左。
リーダーが突然立ち止まる。
「今度は3つに分かれてるよ…」
「しかも、全部整備されてないし」
「どうする?引き返す?」
「ここまで進んでそれは…ないだろ」
「そうよね。速く行きましょう」
前3人が先に中央を進む。マリーは佐伯に声をかけてからついていく。書くのをやめずに佐伯は追いかける。
それからさらに一度分かれ道があり、端に到着。結局ゴブリン達はいなかった。また、ルートマップも完成した。ここで佐伯は初めて気づく。
「…なぁ、1つ尋ねたいんだがここまで来て『鉱山資源はあったか』?」
他のメンバーは顔を見合せてから、リーダーが答える。
「なかったよ。でもさ、ゴブリン達が邪魔する前はちゃんと採掘出来てたんだろ?だったらこんな奥まで掘られていても不思議じゃないだろ」
リーダーの意見にみんな同意する。
佐伯はため息をついてから言う。
「じゃあさ、『なんで整備されていない』?」
「だから、ゴブリンのせいで」
「ゴブリン達が来る前はちゃんと採掘出来てたんだろう?なら整備しとかなきゃ崩落やらなんやらで危ない。それに、重い鉱石をトロッコなしで運ぶのはかなり効率が悪い」
リーダーが怒り口調で尋ねる。
「あんたは何が言いたいんだよ」
「偽装されている。それも、レールがない地点からな」
前衛の女が言う。
「ゴブリン達が鉱石を堀尽くしたという可能性は?」
「逆に聞こう。ここに掘られた形跡は?もしくは、先へ掘り進めようとする跡はあるか?」
リーダーが佐伯の胸ぐらを掴んで言う。
「じゃああれか?俺達はゴブリンの巣のかなり奥まで来ちまったってことか?」
「ああ、それも整備されている方を進んだ。『進ませたい方』にな」
リーダーが怒りに任せて殴りかかるが、佐伯は容易く受け流して言う。
「入り口まで戻ろう…って言っても戻れるか怪しいがな」
隊列は行きと同じで戻り始める。途中、マリーが佐伯に尋ねる。
「サエキさんらしくないミスですね。どうしたんですか?」
「ルートマップの方に気をとられて周りを見ていなかった。ゴブリンは俺達を迷わせてくる方を睨んでいたんだが…退路の封鎖が主だったか。これじゃあ俺の頭はゴブリン以下だよ」
「そんなこといったら、私達はそれよりも下じゃないですか。それなら、鉱石はどこにいったんでしょう?」
「そもそも入り口付近にしかなかった可能性が高いな。だが、まだあると思って掘り進んでいた所でゴブリン達の怒りを買った」
「なるほど。でも不思議ですね、ゴブリン達は鉱石がないこの場所で何をしているんでしょう?」
マリーが佐伯の思い付かないことを言った。佐伯はそこも見落としていた。確かに、動機がない。巣穴を荒らされたという理由にしてはその後の処理に手が込みすぎている。仮に掘り跡を利用して巣を拡張したなら、今までゴブリンを見ないのはおかしい。
人間を入手するため?ならここを離れるか、少し離れた位置に移動し再び開発が始まるのを待てばいい。
そんな事を考えていると、先頭のリーダーが歩みを止める。
「どうした?ゴブリンか?」
「…あぁ。だがおかしい、爆弾を持ってる」
その言葉を聞いて佐伯は『起動』しゴブリンに急接近し殺害。起爆は阻止された。
他のメンバーは呆気に取られていたので、佐伯は叫ぶ。
「全力で逃げろ!崩落されたら終わりだ!」
鉱山事故。ガス爆発や粉塵爆発、落盤など様々な事故があるが、有名なのは炭鉱でのガス爆発と炭塵爆発だろう。
だが、ここに鉱石や石炭はない。そして、かなり奥まで掘り進められているうえに途中から整備されていない。
起こりうる事故は、『落盤』。このゴブリンは、爆弾により意図的に崩落させようとしたのだ。
メンバーは隊列を崩さないように気をつけながらも全力で走る。
2つ目の分かれ道。今度は爆弾ゴブリンと護衛のゴブリン。
「まずいぞ!!」
「速くしないと!!」
前衛二人が即座に対処。爆発を阻止。再び走り始める。
3つ目…4つ目。今度はゴブリンが5体で爆弾が1、護衛4。しかも2体はホブゴブリンという強力な変異種だった。
佐伯は後方から攻められることはないと状況判断、前衛に加わる。
「ホブは俺とリーダー。マリー、爆弾を頼む!」
マリーは返事よりも前に矢を発射し、起爆阻止。
「やりました!」
「流石だ!」
リーダーはホブに接近し袈裟斬り。だが棍棒でガードされる。ホブはもう片方の腕でリーダーの足を掴もうとするが佐伯が腕を切り落とす。流れでもう一体のホブと同士討ちをさせる。
「ぼやっとするな!!」
「すまない!」
もう一人の前衛は後衛と協力して1体仕留める。もう一体のゴブリンが起爆装置に触れようとしたところをマリーが射抜く。
「大丈夫ですか!?」
「あなたやるじゃない!」
「練習してるので!」
残るは手負いのホブが2体。リーダーは果敢に攻めるが筋力差で簡単に弾かれる。
「くそっ!こんなところで!」
苦戦してるのが佐伯にも伝わり、方針を変える。どうにかして『捕食』を試みようとしていたが諦め、決着を急ぐ。
剣を仕舞い、急速な間合いの変更。ホブは対応が遅れて佐伯が繰り出す膝破壊攻撃と正中線連撃を食らい、ダウン。佐伯は復活阻止の為に頭部をゴブリンの持っていた棍棒で破壊。
「次!」
すぐに剣を抜いてもう一体の背後に接近、膝裏切断。リーダーは、大きな隙が出来たホブの頭に剣を突き刺す。
「…やった。やったぞ!」
「喜ぶのは後にしろ。死んだら全て無意味だ」
僅かに光が見えてくる、出口が近いのだ。
「よし!無事に帰れる!」
先頭を進むリーダー。出口へとたどり着いた瞬間、彼に衝撃が走り、奥へと吹っ飛ばされる。
「ぐわああああああああ!!!」
「え!?なんで!?」
「3人は先に行け!俺が探してくる!」
佐伯は吹っ飛ばされたリーダーを探しに奥へ戻る。
前衛の女が一緒に戻ろうとするが、マリーがひき止める。
「サエキさんなら大丈夫です!私達は前へ!」
「…わかったわ!生きて帰りましょう!」
3人が洞窟を出るとそこには…ゴブリンの群れがいた。そして、トロッコがない。そう、先程リーダーを突き飛ばしたのはトロッコだったのだ。
ゴブリン達がその醜い顔を歪めて笑いながら近寄ってくる。
「くっ!囲まれた!」
「でも、戻るわけには!」
「…諦めちゃ駄目です!諦めたら…そこで終わりです!」
吹っ飛ばされた上に、トロッコの中にいたゴブリン達に捕まったリーダー。彼は疾走するトロッコの中でゴブリン達にいたぶられる。抵抗も試みたが、狭い上に足場も悪いので剣は活きない。なにより、リーダーは手負いである。成す術なくゴブリンに蹂躙された。
加減を知らぬ暴力、それ自体に意味を持たない行為、快楽を満たすためだけに振り下ろされる力。それがリーダーに容赦なく振るわれた。
意識が薄れていく中、彼の心にあったのは恐怖と後悔。父親の仕事を継ぐのが嫌になって飛び出し、冒険者になった。それなのに、なぜ自分はこんな苦しい思いをしなければならないのか。やはり、冒険者になるべきではなかったのか?
しかし、彼はその感情に包まれて死ぬことはなかった。
「イヤーッ!!!」
鉱山を疾走するトロッコは突如横向きに宙を舞い、中にいたゴブリン2体とリーダーは投げ出される。
地面に叩きつけられたのが1体、着地したのは2体。だが、リーダーはどちらでもない。では彼はどこに?
リーダーは椅子に座る人形めいて壁によりかけられ、意識を失った。そして、彼を助けた男はゴブリンに向き直りアイサツする。
「ドーモ、ヨースケ・サエキです」
ゴブリンはあまりに唐突な事態に混乱している。佐伯はそんなゴブリンを気にせず、『起動』しながら言う。
「インストラクション・ツー。…風林火山」
出入口でのゴブリンの群れとの戦闘。当初は善戦していた3人だったが、マリーの矢の数は減っていき、後衛の魔力も減少していく。だが、一番の問題は前衛の不足だった。一人では対処しきれないのだ。
次第に押されていく3人。後衛がゴブリンに捕まり、武器を奪われる。
「離せ!!」
マリーはそのゴブリンの頭に矢を突き刺す。しかし、その隙に背後から頭を殴られる。
脳震盪を起こし、身体が思うように動かず、立ち上がることすらままならない。これ見よがしに、ゴブリン達はマリーを押さえつけ、弓矢を弾き飛ばす。前衛は二人に気をとられた瞬間にホブゴブリンの拳が直撃して気絶。
もはや3人に出来ることはない。万事休すか!?
鉱山から凄まじい爆発音が鳴り響く。ゴブリン達は一斉にそちらを見るが、奥は爆発の影響なのか遠くを見通せない。数秒の沈黙。
3人をいたぶることに戻ろうとした瞬間、微かに音が聞こえてくる。レールの上を車輪が転がるような音は、次第に近づいてくる。
ゴブリンは指示を出して鉱山の奥へと矢を射らせる。矢の飛ぶ音はかなり近い位置で消えた。何かに命中したのだろう。しかし鳴り止まぬ異様な速さで迫る車輪の音。この接近する物体。間違いない…トロッコだ!
レールの端にぶつかり、宙を舞うトロッコから1つの人影が現れる。彼は空中で身体を捻りながら着地。
「ドーモ、間に合ったようだな」
「サエキさん!?リーダーは?」
「無事だ」
佐伯はトロッコの中を指差す。
少ししてからヨロヨロとリーダーが這い出てくる。
「こ、怖かった…」
「死ぬよりはマシだろう?」
「そりゃそうだが…もうちょっと手心というものは」
「ない。それよりも、仲間が大変だ。俺は掃討を優先する」
「了解」
リーダーは剣を抜き、後衛を助けに突撃する。
「さて、お前らに知恵を与えた奴は知らん。だが、仲間を傷つけた報いは受けてもらうぞ」
佐伯の右目が青黒く輝き、閃光が走る。
そこからの佐伯の活躍は、今のマリーには捉えることが出来なかった。確かにしっかり見ていたはずなのに、気づいたときには彼の姿は全く別の所にいるのだ。かと思えばゴブリンの後ろに回っていて、ゴブリンの武器を持っていた。その直後、大量のゴブリンが血溜まりへと姿を変えていた。
流石のマリーも血溜まりには見慣れているが、自らの知人がその状況を引き起こしている事実に、血の気が引く思いがした。
マリーが僅かに見た佐伯、その顔はまるで『悪魔』の様であった。
数分後、ゴブリンは全滅。周囲はゴブリンの血で変色していた。
怯える新人3人組に佐伯は笑顔で言う。
「依頼終了です。さぁ、帰りましょう」
数日後、冒険者集会所。
「サーエーキーさーん?」
「…はい」
「やりすぎですよ!ちょっとはこっちの苦労も考えてくださいね!全く、人的被害が無かったからいいとしても…鉱山爆破は駄目です!」
「大変申し訳ありませんでした」
佐伯は受付嬢から叱られている。
今回の一件、確かにゴブリンの駆除に成功し、さらに鉱石が奥までないという追加報告もあった。だが、それ以上に山の爆破ということの損害が大きすぎた。現在、近辺は封鎖されている。
冒険者3人組は、自分達には『向いていない』と言い、冒険者を辞めて故郷に帰ったらしい。
カウンターでハーブティーを飲んでいたマリーの横に佐伯は座る。
「あー、疲れた…」
「当たり前です!私すんごい心配したんですよ!まあ、生きているとは思っていましたけど」
「俺はお前が生きてるか心配だったよ」
「それは…ありがとうございます。でも!それとこれは別です!反省してください!」
「はいごめんなさい」
明らかに反省していない佐伯に、呆れつつもマリーは尋ねる。
「サエキさん、あなた冒険者の前に何やってたんですか?猟師とか軍隊ですか?」
「ん?開拓者」
「へぇ、開拓者。…開拓者!?普通逆じゃないですか!?」
「それは人それぞれってもんよ」
そう笑いながら言う佐伯の顔はどこか悲しげで、孤独を感じさせた。
マリーには、それ以上追及する勇気はなかった。
その日の夜、佐伯は一人であの洞窟へと戻ってきた。今回の一件の裏を掴むために。一般的に、ゴブリンにこのような知能を与えるなど卑劣極まりなく、許される行為ではないのだ。彼は出し惜しみなく『起動』し、奥へと進んでいく。
幸い、事後処理は開始していないので侵入は容易であった。進んでいくと、ひとつ目の分かれ道。
「…ジヤヴォール」
『何か』は佐伯達の行った方と違う道を突き進む。佐伯は聴覚を研ぎ澄ませ、『何か』の帰還を待ち続けた。
数分後、男の悲鳴が聞こえてきた。
「そこだ!」
洞窟に走る青黒い閃光が空気中を漂う砂塵と交わり、暗い洞窟を僅かに灯す。そんなことは佐伯にとってどうでもよくて、とにかく彼の剣は見知らぬ男の心臓を貫いていた。
男は恐怖の表情でこちらを見据えながら、声にならない叫びをあげている。佐伯の興味はそちらではなく、その男が右脇に抱える本である。見覚えのない本だった。佐伯は剣を男から引き抜きつつ、男から本を奪う。タイトルは『魔導師エイボン』。
「…なんだこれ」
「か…エ…セ…」
足元にすがりつく男を蹴り飛ばしつつ、落丁がないか確認する。古書であるためか、状態は良くなかった。一つだけわかることは、これが原因であるということ。
「回収させてもらうぞ」
「やめ…ろ。そレハ俺ガ、ナイあルカら借リテい」
「じゃあ俺が返しておくよ。だからさ…消えろ」
佐伯が左手で男の頭を掴んだ数秒後、男の頭部は『消え去った』。
佐伯は帰路につく。自分がこの本を持つ限り、同様の事件は起きないだろうとたかをくくりながら。




